第21話:勝負の時が始まった
今日からテスト期間が始まった。普通のアニメや漫画ならば、テスト期間前の早く帰れるときは楽しいエピソードなどで話が構成されるのだろう。俺の物語はひたすら勉強だった。
いや、勉強とセックスだった。あぁ、そう言えば、恭子さんと花音の直接対決もあった。花音とのことを一区切りさせてくれたのは、今考えれば、余計なことに気を使わなくていいようにしてくれた恭子さんの配慮だったのかもしれない。
いや、呼びだしたのは花音らしいから花音の配慮なのか?
そう言えば、あの後、花音ノートを改めて見て、花音のメッセージってやつを探してみたけど、そんなものは俺には見つけられなかった。ありがちな縦読みが仕掛けてあるとか、それなりに予想して探してみたけど、全然分からない。
恭子さんはよくそこに何かがあるって思って、その謎を解けたもんだ。俺なんかそこに謎があるって分かっているのに問題すら見つけることができないのだから。
テストが始まろうというのに、こんな風に色々と考える余裕があるのは、恭子さんのスケジューリングによる効果だと思う。俺が考える「勉強を頑張る」は徹夜したり、徹夜までしなくても深夜まで頑張るイメージだった。
そんなのが何日続くかは分からないけれど、「この方法でいいのか」とか、「テストに間に合うのか」とか、「今遅れていうるのでは」とか、色々不安になる要素は数限りにない。
ところが、その昔学年一位だった恭子さんがスケジューリングしてくれたことと、「こうすれば大丈夫」と太鼓判を押してくれたことが俺に安心感を与えてくれていた。
どうやっても100%不安感を払しょくすることは出来ないし、俺は今回初めてすごく勉強してテストに臨む。どれくらいやったら、どれくらいの結果になるかは俺には過去の経験がないのだ。恭子さんの経験が活かされている訳なので、この時点で俺だけでやるより間違いなくいい状態だろう。
次に、過去問だ。
10年前とは言え、恭子さんの過去問の8割は今でもテストに出ているのだという。もちろん、教科ごとに、担任ごとに状態は違うと思う。しかし、新しい問題を作るというのは教師にとっても大変だろうと恭子さんが教えてくれた。
例えば、数学。教師が問題を作ったとしたら、間違えていた場合、その問題は丸々採点から外されるか全員に点数をあげることになる。答えが複数あるようなものも良くない。
パソコンを使って問題を作る場合、過去のテストのデータをそのまま使うことは少なくない。丸々そのままというのはあんまりなので、一部だけ差し替えるという程度。そんなこともあり、10年前の過去問が、今度の期末の予想問題として大きな価値を持っているのだ。
ただ、この学習指導要綱というのは文科省から更新がある。当然教師用教科書にも反映されて、過去問から一部の問題が差し替えられることがあるのだ。ここは今回「花音ノート」が役に立った。元カノ花音が恭子さんに対抗して作ってくれた『新しい情報部分だけ」がこれだ。しかも、教師が授業中何度も言ったことの情報も含まれているらしい。それだけ言うという事はテストで出題される可能性が高いという事だ。
決められた期間で8教科の全部の内容をやるのはかなり大変な作業だ。そこで恭子さんが準備したのが「バーチャート工程表」だ。いつどの部分をやって、全体でちゃんと網羅しているか視覚的に確認できるようになっていた。
