8日目 暴君
「私がぁ、ここの領主となったフジワラだ!」
小太りの貴族風な男が馬から降り、俺の方へと歩いてきた。
金で統一された装備はお世辞にも趣味が良いとは言えない。
そもそも、こいつは本当に勇者なのだろうか。
魔王軍の主力たちを、ほぼ一人で打ち倒したという実力がとてもあるようには見えない。
ただの中年オヤジだ。
「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが、本当に勇者様でしょうか?」
すると、自称勇者がニヤリと笑った。
薮蛇だったかも知れない。
「ほーん、君は私のことを疑うって言うんだな? 良いだろう、見せてやろうじゃないか」
そう言った瞬間、周りの空気がガラッと変わった。
自称勇者から、凄まじい勢いの気迫が辺りへ発せられたたのだ。
似たようなものを感じたことがある。
たしかあれは、魔王軍幹部の悪魔族、メイエスさんが使っていた"悪魔覇気"という
その
だが、これはあれの何百倍も強力だ。
近くにいた側付きの家臣たちは漏れなく倒れている。
俺も意識を保つのでやっとだ。
おそらく、この村にいる者は一瞬の内に意識を飛ばされただろう。
「へええ、すごいじゃない。僕の
感心されたが、結構ぎりぎりだ。
いつ倒れてもおかしくないだろう。
彼は本当に勇者だ。
しかし、何故こんなところにわざわざやってきたのだろう。
まさか、俺が元魔王軍だと気付いたのだろうか?
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。
「ねえ、レオン。すごい圧の気迫を感じるんだけどどうしたの……って、いっぱい人が倒れてる?!」
目の前のことに精一杯で、イル姉が作業場にいることを忘れていた。
それにしても、よくこの覇気の中で動けるな。
俺でも耐えるのが限界なのに。
すると、勇者は覇気を出すのを急に止めた。
突然のことに呆気に取られた俺を気にも留めず、早歩きでこちらの方へとやってくる。
入口の前にいた俺を押しのけ作業場へ入り、勇者はイル姉の手をとった。
「おお、本当にエルフがいたなんて。想像以上に美しい。まるで、そう、森の中を優雅に飛ぶ妖精のようだ」
なんか、独り言が始まった。痛々しい言葉を言ってる。
第一その例えは何も褒めてないだろ。
妖精といえば人間の意識を支配して身体を乗っ取り、住みかまで連れていった後に卵を産みつけ栄養分にしてしまう恐ろしい魔物だぞ。
「よし決めた、あなたを私の14人目の妻として迎えましょう! そうと決まれば、早速準備をしなければ」
「「──えっ?」」
俺もイル姉も突然の言葉に驚きすぎて、思わず声が漏れ出てしまった。
「何を言ってるのか、理解できないのですが……」
当然だ。
出会って数秒の人間にプロポーズをするなんて、正気の沙汰ではない。
というか、決定事項のように言っているから、どちらかと言えば命令に近い気がする。
「いやね、僕ぁずっとエルフに憧れてたんですよ。
すごい早口で理由を話してくれた。
この世界にきたときって、まるで別の世界からきた物言いだ。どういうことなのだろう。
イル姉の顔が、ものすごく困ったものになっていく。
「──あの、本気で言っているのでしょうか?」
「当たり前じゃないですか、僕の顔が冗談を言っているように見えますか? 見えないですよね?」
──いいえ、見えてます。
冗談のような顔で冗談みたいなことを言ってますよ。
小太りは仕方ないにしても、せめてヒゲくらい剃ってこいよ。
「──あの、大変言いにくいんですけど……」
「ほう、なんでしょうか?」
そりゃ断るだろう。
いくら勇者とはいえ、こんなわけのわからないやつと結婚したいってやつはいないだろうからな。
「私は既に、そこのレオンの妻なのですが……」
「「えええええええええええええええええええっ?!」」
何を言ってるんだ。
俺はいつイル姉と結婚したってんだよ。
すると、勇者はみるみる顔面蒼白になっていった。
そして、何かブツブツと言い始めた。
やばい予感がする。
「──貴様、よくも……」
おっと、怒ってるのかなこれは。
「よくも、僕のエルフちゃんをぉぉぉぉお!」
再び強力な勇者覇気を発散させた勇者は、一瞬消えたかと思う程の速さで俺と肉薄し、右手の拳を俺に突き出してきた。
咄嗟に俺は
だが、その衝撃で身体ごと俺は後ろへ15mほど吹っ飛ばされた。
拳を受け止めた俺の左腕は、骨が何本か折れた感覚がした。
衝撃で作業場の入口も壊れてしまった。
壊れた入口から勇者が出てきて言い放つ。
「すごいね君。"勇者覇気"に引き続き、まさか僕の拳を受け止めるなんて。実は普通の人間じゃ無かったりする?」
まずい、このままじゃ元魔王軍ってことがばれるか、今この場でこいつの手によって死んでしまう。
「まあ、まだ
──こいつ本当に勇者か?
完全に私利私欲のために暴れてるだろ。
誰だよ、こんなやつを勇者に任命したやつ。
グランデ帝国のことも考えると、ただの暴君だよ。
倒された魔王よりもあんたの方がよっぽど魔王をしてるよ。
勇者が構えてこちらに飛び掛かろうとした……が、彼は何もしてこなかった。
彼はいきなり意識を失い、崩れるように俯せに倒れたのだ。
もう何がなんだかわからない。
俺はただ呆然としていた。
すると、イル姉が作業場の壊れた入口から出てきた。
「
──おいおい、俺の知らないチート
まあ、今はいい。それよりも──
「おい、その木の裏に隠れてるやつ。早く出てこい」
そう言って俺は、すぐそこの太い木に向かって指をさした。
すると、両手を上にあげ、バツの悪そうな顔をした一人の女が出てきた。
「いや~、バレていたのね。降参するわ」
それは護神祭の時にいたソーヤの恋人のベッキーだった。
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