第23話 バーサーカー

 ※ AL編23話が話の内容としては完全に先行しネタバレもあります。



×××




 直史と大介の二人が認める、唯一の野球選手。

 それが上杉勝也である。

 認めるという言葉が、どういう意味を指すのかは別として。

 何を認めているかというと、まず嫁が可愛い。

 それはそれとして、器の大きさを感じる。

 上杉の故障離脱したスターズが、一気に最下位に沈んだことからも、周囲への影響は膨大であると分かる。

 プロ入り後高卒一年目から沢村賞やMVPなどを独占し、昨年は最下位だったチームがいきなり、日本一にまで飛躍する。

 そこから11年連続Aクラス、リーグ優勝三回、日本一三回。

 個人としての圧倒的なパワーもさることながら、周囲を引き上げてチームを強くするという点では、心理的にも頼られる存在だ。


 だが、弱点がないわけでもない。

 それは普段ならむしろ、長所とさえ言える。

 周囲の人間の力を引き出すのだが、限界以上にまで引き出してしまう。

 なのでプロ入り一年目の神奈川は日本シリーズ後、故障したりダウンしたりした選手が多かった。


 そんな上杉はクセの強いMLBの中でも、やはり絶対的な存在であった。

 ボストンは名門と呼ばれるだけあって、これまたラッキーズと同じように、ある程度の戦力を維持してチームを作る。

 それでも今年は駒が足りないな、と思っていたところへ上杉のクローザー登板である。

 一点でもリードしていれば、確実に九回を勝ってくれる。

 105マイルの球を平然と投げて、それにチェンジアップもある。

 これが一度は、完全に壊れたと診断された人間であるはずがない。

 もっとも上杉にしてみれば、完全な元の状態と言うには、まだまだ程遠いのであるが。


 MLBの球団はNPBに比べると、はるかに巨大に思える。

 だがチームを構成する26人の選手と考えれば、さほどの差もない。

 人種、国籍、思想などの背景が違う。

 だが元々それらが違う者たちが、チームを作っていたのだ。


 上杉はあるいは、乱世に生まれていれば、国を一つ奪うぐらいの器量はあったのだろう。

 本人はNPBはともかくMLBの選手の中では、肉体的にそれほど目立たないなと思っていたが、やはり根本的にパワーが違う。

 一年間をリハビリに費やする中、それなりに英語で直接会話をすることが出来るようになっていたというのも大きいだろう。

 来年には日本に戻るというのに、派閥のようにその下に選手たちを抱えてしまう。

 本人としては、特に何も他意はないだろうに。


 ア・リーグ東地区は今年も、順調に補強をしたラッキーズがコンテンダーであった。

 確かに他のチームは、ある程度戦力は整えたものの、ポストシーズンが狙えるかどうかは微妙なところ。

 実際のシーズンを送っていく中で、戦力を整えていくというのが、ボストンも同じであったろう。

 しかし実際にシーズンが始まれば、安定してラッキーズに次ぐ二位に位置している。

 その理由はもちろん色々とあるが、一番大きなものとしては、やはり上杉によるクローザーの安定感が上げられるだろう。


 過去に一年を通じてクローザーとして投げて、全てセーブ機会にセーブを達成したというクローザーもいる。

 だが上杉の場合はここまで、まだ失点すら許していない。