しかも、「バナナ曲線」も付けてくれていた。これは何かの仕事をする上で最短の進捗、再遅の進捗をグラフにしたもので、2本の曲線が描かれている。これがバナナのような形状であることからバナナ曲線。この2本の線の中に現在の進捗の線が入っていれば、「予定通り」という訳だ。ちょっと遅れたり、すごく頑張りすぎても今の自分の進捗がどの程度進んでいたり、遅れているのか視覚的に把握できる。
これらは「工程管理」の手法で使われるものらしく、ビルを建てたり、期間が1年とかに及ぶような時でも、そこにかかわるすべての人がすぐに現状がどうなっているのか、分かるように使われているものらしい。
今回は俺と恭子さんの二人だけで共有というか、恭子さんのイメージを俺に伝えるために使ったみたいだった。
恭子さんの社畜スキルから今回の勉強に使われたノウハウはそれだけじゃなかった。それが「マイルストーン」だ。工程の要所要所にチェックポイントを作ってくれた。その昔、街道の両側に一里(約4キロメートル)ごとに目印が設置されていたように、自分が今どこにいるのか、ペース配分をしたりするためのものだ。「プロジェクト管理」のノウハウらしい。
ここを達成するたびに恭子さんがエロいご褒美をくれたので、OLプレイやミニスカポリスプレイなど俺はめちゃくちゃ楽しみにしていた。JKの制服プレイは実は花音に悩殺されないように免疫を付けさせる目的もあったらしく、プレイの一番最初に実行されたことを後で知った。
これらの「
日々の勉強開始から集中するまでの時間の短縮にも恭子さんのノウハウが詰め込まれていた。人間はやる気があるから始めるんじゃない。始めてからやる気が出る。そんな脳科学の分野では科学的に証明されているという「作業興奮」の効果を使って、めちゃくちゃ簡単な作業から取り掛かれるようにしてくれていた。
一見、単に邪魔していると思っていた恭子さんのアレにそんな効果があったとは!考えていたんだよね!?考えたいたんだよな!?単にイチャイチャしたかっただけじゃないよね!?
食事は基本的に三食恭子さんが作ってくれた。顔色もいい。睡眠も意外なほどかなり多く取れた。体調もいい。適度な運動は……ちょっと頑張りすぎたかもしれない。毎日恭子さんと「適度な運動」をしていた。
そして、これから1週間、毎日1教科か2教科だけテストがある。1週間(5日間)で8教科。望むところだった。この期間中は午前中のみで帰宅。午後はまた勉強というスケジュール。
そのトップバッターと言うべき教科は俺が少し苦手な数学からだった。ただ、今回のテスト範囲に限っては100%の自信がある。不安要素も特にない。あえて言うなら経験が足りない。あれだけやったらどれくらいなのか。どんな結果になるのか。
教室でテストのプリントが配られる。緊張の一瞬だ。テスト用紙が配られただけでこんなに緊張したのは初めてだ。高校受験の時だってこんなには緊張しなかった。
チャイムが鳴るまでクラスメイト全員はテスト用紙を裏返して待つ。
スタートまであと1分。俺はあることに気づいた。少しだけ問題が透けて見えている。裏表は違うけれど、鏡文字でも内容は分かる。初見ならば内容までは分からなかっただろうけど、このところ毎日毎日そればかりやってきた俺にはどの問題が出題されているのかを見るには十分だった。
分かる。どの問題が出題されるのか分かる!
