第44話 決着!
アナハイムが負けた。
直史は相変わらず勝っているが、他のピッチャーで負けた。
これでメトロズは、二試合のうちの一試合だけを勝つだけで、勝率では確実にアナハイムを上回ることとなる。
敵地フィラデルフィアとは言え、ここまでの戦績を見れば、連敗は考えにくい。
スタントンは去年、各種数値はオットーと同じぐらいでありながら、なぜか運が偏って成績はかなり良かった。
その強運は今年はさらに極まっている。
ここまで26試合に先発しているが、それに全て勝敗がついて20勝6敗。
援護が大きいのはあるが、サイ・ヤング賞でも少しは票が入りそうなぐらいだ。
(明日の先発はジュニアか)
もしもこの試合に負けたら、新記録の樹立はジュニアの双肩にかかってくる。
プレッシャーのことを考えれば、ここで決めてしまうにこしたことはない。
(ホームランはいらない。だが勝つぞ)
そんな大介はまず、先頭打者として出塁。
ホームランはいらないと思っていたはずだが、しょぼんとしてしまったところである。
塁に出れば足を使って、散々にかき回す。
盗塁への対策がしっかりしていない、MLBは大介の狩場だ。
ただ今日は確実に行く。
ピッチャーが左ということもあるが、まずは一点がほしい。
左からでも今年、盗塁を決めている大介である。
むしろ左からは、三盗を決めている。
下手に普段は走られない分、三盗はむしろ左からの方がしやすい。
もちろん根本的に、三盗の方が難しいという前提はあるが。
などと考えている間に、カーペンターの内野ゴロで二塁まで進む。
そこは普通はダブルプレイでは、というぐらいの打球であったが、カーペンターも俊足であったため、下手をすれば一塁までセーフになるところであった。
そしてここから三人、パワーヒッターが並ぶ。
(ワンヒットで帰れるかな)
大介はそれだけのダッシュ力をもっていながら、ここは慎重になっていた。
様々な人々の、そしてチーム全体の、色々な記録がかかっている。
三番シュミットの打撃。
ライト方向への打球は、ライト線の際に落ちる。
ギャンブルじみたスタートを切っていた大介は、三塁を回った。
「早い!」
ベンチから歓声が上がり、大介はホームに滑り込んだ。
この時期に、危険なプレイではある。
成功率はおよそ半々といった感じのタイミングだった。
だがそもそも、バッティングは三割打てれば一流なのだ。
半分成功するなら、試してみて悪くはないだろう。
そして貴重な先制点が入った。
試合の流れはメトロズに傾いているが、まだ決まったわけではない。
メトロズは基本的に殴りあって勝つチーム。
一回の表に一点しか取られていない時点で、諦めるにはまだ早すぎるのだ。
1-1の同点から、三回に大介の第二打席が回ってくる。
ワンナウトでランナーもいないという場面。
相手がやや逃げ気味でも、勝負しにくれば打っていける。
勝負するなら勝負する、逃げるなら申告敬遠する。
それぐらいしっかりと割り切っていないと、大介とは勝負出来ない。
もちろん全力で逃げるつもりで、怪しいコースに投げていけばいいのだが。
大介の打席の場合、ややストラークゾーンが広くなる。
審判としてはそんなつもりはないのだろうが、メジャーリーガーの平均身長から考えると、大介のゾーンは明らかに狭くなるはずなのだ。
だがそれを、普通のに当てはめると、ホームランとフォアボールはさらに増えるだろう。
多少はストライクゾーンが大きくても構わない。
自分はただ、打てる球なら打っていくだけなのだから。
大介はクソボールでも振りに行く。
そしてヒットにはならなくても、しっかりとミートできている場合が多い。
これだけ多くのホームランを打っているのに、三振の数は今季まだ18個。
なお日本時代の最少は、怪我で離脱した年の12個である。
去年のMLB一年目は23個。
明らかに去年より、三振は減っているのだ。もっとも去年は休んでいた試合があったが。
そんな大介に投げられるのは、外に二つほども外れた球や、ワンバンの球。
ここはランナーがいないため、暴投気味の球も投げられる。
あと一本で、目標の200本安打。
小さな目標かもしれないが、それはあくまでも大介基準。
普通に年間200本ヒットを打っていれば巧打者である。
200本程度しか打っていないのに、ホームランが80本に達するというのも不思議な話だ。
そしてこの打席で打ったのは、そのワンバンの球だった。
掬い上げるように打って、綺麗にセンター前に。
フォアボールを選ぶよりも、ボール球でも打っていくぞというプレッシャー。
200安打達成とともに、フィラデルフィアのピッチャーに精神的打撃を与える。
