10日目 後日談

「あのときは大変だったなレオン、まだ作業場は直ってないんだろ?」

「ああ、だから今日もここで武器の手入れをしてるんだろ」

「そりゃこっちも助かるけどよ、本当にあの勇者マヌケやろうとんでもないな」


 俺は自警団の本部で軽く武器の手入れをしながら、ソーヤと話していた。


 結局、勇者バカがこの村へ視察をしに来た際に能力スキルが暴走し、"勇者覇気めいわくスキル"によって村人全員が意識を失ったということになった。

 そして、勇者あのバカ自身も自分の能力スキルに呑まれてしまい、暴れていたところを俺が何とか止めたということにしている。


 ──まあ実際、能力スキルによるものという点を除いたら完全に真実なのだが。


 俺の作業場は勇者アホが暴れた事による損害として、勇者オタンコナス本人が修理費を負担することになった。

 当たり前だ。

 むしろ、直るまで俺は無収入になる。

 時々いろんな場所で点検や手入れ等の仕事は入るがすずめの涙だ。

 しばらくは貯金とイル姉の給金で生きていくことになった。

 とはいえ、蓄えは十分にある。焦る必要はない。


 腹が立ったので、多めに修理費を請求し、作業場と家を広くリフォームすることにした。


「いいよ、もう終わったし。家も大きくなるしな。それより、彼女とはどうなんだよ」

「ああ、もう順調だよ全く。もうすぐこの村に引っ越して来るんだ。そうしたら一緒に暮らそうって話しててさぁ~。そうなる前に2人で住む場所を決めておこうと思ってて。だってほら、親が居るとベッキーが気を使うだろ?だから──」


 やばい、惚気が止まらなくなってしまった。

 こうなるとソーヤはもう止まらない。

 この前も2時間かけて彼女との出会いを延々と語られた。


 でも、そうか。

 このままだと意外と早く結婚しそうだ。

 やはりあのときの彼女の言葉に嘘はなかったようで安心した。


 どうやらベッキーはソーヤに自分の身の上を話したそうだ。

 今まではS級冒険者ってだけで敬遠されていた手前、中々話せなかったみたいだが、意を決して伝えたようだ。

 だが、ソーヤはそんなこと全く気にしなかった。

 逆にそんな彼女へ優しい声をかけたことで、余計にラブラブとなったようだ。

 たまに村でデートしている姿を見るが、最近2人の間にはハートが浮いて見えることがある。


 何となくだが、あれも何かしらの能力スキルではないかと、俺は睨んでいる。


「なぁ、聞いてるかレオン?」

「ああ、すまんすまん。考え事してた」

「なんだよ、折角話してたのに。それでな──」


 ──げっ、まだ続くのかよ。


 そう思った時、部屋の扉が勢いよく開いた。

 開いたのは自警団団長のおやじだ。


「おいソーヤ! あんちゃんの仕事の邪魔するんじゃねえ!」

「げっ、団長。なんでこんなところに?!」

「げっ、とはなんだ馬鹿野郎。お前にはまだまだ仕事が残ってるだろ! 早くこっちに来いっ!」


 そういっておやじはソーヤの首根っこを引っ張って部屋の外へ連れていった。 


 ──相変わらずここは賑やかだな。


 そう思い、俺はまた作業を続けた。


 ■■■■■



 自警団本部を出ると、空はオレンジ色をしていた。

 だいぶ陽が傾いている。

 外ではイル姉が待ってくれていた。


「今日もご苦労様、一緒に夕食の買い出しに行きましょ」

「ああ、今日はオム焼きそばにしようか」


 そう声をかけてくれたイル姉に、俺も答えた。

 言わずもがな、俺の得意料理だ。


「あの子たちの分も作ってあげて、今日も来るだろうし、レオンのオム焼きそばが大好きだから!」


 あの子たちとはもちろん、カンナ、レコン、ソウ、サイコの4人だ。

 リフォーム中で今は村の空き家を借りて住んでいるが、あの4人は今もほぼ毎日くる。

 まあ、作業場のように危険があるわけではないから、特に止めるつもりもない。


「いいけど、あいつらはまだ子どもだからね。あまり遅くまで残さないでやってよ」

「わかってるわよ~」


 すごく嬉しそうな笑顔を浮かべている。 

 今ではどちらが年上なのかわからなくなっている。

 完全に俺がイル姉の保護者気分だ。


 ──まあ、それも悪くないな。


「そういえば、最近疲れることが多かったし、今度温泉都市ワンダーにでも行かないか?」

「え、いいの~?! 温泉って話しか聞いたことなかったからすごく行きたいっ!!」


 すごく食いついてきた。

 鋭い耳がぴょこぴょこと揺れている。

 よほど嬉しかったのだろう。


 今回の提案は、確かに疲れをとるという意味もある。

 だが、元々は別の理由から考えたことだ。

 イル姉は俺よりも長く生きているのに、修道女だったって理由で娯楽等は特に経験が浅い。

 そんな彼女に俺は、少しでもいろんな経験を増やしてあげたいのだ。


「それじゃあ決まりね!3日後に出発で!」


 そう伝えると、イル姉は少し表情が曇った。


「え、でも私、治療院のお仕事が……」

「大丈夫、院長にこの話をしたら、その日から7日は休んでもいいって言われたから」


 そう、既に先ほど、自警団本部にたまたま来ていた治療院の院長とばったり会ってしまった。

 なのでこの話をしてみると、快く了承してくれたのである。


「普段ものすごく頑張ってくれてるから、たまにはゆっくり羽根を伸ばしてこいってさ」


 すると、イル姉の表情はみるみる笑顔へと変わっていった。


「ありがとうレオン! そしたら早速準備をしなきゃ!」


 そう言って、楽しみな気持ちが押さえられなくなったイル姉は、スキップをしようとした……が、一歩目で大きな石に躓き、盛大に倒れてしまった。


 夕暮れの空飛ぶカラスの鳴き声が、とても寂しく響き渡った。

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