休日 夜更けの復活

 とある男がこの町へ近づいてきたとの知らせを受け、わらわは副官を自身の部屋へと呼んだ。

 そして、妾は副官と戦いの策を練ってから、妾は早急に全部隊へ命令を下した。


 西門から町を出てしばらくしたところで、妾は自身が持つ全部隊を結集させていた。

 外は雨が降っていて、妾の部下たちは濡れながら、戦いの準備を進めていた。

 全部で1万を超える兵だ。

 そこら辺の雑兵1人であれば、ものの1秒と経たず即死だろう。


 それだけの準備をし、臨戦状態で待ちつづけていると、遠くから5人の女と共に歩く1人の男が見えてきた。

 遠くから男は妾たちを確認すると、地面を蹴飛ばし一瞬でこの地まで移動した。

 そして、妾の部下たちを蹂躙し始めたのだ。

 そこにいるのは雑兵なんてものではない。

 右手に聖剣を握る男は、余りにも強すぎた。


 男は近年、急に頭角を現した剣士で、魔王軍の幹部も既に何人も殺されている。

 そんな力を持つ敵を目前に、妾の部下の大勢が次々に斬り伏せられていた。

 ただでさえ強いのだが、戦い方もえぐかった。

 妾よりも強い何らかの能力による覇気で倒れた者たちを、追い撃ちをかけるように次々と斬っていったのだ。

 一部の精神力の強い者たちも、意識を保つことで精一杯ですぐに斬り殺されてしまっていた。

 もはやこのままでは、部下たちは全滅してしまう。

 ほんの5分程度だが、見たところおそらく既に8割の者たちが殺されているだろう。

 妾は苦渋の決断した。


「そなたたちの敵う相手ではないぞ! これ以上戦ってはならぬ! 一度撤退じゃ!」


 全員は逃げられないだろう。

 だが、妾が足止めをすれば、何人かは生き延びれるかもしれない。

 無謀にも次々に飛び掛かる部下たちに向けて、妾は声を荒げ命令した。


 しかし、誰一人撤退をしようとする者は現れなかった。


「何をしておるのじゃ! 皆、早く撤退せよ。これは命令じゃ!」


 だが、やはり誰も撤退する素振りを示さなかった。


「メイエス様、我々はあなた様をお守りする、忠実な僕。ですが、その命令だけは承服できません!」


 妾の側付き騎士のアルバトロが、妾に背を向け大声で答えた。


 彼は軍へ入った時から、妾の部下として世話をしてきた小鬼ゴブリン族の男だ。

 入った当時はまだ背伸びをしたようなガキで、その時既に幹部となっていた妾をいつか超えて見せると豪語していた。

 事あるごとに、彼は周囲の他の種族たちからよく嘲笑されていた。

 だが、彼は休日でも剣を振り、厳しい訓練で精神を鍛え、誰よりも鍛練していた。

 その甲斐あってか、種族的には弱いはずの小鬼ゴブリンが、僅か5年で妾の側付き騎士になるまでに成長した。

 過去に前例の無い、異例の出世である。


 魔王様の城で開かれた、彼が側付き騎士へ任命されるための式典、その日の夜に妾は、城の修練場へと呼び出された。

 そこで妾は彼に、真剣での決闘を申し込まれた。

 妾は彼の努力を見ていたため、手加減は無粋だと判断し本気で闘った。

 結果は妾の圧倒的な勝ち……だったのだが、不覚をとり左頬にかすり傷を受けてしまった。

 負けて妾に剣を向けられ、彼は涙を流し笑っていた。

 目標までは届かなかったが、きっと気持ちに折り合いをつけたのだと妾は判断した。


 それ以来約50年もの間、彼は妾の側付き騎士をやっている。

 1度も命令に刃向かったことはないどころか、期待されていたことの倍の成果を出す始末だ。

 本当に有能な男だ。

 今では妾の副官として、妾の補佐をしてくれている。


 そんな彼が、妾の命令を真っ向から背いたのは初めてのことだった。


「あなた様はお逃げください。ここは我々が時間を稼ぎます」


 そんなことを言い、彼は他の3人の側付き騎士へ指示を出した。

 そんな今も、妾の部下たちは人間の剣士に斬られ、床へと転がされていた。

 もはや妾の部下は4人だけとなっていた。

 そして彼らも、妾のために死のうとしている。


「さあ、お早く!」


 あの時つけられた、左頬の傷が疼く。


「おい、やめるのじゃ! 行くでない!」


 妾の制止に耳を貸さず、彼らは敵を包囲した。

 そして、合図とともに一斉に斬り掛かった。


 ──だが、彼らは一瞬のうちに敵の回転斬りの餌食となっていた。


