第14話 パウラ、蛮族に会う
騒乱とだけ説明された大事を、パウラはもちろん父も詳しくは尋ねなかった。
他国の内政に関わることだからでもあるが、どうやら父にはある程度察しがついているようだったから。
後で聞けば良いとパウラもそのままにして、あてがわれた客間に落ち着いた。
「城内の空気が殺気立っているようです。
念のため、姫様にはお部屋からお出になりませんように」
護衛のために同行したナナミが、平然と物騒なことを言う。
「テオドール様のお側においでください」
父テオドールは、その昔ヴァースキー公国指折りの魔術騎士だったらしい。
ヘルムダールに縁付いて以降は、もっぱら護られる側に身をおいているが、日々の鍛錬を密かに続けていることを、パウラは知っている。
水竜を始祖に持つヴァースキー公家の一族は、水属性の魔法を得意とするが、その中でも父はとりわけ魔力が強く、既成の攻撃魔法であれば最高レベルのものを難なく使う。
加えて自ら作り出したオリジナルの魔法をも併せ持つので、魔法騎士より上位階級の魔術騎士であり、その階級はヘルムダールにおいても引き継がれている。
「ここは心配しなくて良いよ」
こちらも平然と、いつもどおりの優しげな微笑で父が頷くと、ナナミは頭を下げて部屋の外に出た。
「多分、蛮族だろうね」
紅茶を口にしながら、父は言った。
「ゲルラでは、そう珍しくない」
蛮族とは、黄金竜オーディを至尊と敬わぬ種族の蔑称である。
5公国のどこででもその種族を見かけはするが、国レベルの大きな集落は南のゲルラと北のヴォーロスにしかない。
ここゲルラで蛮族と呼ばれるのは、白虎を始祖とする一族である。
その族長は始祖の直系子孫で、決まって白い髪サファイアブルーの瞳のとても美しい男なのだと、前世に
ゲルラ公国の南部、険しく高い山が連なる地が彼らの国、公国で言う「蛮族の辺境」である。
竜によってこの世が統治される前、彼らは現在のゲルラ公国すべてを支配し統治していたので、奪われた始祖の地を取り戻すためと、時にこうして争いをしかけてくるらしい。
「けれど、そうだね。
ナナミの言うとおり、辺りに殺気を感じるな。
確かに、少しばかり変かもしれないよ」
父テオドールは珍しく厳しい顔をして、立ち上がる。
続きの間から、細い長剣を手にしてパウラの傍に戻った。
「外にはゲルラの騎士がいるし、ナナミも扉の前にいる。
ここまで賊が入ってくるとは思わないけれどね」
父の言う殺気らしき空気は、パウラも感じていた。
ピリピリと痺れるような張り詰めた気が、辺りにある。
バルコニーに続く窓の外から、少なくはない足音が何度も聞こえて、それが何かを探す騎士達のものらしいとはパウラにも察せられた。
「聖使様から夕食を一緒にとのお誘いをいただいたけれど、お断りした方が良いね。
今夜はここに運んでもらおう」
聖使からの誘いを断るなどと不敬の極みを、父はさらりと言ってのける。
妻アデラが1番、次点でパウラ。
どんな時にも揺るがない優先順位に従って動く父に、ほんの少しだけセスランが気の毒になる。
(まさか断られるとは、思わないでしょうね)
それでも父に従おうと唇を開きかけた時、かさりと、パウラの精神のひだに何かがひっかかる。
(なに?)
訝しみながら、そのひっかかりの元をたどる。
音も、気配すらしないのに、確かにパウラにはわかる。
(なにか、いいえ、誰かだわ。
誰か、いる)
そうっと窓に近づいて、外を伺う。
そして息を飲んだ。
闇の中、2つのサファイアがギラギラと光る。
目を逸らすことができない。
視線のロープで、縛り上げられる。
身動きひとつ、できなかった。
じっと目を凝らせば、まだ幼い少年だった。
おそらくパウラと、そう年齢のかわらない。
暗闇にうずくまり、サファイアブルーの瞳に精一杯の殺気を載せて威嚇してくる。
その瞳で彼が白虎の、しかも族長の直系だとわかる。
(どうしよう)
困った。
傍には父がいる。
父はゲルラへ知らせずにいてくれるだろうか。
「おとうさま、わたくしが今からすることを見なかったことにしてくださいますわね?」
幼い娘、まだ8歳になったばかりの娘にまっすぐに見据えられて、父は変に思うかもしれない。
そんなことを考える余裕もないくらい、パウラは目の前の少年を助けたかった。
間違いなく追われている彼。
おそらくは蛮族の血、それも直系であるがゆえに追われている。
竜に浅からぬ縁のあるパウラが彼をかくまうなど、偽善以外のなにものでもない。
けれど「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」だ。
「もし言うことを聞いてくださらないなら、おかあさまにいいつけますわよ?
おとうさまは情知らずのわからんちんなので、りこんしてべつのかたとけっこんした方がよろしいわって」
これ以上はない脅し文句に、父は苦笑して頷いた。
「それは困るね」
そこで初めて、パウラは窓の外に声をかける。
「助けてあげるわ。
これから窓を開けるけど、わたくしがいいと言うまでじっとしているのよ?」
そして窓を開けた。
ひんやり湿った夜気に混じって、ひどく生臭いすえた臭気が鼻をつく。
少年はまるでその白い毛を逆立てたように、威嚇していた。
「大丈夫よ。
少なくとも、今のわたくしはあなたの敵ではないわ」
できるだけゆっくり、低い声でと、努力した。
敵意はないと伝わったのか、彼の逆毛はおさまりを見せる。
サファイアの瞳に、怪訝な色が浮かぶ。
「おまえは誰だ?」
精一杯虚勢を張った声は、高く澄んでかわいらしいものだった。
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