一塁のベース上で、珍しくもガッツポーズをする大介であった。
この日の大介は、ヒットによる一本を含む四出塁。
相変わらずバグった出塁率を残していく。
点の取り合いは終始メトロズが優勢。
そして二点差のまま、九回の裏に突入する。
上杉が出てくれば、もうその試合は終わったも同然である。
だがこんな状況で、プレッシャーを感じることはないのか。
プレッシャーは感じないが、武者震いをするのが上杉だ。
マウンドで投げるボールは、練習投球の段階で既に100マイルオーバー。
肩に何も異常はなく、ならば打たれる理由などはない。
三人の死刑囚に対して、上杉は無駄に苦しませるようなことはしない。
三球三振が二つ続いた後、最後の一人はストレートに反応する。
打ったボールは振り遅れてファールであったが、当てただけでも健闘である。
上杉の次の球は、アウトローに決まった。
もはや見逃すと言うよりは、見惚れるといった具合の、糸を引くようなストレート。
この年初めての、106マイルが出たストレートであった。
メトロズはこれで117勝目を達成。
MLBの長い歴史に名を刻むことになる。
そして上杉は、63セーブ。
これもまた新記録であり、両リーグまたいでの記録というのは珍しいものであった。
なお少し先の話であるが、なぜかこの年のサイ・ヤング票は、ア・リーグは全く割れなかったが、ナ・リーグは相当に割れた。
そしてなぜか二ヶ月しか投げていない上杉が、ナ・リーグのサイ・ヤング賞を取ることになるのだが、それはまた別の話である。
第三戦は、記録の達成の緩みが出たと言えよう。
アナハイムに追いつかれることもなくなったため、全体的に空気が弛緩していた。
それでもホームゲームであれば、最後まで勝ちにいったかもしれない。
だが個人記録もチーム記録も、既に更新している。
あとは怪我だけはせずに、試合を終わらせてくれればいい。
先発のジュニアも、気楽な調子で投げればいいと言われた。
そんな空気の中で、全く空気を読まない大介の、初回先頭打者ホームラン。
これにてホームランは81本となった。
ちょうど二試合に一本は打った計算になる。
ただ大介も、ここで緊張の糸が切れてしまった。
どのみちこれで201安打目。
特に勝つ必要もない試合になっていたのだ。
個人成績にこだわる選手はもちろんいて、ジュニアもしっかりと五回までは二失点で投げた。
だがそこから逆転されて、勝利投手の権利を失う。
MLBのピッチャー評価は、勝敗の数字ではあまり見られない。
それよりは奪三振、フォアボール、ホームランなどで総合的に評価される。
ジュニアとしてもまだメジャーでは、年俸調停権を持たない。
なので今年はもう、あまり勝ち星にこだわることはないのだ。
シーズンの途中で一度打ち込まれ、フォーム修正のためにマイナーへ。
だがそこからちゃんと戻ってきて、シーズン終盤ではまたローテを回すこととなった。
本格的に一年を投げた今年、26先発18勝3敗。
先発に星が付きやすいメトロズの中でも、かなりいい数字なのだ。
この最終戦は4-6で落としたものの、メトロズは一度気分を切り替える必要はあった。
最終戦を前に117勝に達し、またアナハイムとの差も開いていたというのも、大きかっただろう。
張り詰めた弦は切れる。
本格的な一ヶ月のポストシーズンを前に、わずかな調整は必要だったのだ。
スタメンの代わりに、多くの40人枠の選手を使う。
結局はポストシーズンであえて使うほどの活躍は、どの選手でもなかったが。
それでも来シーズン、スプリングトレーニングで期待出来る選手は分別できた。
来シーズンもまだ、メトロズはコンテンダーとして覇権を狙っていく。
メトロズが117勝45敗、アナハイムが116勝46敗と、とんでもないレギュラーシーズンが終わった。
去年の優勝チームであるメトロズは、強力な打線はそのままに、ピッチャーの入れ替えがある程度あった。
最終的に戦力が整ったのは、トレードデッドラインの日の当日深夜であった。
上杉という強力なクローザーを得て、勝率は68.2%から72.2%へ上昇。
このわずかの差がなければ、アナハイムを上回ることは出来なかっただろう。
地区優勝を果たしたが、今年からポストシーズンの仕組みが変わっているのが面倒である。
とは言ってもそれほど極端な差ではない。
両リーグ共に、形式は同じである。
まずはリーグ最高勝率のチームが第一シード。
そして地区優勝チームの勝率二位と三位が第二第三のシードとなる。
第四シードから第六シードまでは、地区優勝チーム以外で、リーグの勝率一位から三位までとなる。
このため正確には地区から二チームではなく、勝率によっては三チーム出ることもあるし、優勝チームしか出ないこともある。
