13日目 一緒に温泉?!
案内された部屋で俺は荷物を置いた。
両腕いっぱいにガラクタを抱えたイル姉はどこに置こうか悩んだ挙げ句、俺が置いた旅行かばんのすぐ隣にとりあえず置いている。
「それ、後で整理してガラクタは捨てるからね」
冷たい俺の言葉に彼女は悲しい表情で力無く頷いた。
そんな彼女を横目に、部屋を見渡す。
2人で使うには少し広く、部屋の真ん中には脚の短いテーブルと、それを挟むように置かれている2つの座椅子がある。
床も特殊で、先ほどの仲居の説明では、この緑色の藁で編まれた物は畳というらしい。
初めてだが、不思議と心が落ち着く。
隣には浴室があり、露天風呂という外で景色を眺めながら入ることのできる温泉らしい。
「失礼致します」
部屋の入口の方から声が聞こえ襖が開く。
そこには着物と呼ばれるエノモト伝統の衣服を身につけた仲居が座っていた。
「お食事をお持ちいたしました。そちらへお座りになり少々お待ちください」
俺たちは促されるまま、座椅子へと座った。
すると、仲居が見たことのないような食事をテーブルの上へと運び始める。
やがて全ての食事が並べられると、2人の目の前に1つずつある小さな鍋の下に火を点した。
「本日のお食事は、堀で取れた新鮮なお魚をふんだんに使わせていただきました。こちらは前菜として──」
その後、仲居は料理について説明していたが、もはや俺にとっては呪文にしか聞こえなかった。
聞いたことのない名前のものばかりだ。
普段はこんな豪勢なものを食べていないので、少し緊張する。
「──そして最後に、こちらのお鍋は火が消えてからお召し上がりください。それではごゆっくりお過ごしください」
そう言って、仲居は丁寧にお辞儀をしたあと、静かに退出していった。
「……なんだかよくわからないけど、とりあえず食べようか」
「……う、うん」
「「いただきます」」
最初に何を食べようか少し悩み、目の前にあるお造り?と仲居が呼んでいたものを選んだ。
どうやら、生魚を小さく捌いたものらしく、この醤油と呼ばれる黒い液体につけて食べろと言っていた。
箸と呼ばれる長い2本の棒切れとフォークが並べられてあったが、俺は迷わず後者を選択する。
仲居が言っていた通りに生魚を醤油につけて食べてみた。
初めて食べる味だ。確かにうまい。
他の色の生魚も食べてみたが、全て違う味がしておいしかった。
「……おいしい?」
俺の様子を見ていたイル姉は恐る恐る俺に聞いてきた。
彼女は天ぷらと呼ばれていたものを一口食べていた。
「ああ、うん、おいしいよ。そっちは?」
「……うん、これもおいしい」
そのまま会話が続くことなく2人は静かに料理を食べた。
俺は思った以上に美味しさを感じていなかったが、食べてる最中にそれを気づくことはなかった。
■■■■■
食事が終わるころ、仲居が部屋に入ってきて食器を撤収させていった。
おそらく、今まで食べてきた中で一番豪華な食事だと思うのだが、既にあまり記憶には残っていない。
エノモト伝統の料理は俺の口に合わなかったのだろうか。
食事を撤収させた後、仲居は畳の上に布団を2枚敷いた。
後は温泉に入ればいつでも眠れる。
大浴場もあったが、それは明日へとっておき今日は部屋の温泉に入ることにした。
イル姉が先を譲ってくれたので、脱衣所で服を脱ぎ、俺は風呂場へ行った。
風呂場は身を清める場所と露天風呂で別れており、間には大きなガラスが張られてある。
こんなに大きなガラスを見るのは初めてだ。
そして、身を清める際にはシャワーと呼ばれる魔道具を用いる。
これに魔力を流し込むだけで、貯められていた水が管を通り適温で出てくるらしい。
俺はまず身を清めるためにシャワーのある方へ向かった。
それにしても、村から温泉都市まで体感的には結構近かった。
何度か魔物が出て馬車が止まったりもしたが、道の状態がよかったおかげだろう。
あとは、馬車の中でイル姉とたくさん話していたからか。
イル姉は村で大人気だ。見た目もスタイルもいいし、性格も素直だ。
よく変な失敗をしてしまうこともあり、俺の頭を抱えさせるが、イル姉が来たことで俺や村全体が賑やかになった気がする。
そりゃあ人気になるわけだ。
最近は独身の若い男どもが中心になってアイルファンクラブなるものまでできた。
会長は治療院の院長の息子だが、非常に面倒な男である。
ここへ来る前日なんて、俺がイル姉と一緒に旅行にいくって話がどこかから耳に入ったらしく、抗議をしに朝から俺の家の前まで大人数で押しかけてきたくらいだ。
おそらく院長がポロッと言ってしまったのだろう。
厄介だったのは、その中には自警団の若者達も多く含まれていて、誰も取り締まれなかったことだ。
結局、午後になってその状況に気がついた
──おやじには本当に助かった。帰る前にお土産を用意しなければ。
そんなことを考えながら頭を洗い終えお湯で流していると、背後で扉の開く音が聞こえた。
「……レオン、一緒に入ってもいい?」
