第25話 インタビュー

 ※ AL編25話を先にお読みください。




×××




 六月が終わっても、別に何かが変わるわけではない。

 もちろんプレイヤー・オブ・ザ・マンスはまた選ばれるわけだが。

 どうせ大介に決まっているので、そのあたりは気にする必要がない。

 打撃三冠に盗塁、そして守備など。

 それを上回る成績を出している選手など、居はしないのだ。


 実はホームランだけなら今月は、同じぐらい打っているバッターがいたりもする。

 ただそれを大介と同じアベレージを残しながら打てるか、となると全く話は違う。

 それに大介は、指標だけを見たら、ややスラッガーよりもアベレージヒッターである。

 お前のようなアベレージヒッターがいるか!と百回ほど殴られそうであるが、指標的にはそうなるのだ。

 ホームラン王がアベレージヒッターとはいったい。

 何か色々間違っている気もするが、それはもう今更のことである。


 七月に入っても、つまり今日も普通に試合はあるのだが、インタビューが入っていたりする。

 このあたりある程度インタビューは、絞って応じている。キリがないからだ。

 ただ今回はちゃんとした筋からの紹介であるため、短時間だが応じたわけだ。

 それに事前に知らされていた内容が、大介もコメントしたいものだった。


「それではよろしくお願いします。先日のオークランド戦で、ついに佐藤選手が失点しましたが」

「でもあれ自責点じゃないしね」

 言ってしまえば終わりであるが、確かにその通りなのである。

「元チームメイトとしては、どういう気分になっていると思いますか?」

「試合には勝ったし、気にしてないんじゃないかな」

 大介基準の味方としての直史は、WBCでの直史だ。

 試合の勝利を最優先にし、ノーノーなどを無理に狙っていくことはなかった。


 単に記録だけならば、高校時代ももっと積極的に、先発として投げていけば良かったのだ。

 だが直史は勝てると思った試合なら、他のピッチャーに任せることも全く躊躇しない。

「高校時代もやろうと思えば、甲子園でパーフェクトは出来たと思うしなあ」

「大学時代はどうでしょう?」

「ああ、あれはもう完全に、仕事として割り切ってたらしい」

「仕事?」

「ここだけの話……にしなくてもいいけど、ほら、奨学金とか、学費免除とか、そういう待遇のために」

「な、なるほど。そもそも本気になれば、それぐらいは出来たと」

「甲子園の決勝で15回までパーフェクトとかやってるしな。最初の選抜もノーヒットノーランやってるし、基本的にあいつは試合に負けないなら、あんまり打たれても気にしないよ。ホームランならともかく」