 九回のマウンドに登って、10球ほど球を投げればそれで終わり。

 ボストンの試合は八回までに終わる、などとも言われている今シーズンである。


 ただ、やはり厳しいかな、とGMやFMは感じている。

 上杉のカリスマ性は周囲への強烈な支援効果となっていた。

 だがそれにはやはり、代償というものが存在する。

 半年間のシーズンで、休みは本当に数えるほど。

 ある程度ペース配分をしなければ、最後まではもたない。

 重要なのは地区優勝することではなく、ポストシーズンで勝ち上がることだ。

 それなのに選手たちは目の前の試合に、全力を尽くしすぎる。


 それはまるで、戦場で目の前の敵を、狂乱のままに殺しつくす狂戦士のよう。

 強いことは強いし、勝てることは勝てるのだが、どこかで息を入れないといけない。

 だが勢いに任せているため、ほどほどに勝つということも出来ない。

 一点差で勝てるのだ。上杉がいるのなら。

 それでも取れる点はどんどんと取ろうと、積極的にいきすぎる。

 もちろん全てのリードした試合で上杉が投げるわけにもいかないので、大量点差があれば他のピッチャーを使うことが出来るし、無意味ではないのだが。




 リーグは違うものの同じ東地区なので、大介はそのボストンの様子を見ていた。

 まさに九回、リードしていればそれで終わり、と観客も分かっている。

 そして負けている相手チームも、勝敗が明らかになっても観客は帰らない。

 上杉が投げるなら、それは見ていく価値があると思うのだ。


 西海岸で直史が無双しているが、東海岸では上杉が無双している。

 そして上杉はクローザーだけに、登板数だけなら直史よりも多い。

 元々ボストンのスタジアムは収容人数が少なく、そのくせチームの人気は高いので、チケットが売り切れになることは多い。

 今年はもう、チケットは売り切れになって当たり前という、メトロズと同じような状況になっている。


 西海岸では直史が、毎試合のようにおかしなことをしている。

 中五日、時々は中四日で投げるその試合は、まさにドラッグパーティー。

 それに比べると東海岸の怪物二人は、ホームランに奪三振と、きわめて健全なプレイをしている。


 ワールドシリーズで対決するのは、直史か上杉かのどちらかだけ。

 だが今の調子であるならば、アナハイムが上がってくる可能性が高いだろう。

 なんと言っても上杉が働くのは、最低でもチームが同点か、その裏に逆転が期待される場面。

 ボストンはしかし、そこまで強いチーム構成ではない。


 ア・リーグ東地区は、ラッキーズとボストンの、二強がポストシーズンに進出となりそうだ。

 ただ大介が考えているのは、このまま上杉をクローザーとして使い続けるのかな、という疑問だ。

 もちろん契約でそうなっているなら、それは仕方のないことだ。

 だが大介からすると、やはり上杉は先発で投げてこそという気もする。

 あるいは先発として投げたら、直史以上の支配力を発揮する上杉。

 ただ上杉は、MLBの常識ではやや、先発として使いにくい。

 奪三振能力は直史以上であるが、球数を少なくすることがやや苦手だからだ。

 日本にいたころはそれでも、130球以上を投げて中四日、などという化け物じみた耐久力を見せていた。

 だが一度肩を壊してしまった以上、もうそんな極端なことは出来ないだろう。


 