「ぐふふふふふふ」
机に着いたまま、下を向いた状態で思わず笑いが出てしまった。
「誰だ?気持ち悪い笑い声のヤツは。もうテスト始まるからおとなしく観念しろ」
「「「わははははは」」」
教師の絶妙なツッコミに教室が沸いた。俺はちょっと恥ずかしかったけど、心の中ではテストが始まる30秒前に勝利宣言を上げていた。
チャイムと同時に教師が「よーし、始め!」と掛け声を上げ、クラス全員がテスト用紙を表にする音が聞こえた。俺は最初に名前を書き、名前なしなどの大ポカがないように細心の注意を払った。
正直、1つ目の苦手な数学は楽勝だった。60分間のテスト時間のうち15分で全問解き終わった。簡単な見直し込みで15分。この時点で手がわなわなと震えていた。俺は既に実感していたのだろう。テストの高得点を。計算ミスなどを防ぐためにも何度も何度も見直しをした。15分で終わったのだから、あとの45分間は寝ていてもいいはずだ。ところが、俺の性格的なものもあるのだろう。とにかく何度も確認を行い、結局最初に書いたテストの状態で提出した。
テストが終わると、俺は背もたれに体重を預けて天井を仰いでいた。
「なんだ、どうした。1教科目から降参か?」
健郎が話しかけてきたのだ。俺は横の健郎に視線を送ると「今回はちょっとね」と少し思わせぶりなことだけ言った。
「テスト終わったら俺が慰めてやっから、金曜日楽しみにしとけよ」
健郎が、金曜日テストが終わったら遊びに行こうと言っているのだろう。このところ勉強ばかりだったし、それもいいだろうと思った。
「なになに?カラオケ?当然私も行くし!」
明日香もいつの間にか会話に入っていた。俺はあんまり曲とか知らないし、カラオケの雰囲気も得意じゃないけど、この二人が一緒ならそれも悪くないと思っていた。特に明日香の歌はちょっと味があって好きだった。健郎たちには家出のこととか、花音とのこととかも話すチャンスになる。今までタイミングが悪くて言えなかったことを伝えようと思った。
「じゃあ、金曜日で」
「あ、予約は私に任せといて♪」
「じゃあ、明日香頼む」
健郎&明日香と金曜日の約束ができた。この日に色々伝えれば、ずっと言えなくて二人に抱いていた罪悪感も解消されるだろうと予想された。カラオケに行くことは事前にちゃんと恭子さんに伝えておけば何の問題もないだろう。
俺の作戦は予定調和で意外性なんてなくていい。何度も何度も練習してきたんだ。予定外のことなんて要らない。予定通りにテストが終わればいいだけなんだ。
■■■
翌日の現国も完全に予想の範囲内だった。漢字問題だって全部書けたし、字も丁寧に書いた。当然名前も書き忘れないようにした。「予想しない何かトラブル」は絶対あると思っていた。それが何なのかは分からない。分からないから「予想しない何かトラブル」なのだ。
俺は出来るだけ冷静に、そして確実に1教科1教科やっつけて行った。
家での生活も変えなかった。勉強は予定通り集中してやっていたし、食事は恭子さんが作ってくれるので、それを食べて、夜には恭子さん自身も頂いた(下ネタ)。
3日目、4日目とノートラブルで普通なら気を許した5日目に何かあるだろうと思った。俺は性格的に用心に用心していたので、別に体調を崩したりもしなかった。体調も万全だ。
唯一、予定外だったことは、4日目が終わった時点で放課後に花音から呼び出されたことだった。それでも、普通の話をちょっとしただけだけど。
いつもの屋上前の踊り場だった。
「あれ?なんかめちゃくちゃ綺麗になってない?ここ」
埃っぽかった屋上前の踊り場が綺麗になっていた。埃一つない。かび臭さもなくなってる。
「……誰かが汚したから掃除でもしたんでしょう」
「へー」
ここに来るやつが俺たち以外にもいたとはな。まぁ、そんなことはどうでもいいや。
「なに?」
「調子はどう?」
「うん、かなりいい。手ごたえを感じてる」
「そう。それはよかったわね」
おかしい。花音がこんな世間話をする訳がない。彼女は俺に何を伝えようとしているのか。会話の中からなんとか読み解こうとする。
「それはそうと、テストの結果出たら何か手があるのかよ」
「そうね。一気に誰も何も言わなくなる方法があるのよ」
そんな都合のいい方法がある訳がない。いくら花音でもあの空気を変えることは不可能だろう。
「そのためにも、最終日まで予定通りにこなしてから帰ることね」
「ああ、そのつもりだ」
「楽しみにしているわ」
少し微笑を浮かべてそこまで言ったら、踵を返して階段を降りて行ってしまった。
なにこれ。何の伏線?最終日は英語で難易度も普通なんだけど。なにが起こるの?
俺はいつも以上に用心してテストに臨むことにした。
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