9日目 秘密の能力

 入口の壊れた作業場の中で、俺は一息付くために湯のみに入れた茶を飲んだ。

 トムさんのところのマンドレイクを使ったもので、心を落ち着かせる効果があるのだそう。

 まず、俺は目の前に手足をロープで縛り拘束して椅子に座らせているベッキーに目をやった。


「そんな目で見られても、私にはもうソーヤっていう人がいるから無駄よ」

「お前にはどんな目に見えたんだよっ! 自意識過剰も程々にしろ!」


 護神祭で会ったときよりも明らかに雰囲気が違う。

 こちらが素の態度なのだろうか。

 この女は隣の町、ポールを拠点とするS級冒険者だそうだ。

 この国に5人しかいない内の1人。

 到底信じられないが、外に転がっている奴の能力スキル"勇者覇気"に耐えているということは、少なくともかなり実力はあるのだろう。


「それで、どうしてこの村に来たんだ?」


 そうだ、実力のある冒険者がこんな辺境の村へ来る必要がない。

 何か裏があるのだろう。

 すると、目線を外に移した。


「……外で倒れてる勇者に依頼されたのよ。新しく領地になるところで、金になりそうな情報や自分が気に入りそうな女を探して欲しいって。それで、たまたまポールの町へ来ていたソーヤに声をかけたの」

「なるほど、つまりソーヤを利用して依頼を達成しようとしたわけか」


 すると、ベッキーは目線をこちらへ移し、叫ぶように言った。


「きっかけはそうだったわ!! でも、今は違う! あの人のことを本当に愛しているの! この気持ちは本当よ!」


 鬼気迫る様な表情だ。

 これはこれ以上突っついても薮蛇だろう。


「わかった、一旦それは置いておこう。つまり、お前があの勇者バカにイル姉のことを伝えたから、こんな自体になったわけか」

「そうよ、それについては申し訳ないと思ってるわ。まさか、エルフにここまでご執心だなんて計算外よ。今回の騒動は私が発端、だから、事の顛末見る義務があると思って今日はこの村に来たの」


 なるほど、罪悪感でわざわざ隣町から見に来たわけか。しかし──


「俺の能力スキル"敵感知"に反応してた。あれは敵意を放っている者の位置を感知できる能力スキルなんだが、どういうことだ?」

「"勇者覇気あいつの匂い"は強力な能力スキルよ。意識を保つためには、なりふり構わず精神を高めておかないと。そのために私はあいつに敵意を向けていたのよ」


 勇者アホへ敵意を向けることで精神力を保持し続けてたわけか。確かに辻褄は合う。


「それで、そろそろ私にも教えて欲しいんだけど、このエルフは何なの?」


 ベッキーは俺の隣に座るイル姉へ視線を移した。


「それは俺も聞きたい。イル姉はあの勇者からどうやって意識を奪ったんだよ」


 すると、急に話を振られたイル姉は焦った表情になった。


「エー、イッタイナンノコトカワカラナイナー」

「イル姉っ!」


 俺はいつもよりも真剣な顔を作り、明らかに誤魔化そうとするイル姉を問いただした。

 すると、観念したのか、彼女は少しずつ話し始めた。


 どうやら、イル姉には2つの能力スキルがあるのだそうだ。


 1つは"意識操作"だ。

 自分へ意識を向けていない者の意識を自在に奪うことができるのだという。

 結婚しているという話をして、意識を自分から俺に移した理由はこれが原因らしい。


 もう1つは"記憶操作"だ。

 こちらは相手の記憶を奪い閲覧したり、別のものに書き換えたりすることができるようだ。


 2つともおおいにチート能力スキルである。


「このままじゃ私たちは伯爵でもある勇者やばいひとに危害を加えたってことで捕らえられちゃうわ。そこで、記憶を書き換えて、ここへはただ視察へ来たということにしようと思うの」


 確かにそれは良さそうだ。


「でも、それでは全員が気絶したのはどう説明するの?」 

「"勇者覇気やっかいなスキル"が暴走したことにするわ。実際、彼が暴走した結果なんだし、別に良いわよね」


 ベッキーの質問にイル姉は答えた。


「でも、イル姉はどうしてそんな能力スキルを隠してたんだ? 何か理由でもあるのかよ」


 俺は何気なく質問をした。

 すると、少し暗い顔をしてイル姉は俯いてしまった。


「ああ、いや、言いたくないのなら──」

「怖かったのよ」


 俺の言葉を遮り、彼女は話しはじめた。


「だって、記憶が弄れるのよ。不安にならない? レオンの思い出の中の私は偽りの偶像かも知れないわよ? そう思われると思うと──」


 そういうイル姉の眼には、涙が溢れていた。

 能力を明かすことによる疑心暗鬼か……。

 確かに思ってしまう可能性もないとは言いきれない。

 孤児院で唯一喜びを感じたイル姉との思い出そのものが偽りだと疑ってしまったら、もしくは俺の過去そのものがイル姉に作られたものだと疑いはじめてしまったら……そうならないように疑うのは仕方ないのかもしれない。

 俺はそっとイル姉の頭に手をのせた。


「大丈夫だよ、イル姉。そう悩んでいる時点でイル姉はそんなことしないって信じられるから」


 俺がそう言うと、イル姉は少し安堵した表情になった。



「──あの~、私を忘れないでもらえます? そういうことなら、とりあえず私の拘束を解いてほしいんだけど」

「ああ、そうだな。今縄を解くよ」


 そういって、俺は目の前にいた魔法使いの拘束を解いた。


「ふぅ、楽になった。その、私のせいで迷惑をかけたわね」

「気にするな、俺たちの方こそ事情も知らずに拘束してすまなかった」


 彼女なりの謝罪なのだろうか。

 悪いのは勇者あのバカなのであまり気にしていない。

 むしろここまで罪悪感を感じられる方が申し訳なく感じてしまう。


「私の能力のことは誰にも言わないでね。基本的にはあまり使わずに生きているつもりだから」


 イル姉は真剣な顔でお願いをする。

 それを見てベッキーは当たり前だというように頷いた。


「今日のことを聞かれたら、とりあえずあなた達の話に合わせておくわ。私はこの村のどこかで倒れているであろうソーヤが心配だからもう行くわね」


 そういって、ベッキーは自警団の本部がある村の中心へ向かって行ってしまった。


「それでさ、1つ気になることがあるんだけど」

「なあに、レオン?」

「俺に"記憶操作"を一度も使ったことはないのか?」


「──孤児院に持って行った料理を食べて失神したレオンに一度だけ」


 舌を口から出して、できるだけ可愛らしくしようとするイル姉を見て、俺は少し疑心暗鬼になりそうになった。

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