 大介の言葉は、間違いなく直史の本質を突いている。

 試合に勝つことが一番重要。

 そして次に重要なのが、自責点を取られないことだ。


 なので高校時代はぐちゃぐちゃな中で経験差から敗北した、大阪光陰へのリベンジが心の中に大きかった。

 そして後にはホームランを打たれた坂本に、かなり執念深く対応した。

 だが見たところ、大学時代の樋口とは、逆転サヨナラホームランを打たれた間柄ではあるが、上手くやっていた。

 おそらく自分が投げなかったからOKという基準なのだろう。

 その点では神奈川湘南相手にも、あまり恨みつらみはなかったようだ。

 プロ入り後には初柴や西郷に打たれているが、二人はワールドカップや大学で、一度はチームメイトになったという経歴がある。

 なのでそれほどには敵愾心もなかったのだろう。


 今回の失点は、自責点ではないし、試合にも勝った。

 だから直史は、さほど気にしていないはずだ。

 ただ根本的な部分では、死ぬほど負けず嫌いなのが直史だ。

 今後のオークランドと当たった試合では、正当な復讐を何度も行っていくかもしれない。

 逆恨みのような気がしないでもないが。


 それに今回の記録は、下手なノーヒットノーランよりも珍しい。

「ノーヒッターって確かに日本でも言うことは言うけど、あんまりメジャーじゃないしなあ」

 とにかく勝利のために失点を防ぐ直史としては、試合が終わるまでは意識すらしていなかったらしい。

 言われて初めて、そういえばそんな記録もあったかも、という感じだったそうだ。

 MLBではルーキーで、日本時代を含めてもプロ入り三年目。

 そんなマイナーな記録、知らなくても気付かなくても仕方がない。


 七回の表に失点し、八回の表は抑え、その裏に味方が勝ち越しのスリーラン。

 そして九回の表も、最後にはストレートでフライを打たせていた。

 ただ大介が気になったのは、そういう時の直史のストレートは、空振りが奪えなくても内野フライであることが多かったはずだ。

 映像で配球を繰り返し見ても、これまでなら三振が取れていておかしくない。

 相手のバッターが好打者であったというのも、それなりに影響はしているだろうが。


 あれから中五日、今日はまた直史が投げる試合だ。

 わずかでも疲れているなら、あるいは今日の試合で勝ち投手になることは難しいかもしれない。

 少なくとも九回までにリードしていなければ、絶対に勝てない。

 なにせ相手はボストン・デッドソックス。

 これまでセーブ失敗0の上杉が、まさに守護神として君臨しているのだから。


 NPB時代も両者は投げあったことがある。

 チームとしてはレックスが、一勝一分であった。

 だがピッチャーとしては、完全に引き分けと言っていい。

 NPB史上最高に頭がおかしな試合として、直史と上杉の延長12回まで、お互いにパーフェクトで投げあった試合は記録されている。


 あるいはボストンがピッチャーのポジションをチェンジしてくるか、と期待しないでもなかった。

 だがMLBの投手運用は、ある意味とても頑なだ。

 それだけしっかりとレギュラーシーズンではピッチャーに余裕を持たせて、ポストシーズンで本気を出してもらうつもりでいるのだ。

「あるとしたら、先発が早めにアクシデントで交代……しても駄目か」

 その場合は普通に、リリーフ陣から長いイニングを投げるピッチャーが出てくるだろう。




 直史の話題が終わり、今度は本人である大介のこととなる。

 六月が終わった時点を、去年と比べてもあまり意味がない。

 去年と今年では日程が違い、消化した試合の数が違うからだ。

 だが全く比較対象にならないわけでもなく、去年の成績と比べてみる。


 六月が終わった時点の、去年と今年の大介の成績の比較

 去年 今年

 試合数 86試合  78試合

 ホームラン数 48本  38本

 打点 129点  113点

 打率 0.415  0.421

 出塁率 0.560  0.630


 ざっと見ただけでも打率以外は、消化した試合が少ないとはいえ、少なくなっているようには見えないか。

 ただ出塁率が、五分ほども上がっている。

 そして消化した試合が少ないにも関わらず、四球の数は96から137へと急増化している。

 つまりとことん勝負を避けられて、それでも勝負をされた時には、確実にしとめているのだ。

「まさかという声もありますが、MLBのシーズン最高打率を更新することもあるのでは?」

「あ、それは絶対無理です。優勝を諦めるなら別だけど」

 今のMLBにおいて、大介を凡退するために、一番取られている作戦。

 それはヒットを打てば点になるが、歩かせても点にはならないという場面で、ボール球で大介と勝負するというものだ。

 打ちにいった大介は、さすがにゾーンに投げられた球ほどには、確実に野手のいないところには落とせない。

 なのでそこで、凡退となることが多いのだ。

 

