第2章 温泉都市編

11日目 いざ温泉都市へ

 「それでは、温泉都市ワンダー行きの馬車が出発致します。道の状態により、多少揺れることがありますので、注意して御乗車ください」


 これから俺は、この馬車に乗りイル姉と共に温泉都市ワンダーへと向かう。

 これは都市間を繋ぐ定期便の馬車で、村と取引している他の町や都市へ物資を運ぶついでに、人も載せて運ぶというものだ。

 この馬車以外に2つの馬車が追随しており、主にこの村の農作物が積み込まれている。


 最近いろんなことがあったため、俺たちは疲れを取るために温泉都市へ向かっている。

 しかし、イル姉の目の下には大きな隈ができていた。

 どうやら彼女は温泉が初めてということもあり、楽しみで昨日からあまり眠れていないそうだ。

 実に子どもっぽい。


「はぁ、楽しみだなぁ~」

「そうだね、でも到着は明日の夜だよ。イル姉は昨日はあまり寝れてないんだから、今のうちに寝た方がいいよ」


 俺がそういうと、彼女はわかったと一言いい目を閉じた。寝息をたて始めたのはすぐ後だ。

 力が抜けて支えられなくなった彼女の頭が、俺の右肩へと乗った。

 石鹸のいい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


 なんだか最近、イル姉との精神的距離が近い気がする。

 そりゃあ確かに、同居しているという点では近くなって当たり前なのだが、姉貴と弟分という距離感から少し近くなってきている気がする。

 特にイル姉の方からグイグイ来る。


 さすがに俺だって1人の男、これだけ近くなって来ると嫌でも意識してしまう。

 イル姉は明らかに誰がどう見ても美女だ、意識しない方がおかしい。


「いやぁ~、本当に君たちは仲がいいんだねぇ~」


 そんなことを考えていると、あまり聞きたくない声が目の前から聞こえた。

 そう、この馬車に乗っているのは俺たちだけではない。

 相変わらず全身白で身を包んだこの男、ゴードンが今回この馬車の護衛として乗り込んでいるのだ。

 彼は俺と向かい合って座っている。


「どうして数いる冒険者の中で、この馬車の護衛がゴードンなんだよ」

「何度も言うが、僕の名前はアーサーだよ。それに仕方ないじゃないか、そう決まったのだから~」


 脚を組んだ状態で薔薇の匂いを嗅ぎながら、アーサーゴードンは俺に言った。

 こいつの周りには薔薇がたくさんあるように見えている。

 非常に鬱陶しい。


 これがこいつの能力スキル"薔薇霊気"だ。発動中は、身体の周囲に薔薇の花が纏うように他人から見えるという、非常に意味のない能力スキルだ。

 こいつはこの能力スキルを1日中発動させている。

 ある意味恐ろしい素質だ。


 能力スキルは発動させるのに慣れと精神力が必要だ。

 人によっては一度も発動させることができずに人生を終わらせてしまうことさえある。

 それを1日中、しかも毎日続けている。

 これはもはや天才の部類だろう。


 何故神様はそんな天才にこんな役にたたない能力スキルを与えたのか、非常に理解に苦しむ。

 こいつの能力スキルはこれしかないのだ。


 だが、それでもB級冒険者の一人だ。

 ジャクソンでは一番階級の高い冒険者で、確かに腕も立つ。

 能力スキルを使わずにこれだけの実力があるものは、そういないだろう。


 だから俺は、冒険者としてのこいつのことを認めている。

 情報集めなどを依頼するときには真っ先に頼むようにしている。


「それでねレオン君、君に頼まれていた情報だが、少し集めることができたよ」


 実は、少し前に新しい情報が欲しくなり、彼に依頼をしていた。

 急に真面目モードへ変わったアーサーゴードンは、薔薇を胸ポケットへと刺し、少し小声で話しはじめた。


「なんでも、この間この村で騒ぎを起こした勇者様、実は別の世界から勇者召喚で呼び出されたみたいなんだ。太古の昔に行われた勇者召喚を参考にしたらしく、国中から力のある召喚術士が21人も集められて、1ヶ月に及ぶ召喚の儀式を行っていたみたいだよ」


