12日目 お人よしと初めての旅館
堀の上に大きな跳ね橋がゆっくりと下ろされ、都市へ入る道を作った。
その上を馬車がゆっくりと進む。
大きな木造の門を過ぎ、俺たちは温泉都市ワンダーへと入った。
「うわぁ~、すごいね、こんな建物見たことないよ!」
イル姉はいつになくはしゃいでいる。
緑色の透き通った瞳を輝かせ、馬車の窓からあちこちを指差して俺に言ってきた。
「本当だね、ジャクソンの建物とは全然違うな」
「この都市の建築物は景観重視らしくてね、東の最果てにあるエノモトという国の伝統的な建築様式を使って建てられてるみたいなんだ」
俺とイル姉が感動を覚えていると、
別にあっても無くてもいい情報だ。
スルーしよう。
「へええ、ゴードンさんは物知りだね!」
「いいえ、お安いご用ですよお嬢さん。そして、僕はアーサーです」
イル姉は優しい、こんな
なぜだろうか、少しモヤッとする。
そんなこんなで、馬車は町の乗り合い所までたどり着いた。
「温泉都市ワンダー、ただいま到着です。お降りの際、忘れ物がないよう確認をお願いします!」
御者が馬をとめ、俺たちへアナウンスした。
──長旅ご苦労様でした。
そう心の中で労いの声をかけた。
俺たちは荷物の旅行かばんをもって馬車を降りた。
辺りは少し暗くなりかけている。
俺たちは
すると、同じように俺たちな前を歩く、おそらく観光客であろう男女へ向かって、身なりがみすぼらしい女の子が駆け寄って話しかけた。
「あの……記念に、その……どうですか……?」
そう言って、一輪の花をさしだした。
カップルは少し困った顔をすると、優しい声色で断りすぐに立ち去ってしまった。
「あれは何をしてるの?」
「ここは観光地としてもだけど、貧富の差が激しいことでも有名なんだ。だから、日銭を手に入れるためにああやって観光客に目をつけて、ってイル姉っ!」
イル姉の疑問への回答を言い終える前に、彼女は先ほど断られてしまい俯いて泣き出しそうな少女へ駆け寄っていった。
そして、優しい声色で話しかける。
「ねえお嬢ちゃん、私にさっきのを1つもらってもいい?」
すると、涙目だった少女は一気に晴れやかな笑顔へと変わっていった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
花と引き換えに銅貨2枚を手に入れた少女は、お礼を言った後、路地裏の方へと消えていった。
──やっちまった。
そう思い俺は顔に右手をあて、思わずため息をついてしまった。
イル姉はそんな俺の様子を不思議そうに見た後、歩き始めようとして前を見ると同時に驚いてしまった。
先ほどの一部始終を見ていた他の子どもたちが、様々な物を持ってやってきたのだ。
しばらく俺たちを揉みくちゃにした後、彼らは満足そうに帰っていった。
結局、イル姉は彼らが持ってきたもの全てを購入したのだ。
道の真ん中には両腕にたくさんのものを受けとったイル姉と旅行かばんを持った俺の2人だけが残されていた。
辺りはすっかり暗くなっており、夕食を終え帰宅する人たちが物珍しそうに俺たちを見ている。
「──前からイル姉はお人よしだと知っていたけど、少し限度ってものがあると思うのは俺だけかな?」
「でも、断るのはかわいそうだったんだもん……」
「それにしても限度があるでしょ!」
俺はイル姉が抱えてるものを指差して続けた。
「このアクセサリーもどきのガラクタはどうするつもり?! 食べ物なら帰る前に食べて減らせるけど、これは減らせないよ! こんなボロボロだと使い道もないし!」
おそらく、旅人が落としたものを拾ったのだろう。
保存状態が悪かったのか、今にも崩れて壊れそうなものばかりだ。
「ああいうのに安易に応じてしまうと、キリがなくなっちゃうんだよ。あの子たちには悪いけど、これからはやめてよね。もしも、やりたいのなら、せめて要らないものは断れるようになってね!」
「レオン~、そんなに怒らないでよ~。どうしよう、この町で自由に使おうと思ってたお小遣いがほとんど無くなっちゃった~」
「知らないよ、自分が悪いんだから。それよりも早く宿まで行くよ。もう遅くなったから早く温泉に入って休みたいんだ」
冷たく返した俺は、あしどりが重くなったイル姉に構わず、速足で宿へと向かった。
イル姉が後ろから慌ててついて来ていることなど、気にも留めずに。
少しは反省したらいいと思う。
少し歩くと、目的の宿に到着した。
これもアーサーが言っていたエノモトの様式に則っているのだろうか。
入口は普段使っているような扉ではなかった。
ドアノブがないのだ。
どう開けたら良いのかわからず2人で困っていると、扉のような物が横にスライドした。
初めて見る物に目を丸くしていると、中で不思議な服を着た女性が脚を折り畳んで座っている。
「長旅お疲れ様でした。ささ、中へとお入りください」
促されるまま、俺とイル姉は恐る恐る建物の中へと入っていった。
「ようこそおいでくださいました、予約されてたレオン様とアイル様ですね」
「あ、はい、そうです」
「お待ちしておりました」
そう、俺は村を出発する2日前に手紙を送り、予約をしていた。
ここに来ると治療院の院長にいったところ、この旅館をオススメされたのだ。
「それでは、まずここで履き物をお脱ぎください。お脱ぎになった履き物は、こちらの方でお預かりいたします。外出する際は受付へ言って頂ければ、その都度ご用意致します」
言われるがまま、俺たちは靴を脱いだ。
すると、仲居と呼ばれる職員が靴を回収し、奥の方へと持って行った。
「遅くなりました、私が当旅館の女将のクラーヴェルと申します。滞在中、何かあれば私か担当の仲居にお声をおかけください。それではこちらへどうぞ」
初めてのことで圧倒されていた俺たちは、流されるまま受付を終わらせ部屋へと通された。
途中で女将から俺たちの担当として紹介された仲居が、部屋の使い方や温泉のことを説明してくれたが、あまり理解できていない。
とりあえず、決まった時間になったら食事を持ってきてくれるのと、大浴場と部屋に温泉があるということを言っていたんだと思う。
「それではゆっくりとお寛ぎください」
そういうと、女将は座ったまま一礼し、襖と呼ばれる特殊な紙を張られた扉を閉めた。
途端に部屋が静まり返った。
「──なんか、圧倒されちゃったね」
そうつぶやいたイル姉の顔は、少し疲れていた。
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