14日目 魔性の女
温泉から上がった俺たちは、部屋に置かれていた浴衣と呼ばれる、着物に近い服に着替えた。
「これ、なんかちょっとスースーして恥ずかしいね」
イル姉は耳を赤くして言った。
確かに新鮮だ。
普段の服装は、天真爛漫なイル姉が動きやすいような形をしている。
そのため、どちらかと言えばいつもは元気いっぱいなお姉さんといったような印象だ。
だが、今は首から足首まで1枚の長い布を下着の上から纏う浴衣姿。
少しでも大きく動くと、下着が見えてしまうため、いつもより動きも小さい。
後ろの髪は少しかきあげてまとめられ、うなじが見えるようになっている。
イル姉は今、大人しく妖艶な雰囲気を醸し出している。
──ものすごく、こう、グッとくる。
そんなこんなで、着替え終わった俺たちは旅館の仲居に酒とつまみをお願いし、持ってきてもらった。
「エノモト産の酒か~。米が原料らしいけど」
「味が楽しみだね」
俺は持ってきてもらった酒を2つのコップに注ぎ、1つをイル姉へと渡した。
「それじゃ、ゆっくり飲もうか」
「うん!」
「「かんぱ~い!」」
こうして、2人の宴が始まった。
☆
生温かく湿った空気の流れが顔に当たり、俺の意識は目覚めた。
どうやら眠ってしまっていたようだ、眠る前の記憶が少しあやふやだ。
確か、2人で酒を飲みながら昔の話をして、その後はイル姉の買わされたガラクタを仕分けして──。
記憶を手繰り寄せながら目を開いた俺は、おもわず思考を止めてしまった
──目の前には顔を真っ赤に染めて眠っているイル姉がいた。
吐いた息からは強い酒の臭いを感じた。
浴衣は少しはだけており、あまり豊かでは無い胸がちらついている。
俺の右腕は強くイル姉に抱きしめられていた。
とりあえず右腕だけでも回収しようと動かしたが、中々離してくれない。
イル姉は何故か力が強い。
「──ぅう~ん、あぁ、レオン~」
俺が格闘していると、イル姉は目を覚ましてしまった。
起こすつもりはなかったが好都合。
「イル姉、申し訳ないんだけど、右腕を離してくれないかな?」
「え~ぇ、やー。ぜぇ~ったいに、離さなぁ~い」
マジか。
イル姉め、完全に酔っ払ってやがる。
正直、温泉に入った辺りから、俺は心の奥でずっと悶々とした気持ちを抑えている。
そりゃあそうだろう、俺は20歳の健全な男子。
本来、この年頃の人間の男なら、結婚して子どもがいてもおかしくはない。
俺に結婚願望がないからといって、性欲が無いわけではないのだ。
ただでさえ、いつもと違うイル姉の雰囲気は、俺の感性に効果抜群なのだ。
こんなことされたら、俺はいよいよ色々我慢できなくなってくる。
でもダメだ、俺とイル姉は姉貴分と弟分。
そんな気持ちを抱いては、この関係そのものが壊れてしまう。
「レぇ~オン~、ぎゅ~ってしてぇ~」
──ムリだ~っ!
こんな可愛い生物になってしまったイル姉の願いを、この世界の誰が断れるっていうんだ!
そんなやつがいるなら俺の前まで連れて来いバカヤロウ!
「ねぇ~、早くしてよぉ~」
まだ見ぬお父さん、お母さん、今、どちらでお過ごしでしょうか。
あなた方が捨ててしまった息子は、今日、おそらく大人の階段を昇ることでしょう。
どうか見守っていてください。
そんな馬鹿なことを考えながら、俺は身動きの取れる左腕をイル姉の身体へ回す。
すると、イル姉は少し満足そうにしていた。
そして、俺の目を見て言った。
お互いの鼻がくっつきそうな距離だ。
「えへへぇ~、レオンは温かいなぁ~」
俺の股間もだいぶ温まってきている。
イル姉が悪いのだ、俺はこんなに我慢したいのに。
「ねぇ~、レぇ~オン~」
「ん? どうした?」
声が上擦ってしまった。
なんとか平静を取り繕いたい俺には、かなりの致命傷だ。
「私とぉ~、シたい~?」
──え、本当にいいんですか?
ヤっちゃいますよ?
あなたに俺の初めてをあげちゃいますよ?
イル姉も酒と雰囲気で性欲が昂っているのだろうか。
それは有り得る。
イル姉だって普通の女性だ。
ファンクラブはあるものの、普段俺と住んでいることで言い寄ってくる男もいないのだろう。
だが、性欲は徐々に溜まっていったのだろう。
かなりベロベロに酔っ払っていて、理性で制御できていないだけなのだ。
なら、我慢させてしまっている俺が、責任を持って欲望をすべて受け止めることで問題解決じゃないか。
そうだ、そうしよう。
「シたいならぁ~いいよぉ~。でもねぇ~、約束して欲しいんだぁ~」
「な、何を?」
責任をとって結婚とかだろうか。
結婚願望があまりない俺には、あまり実感が湧かない。
正直今だって、性欲という強力な攻撃に、酔いという援護射撃が入っている状態だ。
そんな俺に、これから先のことを考える思考力など持っているわけがない。
「もぉ~二度とぉ~、無言でぇ~いなくぅ~ならないでねぇ~」
──俺は最低だ。
よほど俺が孤児院から無言でいなくなったことを気にしていたのだろう。
孤児院の人から聞いていたとはいえ、そりゃ10歳で戦場へ向かったのだ。
俺のことを相当心配してくれていたのだろう。
また同じことがないように、俺を自分とつなぎ止めておきたかったのだろう。
1度は最低なことを考えてしまったが、もう迷わない。
こんなに俺のことを思ってくれる人を、俺も大切にしたい。
「わかった、もう勝手にいなくならない。でも、俺はイル姉とはヤらないよ」
「えぇ~、どぉ~してぇ~? 私のぉ~魅力がぁ~足りないぃ~?」
ダメだ、理性を保て。
どんなに可愛く聞いてきたところで、負けてはダメだ。
「イル姉が大切だから」
そういうと、イル姉は目を丸く開いた。
そして、顔を赤く染めたまま満面の笑顔になった。
ただでさえ近い顔を、さらに近づけてきた。
イル姉の鼻息が俺の唇に当たる。
「そっかぁ~、仕方ないねぇ~。でもぉ~、それはそれでぇ~嬉しいなぁ~。そしたらぁ──」
次の瞬間、唇に柔らく、湿った感触が伝わった。
イル姉の唇が俺のものと重なっているらしい。
こんな感触を唇で感じたのは初めてだ。
頭の中が真っ白になっていく。
ダメだ、もうなにも考えられない。
時間的にはほんの数秒、感覚的には永遠とも感じられた接吻は、イル姉が唇を離すことによって幕を閉じた。
そして、あの感触が名残惜しい俺の口へ、イル姉が右手の人差し指を当てた。
「今日はぁ~、これまでにぃ~、しておくねぇ~」
「──へっ?」
俺が発したマヌケな声には気にも留めず、イル姉はそのまま目を閉じ、寝息を立てて眠ってしまった。
俺の中には悶々とした気持ちだけが残っていた。
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