 目の前で部下たちを全員殺され呆然としている妾の前に、血の付いた聖剣をどこからか出した布で拭きはじめた敵が立っていた。

 その顔には下卑た笑みが浮かんでいる。


「どうやらあなたが最後のようですねえ」


 今まで1度も話さなかった敵の口が開かれた。

 その言葉には、まるで今まで何もなかったかの様な余裕が感じられる。

 そして、妾の頭頂から尻尾の先までを舐め回すように見た。


「あなたはとても美しい方ですよ。もし、僕の6番目の妻になるのなら、このまま生かしておきますが?」

「ふざけるでない! 妾の部下たちを屠った貴様に屈服するなど、死んでも御免じゃ!」


 ふざけたやつだ、絶対に許せない。

 妾の部下たちとの戦闘での疲労は一切ないように見えた。

 それがまた、妾の心を逆なでする。


「そうですか、それは残念ですなぁ。では死んでいただくしかないみたいですねぇ」


 戦わなくてもわかる。

 今の妾の力では勝つどころか、逃げることすらギリギリだ。


 だが、部下たちが命を賭して妾を守ったのだ。

 殺される訳には行かない。


 闇属性の魔法のひとつの"煙幕ブラインド"を能力"無詠唱"を発動させた状態で使った。

 すると、周囲に瞬時黒い霧が広がる。

 その直後、妾は翼を背中に出現させ、全力で後ろの空へと飛び上がった。

 これではそう簡単に追いつけることはできないだろう。


「おっと、逃げるのですか。それでは──」


 逃げる方向へ向き、全力で飛んでいた妾の背後から爆発音が聞こえた。

 それでも構わず進もうと振り返らずに飛ぶ妾の耳元に、声が届く。

 先ほどの爆発音は、敵が踏み込んで飛び上がった時の大地の割れる音だったようだ。


「残念ながら、これでゲームオーバーです」


 その声が聞こえた直後、妾の世界は回転し始めた。


 ──これが、人類最強の勇者か。


 そう思い、妾は深い眠りに付いたのだった。



 ■■■■■



 ──ここは、どこなのじゃ?


 目を覚ました妾が一番最初に思った疑問だ。

 どうやら妾は復活したらしい。これで5度目だ。

 妾は能力スキル"死者復活"によって、生前溜め込んだ魔力を使い、死んでも長い時間をかけ肉体を再構成する。

 再構成させるのに必要なのはだいたい50年程だ。

 場所はランダムなので、毎度悩みの種である。

 辺りは暗く、月の形と位置からどうやら夜更けらしかった。

 とりあえず妾は周囲を確認するために立ち上がってみた。

 すると、妙に身体が軽く感じられた。

 不思議に思って身体を確認すると、妾は驚き思わず独り言が零れた。


「──どうして妾は幼児体型なのじゃ?」


 しばらく考えた。

 彼此90分程考えた後、ひとつの仮説をまとめた。


 本来、妾は死ぬ前に魔力をできる限り溜め込む。

 これは万が一、魔力が足りずに身体が再構成できなくなることを防ぐためである。

 しかし、前回は死ぬ直前、最大威力の"煙幕ブラインド"を用いた。

 これにより大量の魔力を消費してしまった妾は、完全に身体を再構成させるのに必要な分を失ってしまったのだろう。

 そのため残った魔力で再構成した結果、幼児として復活してしまったのだろう。


 これはまずいことになった。

 この身体で果たして、生き残れるのだろうか。

 まずは状況把握をしなければ。

 そう思い彼女は丘を見下ろした。


 丘を下った先には沢山の建物が建てられており、所々から白い湯気のようなものが立ち昇っている。

 かなり大きな都市で、とても見応えがあるがこの都市は卵を腐らせたような妙な匂いが鼻を刺激する。

 そして、丘とは反対の方向には大きな岩があった。

 普段から磨かれていたのか、表面は凹凸の無い綺麗なものだったが、縦に大きく割れてしまっていた。


「とりあえず必要なのは、衣服と当面の食事じゃな」


 口に出して考えをまとめた。


 必要なことが決まれば行動するまでが早い。

 また一人ぼっちからの始まりだ。

 幸い、左頬にはあの時の傷痕が残っている。

 これを触れる度に、彼らのことを思い出せる。


 妾は丘を下り夜更けの町へ一人消えていったのだった。

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