第36話:花音の入浴と寝床
食事から約1時間経過したとき、俺と花音はとんでもない事実に気付いてしまった。
恭子さんの煮込みハンバーグを楽しんだのは、ほんの30分くらい前。ちゃんとした食事はちゃんと食べようとゆっくり、しっかり食べたのだ。
洗い物はキッチンに置いておけばいいと、言ってくれたので、軽くすすいで流しに置いた。ここで俺が再び勉強に集中してしまった。
花音は何をしていたのか知らないけれど、顔が真っ赤だ。
問題はそこじゃない。
恭子さんが、いつのまにか寝てる!眠ってる!
ベッド横に座って、寄りかかるようにして寝ている。右手をまっすぐベッドに載せて、そこに頭が乗るような形だった。
パッと見、座っているように見えたので、視界には入っていたもののそれ以上何も考えていなかった。
そう言えば、家で飲むと外で飲むよりも早く酔いが回るとか言っていたなぁ。いつの間にか、ワインの瓶が1本空になっている。これは飲み過ぎというやつではないだろうか。
さすがにこのまま寝かせると身体がどうにかなると思って、起こしてみたけれど、起きない。しょうがないので抱き上げて、ベッドに寝かせた。
夜中に起きて風呂に入ったり、歯磨きしたりするだろう。
そういえば、俺は今日の午後はほとんど勉強していたし、花音がいるから恭子さんには質問もしていない。退屈だったかな?可哀そうなことをした。今夜、目が覚めたら……って、花音がいる!
「花音、すまん。うっかりしてた。遅くなったな。送っていくよ」
「今日はダメよ。昨日の今日で送って行ったら、将尚明日恭子と大変なことになるわよ」
昨日の夜、随分ひどい目にあったのだから、更に酷いというのは、もう相当ヤバいのでは。
かといって、暗くなっているし、花音を一人で帰すこともできない。
タクシーか?いや、そんな金はない。やはり送っていくしか……
花音が、こちらを見て人差し指を立てながら提案してきた。指でLを作ってる感じ。
「お・と・ま・り」
いやいやいや。家主は寝てるし!元カレの家に泊まるマンガやドラマはあっても、それが今カノの家とか絶対にありえない。常識的に変だろう。
「ダメって顔ね。じゃあ、可愛い私は暗い夜道で大きなワゴンに
いやいやいやいや!それはいかん!そんなことがあったら俺は
そうは言っても、相変わらず恭子さんは起きない。ちょっと揺さぶったくらいでは起きないのだ。
うーん……しょうがない。それにしたって、着替えとか下着とか色々必要だろう。
いくら女性同士でも、恭子さんの下着を借りるとか、さすがにできないし。
「たまたま、今日はバッグに替えの下着を持っているの」
花音が持ってきた大きなバッグを指さした。
そんな偶然ってあるか!?少なくとも俺は出かける時についでに下着を持って出かけようと持った日はこれまで1日だってないぞ!?
いつからだ!?いつから花音はこれを予想していた!?
「恭子もまさか、今日が
花音がニヤリと笑いながら言った。
大体、今カノがスヤスヤ寝ている目の前で元カノに何かする訳がない。俺が花音に手を出すわけがないのだ。
「じゃあ、私はお風呂に入るから、将尚、ちゃんと覗かないとダメよ?」
「『覗いたらダメよ』の間違いだろ!」
花音がクスクス笑いながら、風呂場に向かう。絶対俺は揶揄われている。
それから、15分もすれば風呂にはお湯が張れた。花音は「行ってくるわね」と言って風呂場に行こうとしていた。
「ちょっと待て」
「なにかしら?