 笑えることだが、この結果大介は圧倒的にフォアボールで歩かされているにも関わらず、ボール球に手を出しているので選球眼が悪いという評価になってしまう。

 さすがにまともな野球経験者ならこれには言及しないが、統計学の人間がそれを指摘して、とことん馬鹿にされることがあった。

 大介は規格外なので、評価基準を変えなければいけない。

 これはアベレージヒッターとホームランバッターでも、似たようなことが言える。

 セイバーにおけるWARの評価でも、基準はいくつかあったりするのだ。


 大介は点になるなら、凡退の可能性を含めても打ちに行く場合がある。

 そしてそれをチームとしても、責めることはない。

 ランナーがいない序盤であれば、確実にフォアボールを選んで出塁していく。

 その結果がこんな数字になっている。

 ボール球でも振っていくという点で、大介は選球眼があるとは言われないらしい。

 おかしな話だ。




 大介が打たなければ、勝てない場面は絶対に出てくる。

 単にゾーンの球を、確実にヒットにするだけなら、もっと打率は上げられるのだ。

 際どい球はカットして、そこから打てる球だけを打つ。

 おそらくそうすると、打率はもっと上がっていく。

 だが勝負を避けられる数はどんどん増えていく。

 今の段階でさえ、これだけ勝負を避けられているのだ。

 いずれはあの、満塁なのに敬遠、という伝説も再現するだろう。


 大介がMLBに来るのが、もっと早ければどうなっていたか。

 高卒でポスティングをすれば、およそ24歳か25歳に来ることになった。

 そしたらMLBの記録の多くを、塗り替えることが出来ただろうと言われている。

 だが一年目が終了し、二年目も半分が過ぎた今は、別の論調である。

 ここからであっても大介は、多くの記録を塗り替えるだろうと。


 選手寿命がどれだけ残っているかが、重要なポイントだ。

 かつての薬物使用の選手たちは、単純に筋力強化などだけではなく、選手寿命を延ばすためにも、薬物を使用していた。

 老化の早さというのはほとんど、遺伝子によって決まる。

 もちろん身体能力や技術の維持に、練習は重要なことだ。

 しかし以前はずっと、いくらでも上手くなれると思っていた練習が、ある時点で現状の維持に変わってしまう。

 そしてやがては、衰えた中でもどうやって成績を残すか、そういうことを考えるようになる。


 話が暗い方にいってしまう。

 大介の目指すものが、とんでもない高みであるがために。

「けれど今年は、200安打は達成出来るのでは?」

「それが嬉しいですね」

 78試合を消化した時点で、大介のヒットは102本。

 去年のようなアクシデントがなければ、日本時代を通じても初めての200本安打となる。


 イリヤの事件が、日米のプロ野球を大きく狂わせた。

 大介とイリヤは、相性は悪かったがそれは、あくまでも存在としての問題。

 大介はイリヤの音楽は好きだったし、イリヤは大介の才能を認めていた。

「せめてあと一年半、生きてたらなあ……」

 遠い目をしてしまう大介である。




 才能というのは、全く違う分野でも、反発したり共鳴したりするものである。

 後から考えればイリヤの存在は、台風の中心のような白富東の中でも、かなり異質なものであった。

 彼女の曲は、味方を鼓舞する力があった。

 そのくせ怖いものなしのツインズをも怯えさせる、全く異質の力でもあった。


 大介にとってはごく自然のものだと思えたが、直史は協力しながらも警戒していたと思う。

 全く無警戒で、それでいながら一番の利益を得ていたのは武史ではなかったか。

 卒業後もイリヤは東京にいることが多く、だが直史が一線を退いてからはアメリカに本拠を戻した。

 大介の一年目を彼女は見ていて、そして死んだ。


 突発的な犯人の殺人は、アメリカではよくあることだ。

 銃社会であるということは、一人の人間が多数を簡単に殺すことが出来るということ。

 単純な話、プロの格闘家相手でも、なんでもありなら勝てるツインズも、機関銃を乱射されれば死ぬ。

 世界に影響を与える人間も、心臓を撃ち抜かれれば死ぬという点では、世界はひどく平等だ。

「そういえば彼女のお子さんを引き取ったんですよね? 元気なんですか?」