 大介としてはライバルのそんな姿を見つつも、自分のバッティングを探し続ける。

 ナ・リーグ東地区最大のライバル、アトランタとのカード。

 大介の弱点と言うか、左バッター相手には極端に強い、スライダー使いのリチャードが先発してくる。

 メトロズは一番のカーペンターも左バッターのため、対左専用ピッチャーが出てくると、それなりに苦戦する。

 だがこの三連戦は、メトロズ側も第一戦と第三戦は勝率の高い先発ピッチャーが回ってくる。

 このあたりで勝率に差をつければ、まだ六月ではあるが、地区優勝は現実的になってくるだろう。


 今日も今日とて、相性がいいとは言っても、勝負を避けられぎみのボールを投げられる大介。

 だが歩いてばかりでは、点にならない。

 五番までのうち三人が、左打者のメトロズ。

 先発のピッチャーは発表されていたのだから、少しは打順を変えても良かったかもしれない。


 今日は盛大にメトロズの打線が爆発することもなく、ぼちぼちの点差のシーソーゲームとなる。

 そんな中でも大介は、とりあえずといった感じで一本のホームランは打った。

 しかしお互いの先発が交代後、メトロズはセットアッパーのバニングが打たれて逆転。

 結局はそこから、もう一度追いつくことは出来なかった。


 バニングも安定して投げているセットアッパーではあるが、やはりリリーフ陣が弱い。

 補強をするのは間違いないだろうが、それがいつになるのか。

 これがトレードでないのならば、チャンピオンリングがほしいピッチャーを、やや安めに獲得できたかもしれない。

 だがシーズン中では、上手く需要と供給がマッチしないと、トレードも成立しないのだ。


 三連戦の初戦で敗北し、チームとしての連勝も六で止まった。

 だが残りの二試合は、必勝のつもりでいく。

 二試合目はオットーが離脱したので、マイナーから上がってきたワトソンが先発。

 これは打撃で援護してやらなければ、と思っていたところ、案外のロースコアゲームとなった。


 ストライク先行で投げていくワトソンに、まずは一回の裏からフォアボールで出塁した大介が、ホームベースを踏む。

 この一点は大きく、なかなか追加点もなければ、同点にも追いつかれない。

 一点差のまま両チームの先発は降板し、そしてそこから大介はランナーが一人いる場面でツーベースを打って追加点を取る。

 二点差となったが、そこからアトランタも反撃してきた。

 一点差に追いつかれて、だがまた二点差に引き離す。

 最終的には4-3とメトロズが勝利し、ワトソンは嬉しい初先発初勝利。

 この若手の好投が、三試合目の流れも決めたと言えるだろう。


 三戦目の先発はジュニア。

 自分よりも若いワトソンのナイスピッチングに、内心では燃えるものがあったのか。

 七回までを投げて無失点のピッチングに、打線も奮起して援護。

 6-1で勝利して、これでメトロズは六月に入ってから、15勝2敗という驚異的な勝率を誇っている。


 次の試合は同じくホームで、インターリーグとなるカンザスシティとの対戦だ。

 休日が一日あるので、珍しくバーにでも繰り出すか、という話になってくる。

 メジャーリーガーはシーズン中には、極めてストイックになるタイプが多いが、それでもチーム状態がいいため、少しは出かけて食事でも、という感じになったわけだ。

「悪い。俺は見たい試合があるから」

 大介はそうやって騒ぐのも嫌いではないのだが、今日は予定があった。

 時差があるため、ほぼリアルタイムで見られるのだ。

 直史が投げる、アナハイムの試合を。


 六月に入ってアナハイムは、やや調子を落としている。

 それでも勝率が五割を切ることなどはなく、ここまで50勝19敗と圧倒的な成績を残している。

 だがメトロズは今日の試合で、51勝17敗。完全にアナハイムの勝率を抜いている。

 去年の114勝という圧倒的な勝率を、さらに塗り替える可能性。

 リーグが違いアナハイムと潰しあう可能性がないため、こういうことになっているのだ。


 大介が気にしているのは、前の試合で直史が、かなり調子を狂わせたことだ。

 ホームランを打たれたことは事故のようなものとしても、その後にフォアボールを三つも与えている。

 ただ色々と、歴史に残るポカミスなども、あの試合では発生していた。

 異常事態が多かったため、あれで直史の変調と考えるわけにはいかない。

 結局のところ、試合では勝っているのだし。


 ただオークランドはここ二試合、アナハイムから二桁得点を奪って勝利している。

 完全に調子の乗っている若い力に、直史がどうやって対応するのか。

(まあ打つだけなら桜島みたいに、どうにかするんだろうけど)