そんな訳がない。
「お前、バッグ置いて行ってるぞ。あと、タオルを渡しておくから持って行ってくれ、それと着替えも」
「ちっ」
いま、「ちっ」って言ったな!露骨に言ったよ!わざと忘れて行ったな。
俺は、使ってもよさそうなバスタオルを取り出して、着替えがないというので、俺のTシャツとジャージの下を花音に渡した。ちなみに、ジャージは下しかない。上はほとんど着ないから学校におきっぱだった。
花音は、バッグから小さなポーチを取り出し、テーブルの上に置いた。なにそれ?バッグから出てくると、女の子的な理由で聞きにくい。
男は知らなくていい秘密が女の子にはあるのだ。
とにかく、着替えとバッグを持って洗面所に行ったので、大丈夫だろう。
花音が風呂に向かった。俺は、一応テレビを点けて、見ているのだが、一切情報が脳髄に届かない。この部屋は、ワンルームながら、一応洗面所兼脱衣所があり、その先に風呂場がある。
ちゃんとドアがあって、そこから中は覗けないし、音もほとんど聞こえてこない。
それなのに、脱衣所でバックを置く音や右足から左足に体重移動するときの音がなんか聞こえてくる。スカートを脱いだ時の音かもしれない。
目の前のテレビの音はもっと大きいはずなのに……
いかんいかん。俺は恭子さんの寝顔を見て癒されようと思った。
クルリと振り返ると、めちゃくちゃ服が乱れた恭子さんが横たわってる。余計ダメだろ!恭子さんのシャツを直して、タオルケットを身体にかけ、見えてはいけないものや微妙な物は全て隠した。
その頃、ザバーとか、シャーとか、水音が聞こえるようになった。
俺のデビルイヤーが地獄耳だ。耳を塞いだり、掌を耳に当てたり、外したりを繰り返してとにかく、風呂場からの音を遮断しようと試みた。
「カクテルパーティー効果」をご存じだろうか。騒がしいパーティーの中でも、特定の誰かの声はよく聞こえるのだそうだ。それは、脳が無意識に情報を取捨選択した結果で、必要な情報だけを拾っているらしい。
俺に必要な情報は、花音が風呂に入っている音じゃない!
間違ってるぞ!誰だこの説を唱えた学者は!?カクテルさんかよ!?
もだえ苦しんだ30分が過ぎた頃、ガチャ、とドアが開けられ、花音が全身から湯気を上げながら出てきた。
あわわわわわわわわ。
濡髪の花音。濡髪をまとめて後頭部の辺りでお団子にしてある。しかも、全身がほんのり桜色に染まって……めちゃくちゃ色っぽい!そして可愛い!
俺が貸したTシャツは着ているものの、下は生足だ。ジャージは履いていない。
ドアの前に立っている花音は、白くてすらっとした脚が艶めかしくて、直視できない。Tシャツは大きめなのでワンピースのように着こなしているものの、裾の丈が微妙で下着が見えそうで、見えない。実に心が落ち着かない丈の長さ。
「花音、ズボンは!?渡しただろ!?」
「ん、履いてみたけど、ウエストがガバガバで一番搾ってもストーンだった。あと暑かった」
俺と花音ってそんなにウエストの細さ違うの!?じゃあ、別の何かを……
「将尚、そこの白いポーチを取って」
さっき置いて行ったやつか。
「ん」
俺はポーチを手に取り、花音のところまで持って行こうとした。
「ちょっと開けてみて。そこに……」
なにか欲しいものが入っているのか。それだけ必要ってこと?俺がポーチのチャックを半分くらい開けたところで……
「私の下着が上下入ってるから」
なんで開けさせようとした!そもそも何で置いて行った!!今、お前はどんな状態なんだよ!絶対、俺揶揄われてる!
花音が、チャックを半分だけ開けかけた状態のポーチを受け取った。
「将尚」
「どうした?」
見ないようにしていたが、花音に呼ばれて半分反射的に振り返る。
「ほら、シャツの下は何も着けてないの」
花音は、Tシャツの裾を少しだけ持ち上げてみせた。
「わーーーーっ!馬鹿!めくるな!」
急いでUターンしてテレビの前に戻った。
俺と付き合っている時は、そんな過激な冗談なんて一度だってやったことなかったのに。
俺のTシャツをワンピースのように着こなしている。俺が着ても大きいTシャツだから、ズボンなしでもまあギリギリセーフなのか!?もう寝るだけだし。俺が出来るだけ見ないようにすればいいだけだし。
「将尚、次どうぞ」
花音が濡れタオルで首や髪の辺りを拭きながら言った。腕をあげると裾がいよいよギリギリラインまで持ち上がる。もう気になってしょうがない。
「あぁ……」
なにもしていないはずが、ものすごく疲れた。
「将尚?」
「なに?」
洗面所に入ろうとした俺を花音が呼び止めた。
「だし出てるから、飲んでもいいわよ?」
「飲むか!」
あぁ、もう意識して湯船に入れないかも!?洗面所に行くと、花音のにおいがするし!