「あ~、うちもほぼ同時に産まれたから、双子扱いで育ててるなあ。今のところは普通に思えるけど、成長したらどうなるかな。顔は明らかに母親に似てきてるし」

「これは、特に今回の取材とは違う話なんですけど、父親については知られてませんよね?」

「その件についてはノーコメントだけど、一つだけ言うなら遺伝子上の父親は俺じゃないが、育ての父親は俺だってことだな」

「オフレコですよね?」

「オフレコで」

 マスコミは情報を簡単に漏らす存在であるが、同時に完全に秘匿しようともする存在でもある。

 瑞希の紹介であるのだから、この記者は秘密を守るタイプのマスコミなのだろう。


「話は戻しますが、今日はボストンとアナハイムの試合が行われますよね? 勝つのはどちらだと予想しますか?」

「そりゃあアナハイムだな。上杉さんが先発でもしたなら話は別だけど」

「前の試合で佐藤選手は、ついに失点してしまいましたけど、その影響はないと?」

「あるかもしれない。けれどあったとしてもどうにかしちゃうのが、ナオだからなあ」

 あのシーンの映像を、大介も当然ながら見ている。

 直史の恐ろしいところは、あそこで己の記録にこだわらず、すぐに最善手を選択できるところだ。


 大介も同じことをしていただろう。

 だがそれは反射的なものだ。

 直史は大介に比べると、はるかにプロで試合をした経験は少ない。

 また社会人であったころは、かなり本気で野球をやるメンタルとは遠ざかっていたはずだ。

 それでもあんなことが出来る。

 基本的に頭の回転が速いのは分かっていたが、あれは瞬時に判断したものなのか。

 勝利への執念が、とにかく凄まじい。


 ただ勝つためならば、本来は平気で敬遠もするのが直史だ。

 だが娘の命と引き換えに、自分との勝負を強制した。

 言い訳をさせてもらうなら、万一にも直史がためらっても、大介はすぐに金を出しただろう。

 それに勝負で敬遠されても、文句は言うつもりはなかった。


 しかしプロに入った直史は、大介を相手に圧倒した。

 正面から戦って勝ったのだ。

 さらに自分の都合で、アメリカにまで来てもらってしまった。

 直史の中では貸し借りがちゃんと成立しているのかもしれないが、大介はかなり自分の方が色々ともらいすぎていると思っている。

 おそらく直史からすれば、娘の命と何かを引き換えになどは出来ないのだろうが。

「それでは最後に、今年のワールドシリーズ、この調子だとアナハイムとの対決になる可能性が高いですが、勝算は?」

「どんだけ補強するかだよなあ」

 大介としてもそこは、自分一人では勝てないと思うのだ。

 事実上、一人だけの力で日本シリーズを制覇した直史は、大介の目から見てもおかしい。

「記録だのどうのと言っても、俺はナオに勝ててないし、上杉さんとも決着がついてないからなあ」

 万人のはるか上に到達した打撃の持ち主でも、異次元のピッチャーを相手にすれば、まだまだ勝っていないと言うしかないのか。



 

 インタビューが終わって、大介は練習に戻った。

 今日はホームのニューヨークで試合が行われ、ボストンでアナハイムとの試合が行われる。

 試合開始時間は同じなので、リアルタイムでその動向を見ることは出来ない。

 ただ直史が、どうやって立て直しているのかには興味がある。


 初回の先頭打者に、事故のようなホームランを打たれたのは、まだ分かるのだ。

 だがタッチアップとなったあの打球。いつもの直史なら確実に三振か内野フライに抑えている。

 他のピッチャーになら当然ある、ごくわずかな自分の理想と現実のミスマッチ。

 上杉や武史のようなパワーピッチャーは、力ずくでそれを上書きしてしまう。

 しかしながら直史は、精密機械だ。暴走機関車とは違う。


 こんな心配をしていても、おそらくはどうせあっさりと、ヒット二本ぐらいで95球当たりの、マダックスで勝ってしまうのだろう。

 唯一それが崩れるとすれば、味方の打線が援護をしてくれない場合。

 もっとも今年のボストンに、そこまで完全な支配的ピッチャーはいない。

 試合が終われば、一切情報を居れずに、家に戻って録画をそのまま見よう。

 そんなことを考えつつ、大介がフリーで打つ球は、スタンドの最上段まで運ばれていくのであった。

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