 召喚術士とは、召喚魔法を主に使う魔法使いのことだ。

 魔法陣を用いて術者の目の前に特定の生物を呼び出すことができる。

 より強力な生物を召喚するには、強さに応じて別の召喚術士が補助を行うこともある。

 おそらく、1人の召喚術士に対し、他の術士が交代で補助を行っていたのだろう。

 

 しかし、やはりそうか。

 あの時の『』という言葉は、文字通りの意味だったのだろう。

 そうでないと、あんな中年の男が今まで無名で、急に勇者(笑)として祭り上げられるはずがない。


「予想通りだったか。でも、何故それを世間に公表しないんだ?」

「これはまだ裏付けのない噂でしかない話だけど、どうやらその召喚術士たちが、儀式の時に全員が亡くなってしまったらしいんだ」


 そんなことは普通あるか?

 何かの事故だろうか。


「なにがあったんだ?」

「詳しいことは5年たった今も、まだわかっていないみたい。ただ、儀式を行ってたのと同じ時期に魔王軍の特殊部隊が王国の機密情報を盗み出すために王城へと潜入していたらしいよ。時期が被るから何らかの関係があるんじゃないか、ってのがもっぱらの噂だよ」


 ──あれ、特殊部隊?

 確かに昔、俺が率いていた特殊部隊が王城に乗り込んだような──


 ああ、思い出した!

 潜入しようと、よく城を出入りしていた魔術師風の奴を拉致して、変装したんだっけ?

 誰かに変装する際は、本人を消すのが鉄則だった。

 部隊全員が変装したから、20人……あれ、てことは、1ヶ月の儀式中に、俺たち特殊部隊によって補助要因の術士全員が殺されたってわけ? 


「勇者召喚って、別の世界からランダムで選出された奴が召喚されるのか?」

「いや、それは違うらしい。召喚術士の魔力を受けとった女神様が、その魔力に対応する力を持つ人物を探してくるんだって」  


 じゃあ、もし勇者の召喚中に、補助していた術士が全員いなくなったら? 

 術が途中で魔力不足になり、その結果、残念な別の人間が選ばれるということはないだろうか。

 もしそうなると、俺たちは戦犯なのだろうか。

 あれはお世辞にも勇者とは呼べない代物だぞ。


「なるほど、このことが露見されば、今の勇者がそもそも人柱の上に立っている存在であるとよくないイメージを植付ける可能性があるのか。それに儀式中に術者たちが亡くなったということは、召喚された勇者が偽物かもしなれないという考えが世間から出ちゃうだろうな」


 俺は動揺を悟られないよう、努めて冷静に話した。

 冷や汗が止まらない。


 ごめんなさい世界中の皆さん、そして元魔王軍関係者の皆さん。

 あの変な男をこの世界に呼んでしまったのはどうやら俺たちの責任のようです。


 ものすごく申し訳ない気持ちが俺を襲っていた。


「どうしたんだい、浮かない顔をして。具合でも悪いのかい?」

「いや、大丈夫。ありがとう。普段は鬱陶しいが、やはりお前は依頼に関してだけは信頼が置けるよ」


 俺がそう言うと、アーサーゴードンはやれやれという表情で両手を広げ首を振った後、脚を組み直し薔薇を俺の方へ指しだし言った。


「何かあれば、またこの僕に言ってくれ」


 こういうところなんだよな~。

 ここぞとばかりにキラキラ揺らめく周りの薔薇たちも、心底鬱陶しい。



 こうして俺たちは、道中何度か魔物に襲われつつも、アーサーゴードンたち護衛の冒険者がうまく撃退してくれたおかげで、次の日の夜には無事に温泉都市ワンダーへ到着することができた。

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