もっともナ・リーグ東地区は、無事にメトロズとアトランタが進出することになるが。
ただアトランタはメトロズと同じという割を食ったため、あと少しで進出を逃すところであった。
とは言ってもゲーム差は4あったわけだが。
まずは地区優勝したチームの中で、勝率三位の第三シードと、第六シードが対戦する。
そして第四シードと第五シードが対戦し、第一シードと第二シードはこのファーストラウンドは試合はない。
三試合中の二試合先取で、ワイルド・カードラウンドと呼ばれるこの対決が行われ、勝ったチームが第一と第二のシードと対戦するのだ。
そしてそこでも勝ったチーム同士で、リーグチャンピオンを決めることになる。
この最初の対決を免れたのは、ナ・リーグではメトロズとトローリーズである。
メトロズには及ばないものの、トローリーズも100勝以上をして、地区優勝を決めた。
この最初のラウンドでは、ミルウォーキーとアトランタが対決し、セントルイスとサンフランシスコが対戦することになる。
メトロズが対決するのは、セントルイスとサンフランシスコの対決の勝者。
そしておそらくリーグチャンピオンは、トローリーズと争うことになる。
去年と全く同じカードになる可能性はある。
これに対してア・リーグもまた、同じように対戦は決められる。
第一シードのアナハイムと、第二シードのラッキーズは最初のラウンドに試合がない。
アナハイムが対決する可能性があるのは、トロントかタンパベイ。
新しいシステムだけに、なんとここではア・リーグ東地区から三チームがポストシーズンに進出し、しかも最初に対決する。
これは不公平ではないかとも思えるが、だいたいア・リーグ西地区を、アナハイムが叩きまくった影響である。
本当なら優勝候補のヒューストンが、かなりぎりぎりでの進出。
そして中地区の二位チームが、この偏りの影響を受けてしまった。
ラッキーズと対戦するのは、ブラックソックスとヒューストンの勝者。
本来ならヒューストンは、もっと戦力が充実している。
それといきなり戦わなければいけないブラックソックスは不運だが、ヒューストンの選手の心は、直前にしっかりと直史が折っておいた。
三戦目もボキボキ折れていたため、案外あっさりと勝てるかもしれない。
そしてアナハイムは、勝ち進めばこのうちのどれかと対戦するわけである。
説明を受けた大介であるが、ふむと思うだけである。
とりあえず最終戦を負けてしまったのを、切り替えるだけの時間はある。
まず勝ち上がってくるのはどちらか。
今年のメトロズの対戦成績からすると、おそらくサンフランシスコだろう。
セントルイスとは4勝2敗、サンフランシスコとは5勝2敗。
それほどの差はないように思えるが、セントルイス相手には、今季最高の14点を取って勝ったことがある。
強いピッチャーがいるというイメージがあまりなく、実際にそれはそうだろう。
サンフランシスコはそれよりも少しピッチャーが整っていて、打線もわずかに強力だ。
ただ三試合勝負という短期決戦なだけに、どう転ぶかは分からないところだ。
去年のポストシーズンも、セントルイスとは対戦したが三連勝で勝っている。
トローリーズが強かったので、勝率で割を食ったのが、去年のサンフランシスコだったろう。
ただ補強はして、かなりトローリーズに近いところまでは勝てた。
大介の眼から見ると、やはりサンフランシスコ有利である。
そこを勝ったら、おそらくまた今年も、リーグチャンピオンはトローリーズと争うことになる。
トローリーズは金満球団であり、その金の使い方は近年、同じ金満球団のラッキーズより上手い。
ロスアンゼルスという大経済圏をフランチャイズとしているので、この状態はずっと続いている。
去年までも10年間で、ほとんどの年はポストシーズンまでは進んでいるのだ。
あとは最後の壁を越える、何かがあるか。
戦力の補強はしているが、それはメトロズ以上であるのか。
大介はそうは思わない。
少なくとも善戦はするだろうが、負ける気がしない。
他のチームだが、アナハイムも負ける気がしない。
直史が投げて、必ずワールドシリーズまでは勝ち進んでくるだろう。
そしてそこで、ワールドチャンピオンを決める戦いを行うのだ。
去年はひどかった。
ワールドシリーズに優勝しておきながら、その後のエキシビションでレックスに敗北。
レックスにと言うよりは、直史に敗北したと言うべきか。
だが今年、その雪辱を晴らす機会は訪れた。
負ける気がしない。
おそらくこれは、フラグではない。
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