そして、俺はここでこれから服を脱ごうとしている。なんか、めちゃくちゃ悪いことをしているような気がしてきた。
■■■
なんとか風呂を出てきたのだが、問題はまだあった。「寝る場所が無い問題」だ。ベッドは、恭子さんが寝てる。これは確定。
俺が床でいいけれど、それだと花音の寝る場所がない。俺と同じく床ってわけにはいかないし。床はベッド以外の場所にギリギリ布団一床引ける程度の広さしかない。そこに二人寝ると、否が応でも密着してしまう。
ベッドだと恭子さんと一緒になってしまう。本人の承諾なくベッドで……ってこれはこれでちょっと抵抗ある感じ。
俺が玄関で寝るのはどうかな?一応、収納に使ってない折りたたみのマットレスみたいなやつがあったから、それを室内に敷いて花音に寝てもらって、俺は玄関付近の壁に寄りかかって寝るか?
「将尚、私は一緒でも気にしないわよ?」
なんにも言ってないのに、許可されてしまっても……第一、俺が気にするし。
「今日……私は初めてを散らすのね」
花音が、両頬に手を当てて恥じらっている(?)
やめろ。なにも散らさないでくれ。花音が真横で寝てたら俺は絶対寝られない。消去法で、花音には恭子さんのベッドで恭子さんの横に寝てもらおう。
「ちょっと狭いけど、恭子さんとベッドに寝てくれ」
「いいの?チャンスよ?眠った振りして抱きつけば、何をしたって合法なのに」
いつから日本はそんなアナーキーな法律を導入したんだ。俺が外に出ることも考えたけど、それだと花音が責任を感じてしまうだろうし。
花音と横並びで寝たら、それこそ恭子さんの嫉妬が爆発してしまう。
恭子さんをベッドの奥に押しやって……枕は新しいタオルを丸めれば代用できるだろう。タオルケットはもう一枚あるからそれを花音に渡して、俺はなくていいや。とにかく花音がベッドで寝られるようにした。
「なんだか落ち着かないけど……おやすみ。将尚」
「おやすみ」
「……おやすみを言うのって、なんかエロいわね」
「……」
もう、黙って寝てくれ。頭痛もしてきたし。
暫く静かにしてみたが、全然寝られない。寝返りの音も聞こえるし、花音も起きてるっぽい。
「ひっ」
突然花音が小さな悲鳴をあげた。「なに?」と思って上半身だけ起こして見たら、花音の首に恭子さんの腕が回されていた。
そう、恭子さん寝るとき抱きぐせがあるんだよ。これは諦めてもらうしかない。まあ、大丈夫と判断して俺は横になった。
「ふぁっ」
今度はなに!?また上半身だけ起き上がって見た。花音が抱き枕のように恭子さんに抱きつかれて脚まで絡められていた。なんかエロい。俺の中で変な妄想が羽ばたきそうだ。強引に大丈夫と判断して、俺は再び横になった。
「ちょ……恭子…や……そこ触らないで……」
なに!?なにが行われてるの!?今度はとても見れない。俺は寝たふりを決めこんだ。
「あ……や……」
俺は意識が覚醒して全く寝られなかった。なにが行われてんの!?ベッドの上で!?
■■■
なんだかんだ言って、時間経過とともに俺は寝落ちしていたらしい。俺は床のマットレスの上に横を向いたまま寝ていた。ふと、花音のにおいがした…気がした。夢なのか、現実なのか、背中にぴったり花音がくっついているような。
ただ俺は瞼を開けることも叶わない。ひどく疲れているらしい。
次に目が覚めた時は、まだ早朝だった。やっと日が昇り始めたくらい。カーテンの隙間から少しだけ日が差し込んできている。
マットレスで寝ていた俺のお腹にはタオルケットがかけられていた。
周囲を見渡すと花音は、既に着替えを済ませて座っていた。
「花音?おはよう」
「おはよ」
花音の表情は見えない。
「んー……あれ?花音ちゃんおはよ。お泊まり?」
恭子さんも起きたようだ。
「……」
「あれ?怒ってる?」
「……もう絶対、恭子とは同じベッドに寝ないわ」
女性同士とはいえ、狭いベッドで二人というのは気を使ったのだろうか。しかも恭子さんは抱き癖がるから余計に寝にくかったと思う。色々触られていたっぽいし。
花音は早朝に「じゃ」と言って帰って帰って行ってしまった。人通りはまだ少ないだろうが街はすでに動き出している。始発も動き始めただろうし、夜中よりは安全だ。花音が一人で帰っても大丈夫だろう。
気が抜けたのか、俺はそのまま再び眠りにつくのだった。
結論、この家に3人寝るのは無理!(いろいろな意味で)
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