15日目 朝風呂と団子
──やってしまった……。
私は温かい湯に浸かりながら、手を頭に当てて大きな溜息をついてしまった。
内側からハンマーで打ち付けられてるかのように頭が痛い。
どうやら私は酒を飲んでも記憶が残る方だったらしい。
"記憶操作"が自分に作用できないことを恨めしく思う。
レオンへ使ってしまったら、万が一使ったことが知られた場合、信頼を失う気がする。
部屋へ戻ったときに、彼へどんな顔を向けたら良いのかわからない。
昨日の夜、エノモト産のお酒を飲みながら、私たちは夜が更けるまで2人で語り明かした。
彼が孤児院にいた頃の話は本当に懐かしく、楽しかった。
私が作って食べさせた手作りのクッキーの味の記憶をレオンに返した時の反応は、特にとてもおもしろかった。
思い出した途端に頭を抱えて絶叫したと思ったら、ものすごい勢いでお酒を口に入れていた。
仲居さんが持ってきてくれたおつまみもおいしかった。
どうやら近くの山でよく棲息しているバジリスクから取れた肉を、薫製にしたものだそうだ。
バジリスクは、ニワトリとヘビが合わさったような魔獣で、他の魔獣と比べ小さく比較的大人しいそうだ。
この町ではお酒のおつまみとして人気で、この旅館は冒険者に依頼して調達しているのだそうだ。
おかげでかなりお酒が進んでしまった。
やがて、馬車の中で寝ていた私と違い、ずっと起きていたレオンは先に布団へ入ってしまった。
寝顔を見ていたら、逞しく成長した彼がとても愛おしく思えてしまい、つい勢いで同じ布団に入ってしまったのだ。
まさか孤児院で私によく懐いていた男の子が、あんな風に成長するとは。
そして、目が覚めた彼に自分の欲望をぶつけてしまい、寝てしまった。
先ほど起きた私は、彼が眠っているのを確認し、一人で大浴場へやってきた。
昨日のことがあったため、彼を見ていると恥ずかしくて仕方なくなったのだ。
──はぁ~、
そんなことを考えていると、近くで浸かっていたおばさん2人の会話が聞こえてきた。
この町の住人だろうか。
宿泊客でなくても、入浴は可能なのだろう。
「そういえば聞いた? フウちゃん」
「なあに? ブンちゃん」
「町のハズレにあった、神岩があったでしょう?」
「ああ、あの神が集まってるっていうあの大きな岩?」
何か眉唾な物が出てきた。
そんなものがあるわけがない。
「あの神岩、3日前誰かに大きく割れてしまったらしいわよ」
「ええぇ、大丈夫なの、それ?」
「大丈夫じゃないわよぉ~。あれを奉っていた神岩教のやつらが、もう大騒ぎよ~」
「そんなのいつもことじゃないの~。気にしなくていいんじゃないかしら」
「そんなわけにも行かないわよ。犯人を見つけるって町中を血眼になって探してるわ」
「犯人を見つけたらどうするつもりなのかしら~」
「それはわからないけど、あれ完全に殺す勢いよ~」
物騒な人たちがいたものだ。
今日は町中を歩くつもりなので、なるべく関わらないようにしよう。
そんなことを考えつつ、温泉から上がった私は脱衣所へ向かった。
──そうだ、飲みすぎで記憶がないということにすればよいのではないだろうか。
少し恥ずかしさがなくなってきた。何も記憶を確認する術がレオンにはないのだ。
部屋へ戻る途中、受付の隣にある売店で、美味しそうな煎餅というエノモトのお菓子が売っていた。
何枚か入った袋を一袋購入した。後でレオンと食べるために。
煎餅の袋を持ち部屋の前まで戻ってきた私は、部屋の襖を開けた。
起きたばかりのレオンが、部屋へ帰ってきた私を見て口を開く。
「イル姉、しばらくお酒は禁止ね」
顔を真っ赤にしたレオンが、こちらを見て恥ずかしそうにしていた。
■■■■■
昨日の夜のことは、俺の頭の奥へと封印することにした。
酒の勢いだと思うので、禁酒させれば特に問題はないだろう。
俺は何もなかったかの様に接することにした。
イル姉は二日酔いで頭が痛いらしい。
昨日の夜のことは記憶がないようなので、心底ホッとしている。
今は旅館の外を2人で散策している。
朝というのに観光客、特に男女のカップルの往来が多かった。
隣で歩くイル姉の右手の小指には、指輪が付けられている。
昨日選別したアクセサリーで唯一ガラクタではなく、普段使いのできそうな可愛らしかったものだ。
黒い宝石が付けられており、装飾も綺麗なものだ。
「レオン! あのお団子ってやつ、食べてみよう!」
ひとつの店を指差し、イル姉は誘ってきた。
俺はその言葉に頷き、店でみたらし団子なるものを3つ注文した。
なにやら小さく丸いモチモチした玉を、串に3つ通して茶色いタレを上からかけたお菓子らしい。
イル姉はこしあんという玉の上に黒い物がかかっている物を3つ頼んでいた。
ちなみに、イル姉は昨日無駄遣いして所持金がないため、代金は俺持ちである。
他人の金なんだから、もう少し遠慮してもいいと思う。
まあ、いいけど。
店の外に通りに面したベンチがあったので、そこに2人で座って食べることにした。
「いただきま~す!」
イル姉は団子を頬張って食べる。
次第に満面の笑みを作り、あっという間に1串食べてしまった。
「美味し~い! レオン、これ、とっても美味しいよ!」
幸せそうな顔を見て、俺も自分の物を一口食べてみた。
食べたことのない種類の甘味が口の中で広がった。
これはイケる。
「確かに美味いな」
「本当?! そっちも食べてみたい。私のも一口あげるから!」
そうやっていい、彼女は俺に食べさしの団子を差し出してきた。
昨日のこともあるため、俺は少し躊躇してしまった。
「……食べたく、ないの?」
心底哀しそうな目をしてしまった彼女を見て、俺は差し出された串にゆっくり顔を近づけ、食べようとした。
その様子を見て、嬉しそうにしたイル姉は、食べやすい様に串を口元まで持って来ようとした。
──勢い余った串が口の中に深く突き刺さった。
その後、痛みで気絶してしまった俺は、イル姉に治癒魔法をかけてもらった。
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