 二年の夏の甲子園、直史は途中交代をしながらも、史上最強レベルと言われる桜島打線を封じていた。


 単純なパワーピッチャーであるなら、それは打ててもおかしくない。

 メトロズにしても今は、投手力よりも打撃力の方が、はるかに高い状態だ。

 強打のチーム、勢いに乗っているチームを、直史はどう止めるか。

 そういうパターンは甲子園で、何度も見てきたような気もするが。




 マンションに戻った大介は、既に準備万端整えていたツインズと、大画面で試合を見ることになる。

「どうなってる?」

「始まったばかり」

「援護一点でまだパーフェクト」

 三回まで進んでいるが、それでパーフェクトなのは、直史ならば珍しくはない。

「相手の戦術とかは?」

「う~ん、見ればすぐに分かると思う」

「お兄ちゃんが好きそうな相手」

 直史が好きそうな相手。

 早いカウントから打ちにきて、凡打を繰り返すタイプか。


 オークランドは確かにツインズの言うとおり、ぶんぶんと振り回してきていた。

 対する直史は珍しく、それに打ち損じをさせるよりも、ボール球を振らせることを意識しているらしい。

 かといって球数は増えていかない。

 空振りを奪い、追い込んだら三振も奪いにいく。

 少しだけ普段よりは、攻撃的なピッチングと言えるだろうか。


「連敗してるから、それも考えてるのかな」

「オークランド別に強くないけどね」

「若いチームは突然強くなるけどね」

 何かもきっかけで一気にチームが強くなる。

 単に一時的な勢いならばいいが、それが恒常的なものとなれば話は別だ。

 もっともMLBのチームのFMは、どれも曲者ぞろい。

 いつまでもオークランドに、気持ちのいいバッティングなどはさせないだろうが。


 オークランドはアナハイムと同じ、ア・リーグ西地区のチームだ。

 同じカリフォルニア州でもあるが、距離はそこそこ離れている。

 これからまだシーズン中、当たることは多くなる。

 ここで調子に乗る前に、叩き潰しておこうと直史が思ったのかどうか。


 ヒットを打たれない。

 もちろんフォアボールのランナーも出さない。

 基本は早くからゴロを打たせていくが、今日は三振も多いのか。

 しかし球数も目立っては増えない。


 これは、あれだろうか。

 前の試合が、直史基準では不甲斐なかったので、慎重に投げているのか。

 直史基準の慎重というのは、おそらくとんでもなくひどいものではあると思うのだが。

「打たれないな」

「打たれないね」

 試合の展開は早く、そしてアナハイムも追加点を取っていく。

 オークランドの前の二試合は、どうせポストシーズンでも当たらないだろうと思って、気にしていなかった大介である。

 だが二試合連続の二桁得点というのは、バッターのポテンシャル自体は相当に高かったとしか思えない。


 試合は中盤から終盤に入っていく。

 空振り三振したオークランドのバッターが、自分でバットを叩き折っている。

 日本人としては眉をひそめる行為だが、文化が違うので仕方がない。

 だがこいつらに、グローバルスタンダードは作って欲しくないな、と思うのが大介である。


 そして終盤、まだ打たれない。

 オークランドベンチのスタッフの目が死んでいる。

 空振りをしたバッターも、もはや怒りを表すというよりは、何か不気味なものを見るように、視線をマウンドに向ける。

 もちろん直史は涼しい顔である。

「これ、ひょっとしてまたやっちまうか?」

「やっちゃうかなあ」

「心折るためにね」

 直史はそのあたり、本当に容赦がない。

 それに前の試合のことを考えれば、調整の意味も含めてあえてパーフェクトを狙っていってもおかしくない。

 いや、全ての試合において、パーフェクトをするつもりで投げているらしいが。




 そして試合が終わった。

 MLB史上初の、同一ピッチャーによる二度目のパーフェクト達成。

 しかし今はまだ六月。

 これまでに直史がやってきたことを考えると、あと一回ぐらいはやってしまってもおかしくはない。


 ソファに座っている三人は、まあこれぐらいはするか、と思ってしまった。

 直史ならば、これぐらいはやってしまう。

 そして今日は、三振の数が比較的多かった。それなのに球数は少ない。

 ボール球をほぼほぼ振らせていたということもあるだろう。

「何考えてんだ、あいつは」

 大介としてはこれが、どこまで続くのか不安ですらある。


 アナハイムかメトロズか。

 この年の最高勝率争いは、まだまだ終わらない。

 それにアナハイムはまだ、ボストンとの対決を丸々残しているのであった。

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