──なぜこの人はいつも行動が唐突なのだろうか。
そう思っている間にも、既に彼女は風呂場に入ってきていた。
俺はまだ何も言ってないのだが。
鏡に映る彼女は大きな布を巻いているとはいえ、身体の線がくっきり見えていた。
裸よりも寧ろ妖艶で、金色の長い髪は後ろで留められていることも俺の心を揺さぶる材料になっている。
「……その、背中を、流してあげようと思って」
そういって、彼女は俺の背中に触れてきた。
左胸から感じる俺の鼓動が早く、そして激しくなるのを感じる。
背中越しにイル姉を見ると、すぐそこにイル姉の身体があり、心臓がはちきれそうになった。
「……ど、どうしたんだよ急に。何かあったの?」
なるべく冷静に俺は聞いた。
今の状態で既にやばいのだ。
背中なんて流された日には、俺は冷静さを保てるとは到底思えない。
姉貴分とこういうシチュエーションになって興奮していると知られるわけにはいかない。
「いいでしょ、なんでも! いいから身体を洗う布を貸して!」
彼女は俺から体を拭くための布を力任せに奪った。
──もうどうにでもなれ。
布を石鹸で泡立てた後、イル姉は俺の背中を流し始めた。
なぜか無言だ。
そうされると逆に色んな妄想が広がってしまう。
俺は興奮する気持ちを抑えようと、他のことへ思考を巡らせることにした。
──どうして、人間の手には指が5本ついているのだろう。
5という数字に意味があるのだろうか。他の数字ではダメだったのだろうか。確かに物を数えるという点ではとてもキリが良いとは思うが、その為に指が今の本数になったとは到底思えない。何かの作業をするのに効率がよかったのか? いや、でも指が増えれば用途も増えるから効率はいいだろうし。それに、手だけではなく足も指が5本だ。考えてみると手足は形や能力が別々だが、根本的な要素は同じに見えてくる。指の本数も同じ、爪も生えてる、指だけでなく平の部分もある。ということは、元々おなじたった物が進化の過程で形を変えたのだろうか? そう考えると辻褄があう。大体──
「今日は、その……ごめんなさい」
俺の思考が人間は元々豚だったのではないかという推論に達したところで、現実へ引き戻された。
「その、今日は私の考え無しな行動で、不快な気持ちにさせちゃったでしょ? せっかくレオンがここまで用意してくれたのに……」
背中を洗う手を止め、イル姉は続ける。
「しかも、ここに来てから色々初めてで、私緊張しちゃって。楽しむ余裕があまりなくて。料理もあまり味が感じられなくて。でも、レオンはそれに気がついてるみたいで。せっかくゆっくりしようってっ、用意っ、してくれ゛っ、たのに゛っ。ごべん゛っ、だざい゛っ」
鏡ごしに見えていたイル姉の頭が、俺の背中に隠れてしまった。
髪の感触が背中に伝わる。
俯いて泣いてしまったのだろう。
なるほど、これが原因か。
料理を食べていたとき、なぜあまり味を感じなかったかわからなかったわからなかった。
俺は自分が緊張しているからだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「イル姉、俺の方こそごめん。別に大して怒ってるわけじゃないんだ。あの時は少し言いすぎたと思ってる」
「……本゛当゛?」
俺の入浴中にわざわざ入ってきたのは、謝りたかったからだろう。
おそらく、先に俺に入るよう促したのも、最初から途中で入るつもりだったに違いない。
「本当だよ。それに、俺だってこの旅館に来てからものすごく緊張した。なにもかも初めてで。仲居さんが教えてくれた料理は呪文だったよ」
「ズズっ……私と同じ」
少し涙が治まったイル姉は、鼻水を啜った。
「でも、1番は俺が強く言いすぎて作ってしまった気まずい雰囲気のせいで、お互い食事どころじゃなかったんだと思う」
できるだけ優しい声色を努めた。
「本当にごめん」
気がつくと、後ろからかなり強い力で抱きしめられた。
少しだけ柔らかい感触が、俺の背中に押し付けられる。
「わ゛た゛し゛こ゛そ゛、こ゛め゛ん゛な゛さ゛ぁ~い゛!! わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!」
抱きしめられたまま、すごい勢いで泣きはじめた。
ただ、イル姉には申し訳ないが、背中のこの感触はとても良いものだ。
俺はイル姉が泣き止むまでの10分間、この感触を楽しんだ。
泣き止んだイル姉は、その後元気を取り戻し、俺に背中を流すようおねだりしてきたが、先ほどの背中の件で、このままでは温泉に浸かる前にのぼせると判断した俺は丁重にお断りをした。
その後、自分で身体を洗ったイル姉が、先に温泉に浸かっていた俺と入りたいといい、お互い布を巻いたままを条件に承諾した。
かくして、人生で初めての温泉は、イル姉と一緒だった。
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