6日目 悪夢と添い寝
気がつくとそこは、辺り一面暗闇だった。俺は何も身につけていなかった。
ここがどこかはわからない。
何かがあるわけではない。なぜ自分がここにいるかすらわからない。
『……ロセ』
声が聞こえたわけではない。
意識の中に響き渡る様だった。
俺の身体が小刻みに震える。
まるで自分のものではないかの様に、身体が言うことを聞いてくれない。
『スベ……ロセ』
全身に激痛が走った。とても熱い。
すると身体が何倍も膨れ上がるように大きくなっていき、全身に黒い鱗が覆い始めた。
「や、やめろ……!」
そんな俺の叫びも虚しく、普段使っている歯が全て抜け、鋭い牙へと生え変わる。
いつの間にか、俺から逃げ惑う人たちが現れた。
その顔は皆、恐怖で支配されている。
たくさんの悲鳴と叫び声を聞いて、オれの気分は昂っていた。
髪は白く変色し、二本の大きな角が左右に生えた。
「オオオオオオオオオオオォ!!」
オレは雄叫びをあげた。
まるでそれが、自然なことである様に。
背中からは蝙蝠のような形をした大きな翼がはえ、手足の爪は生え変わり、鋭い爪になった。
『スベテコロセ』
──殺さなきゃ。
いつの間にか、オレ様は逃げ惑う人々を襲いはじめていた。
男女、老人や子ども見境は無い。
叫びながら逃げる男を背後から右手の爪で貫き、我が子を庇う女を子ども共々口から吐いた炎で焼き尽くした。
オレ様は今、爽快感を感じている。
すると、目の前に誰かがやってきた。
両腕を左右に大きく広げ、まるでこれ以上は暴れさせないと言っている様だった。
金色の長い髪だったが、顔はぼやけてよく見えない。
『スベテコロセ!』
本能がそう叫んだ。
オレ様は目の前に現れた金髪にものすごい速度で急接近し、喉元を食い破ろうとする。
そして、肉薄したとき、そいつの顔がよく見えた。
それは見慣れた女の顔だった。
「──レオン、目を……覚まして……」
悲し気な顔浮かべたそいつの首へとオレ様は噛み付き、喉を引きちぎった。
すると、辺りに大量の鮮血が飛び散っていった。
■■■■■
「──夫? レ…ン、レオン!」
俺を呼びかける声で目が覚めた。
目の前には心配そうな顔をしたイル姉が顔を覗き込んでいる。
部屋の外はまだ暗い、まだ夜中だろうか。
──どうしたんだっけ?
確か護神祭の後、屋台を片付けた俺たちは、家に帰ってきた。
そして、疲れていたからか水で身を清める前にそのまま寝てしまった。
「──おはよう、イル姉」
「おはようって、ものすごくうなされてたわよ。うめき声で私も起きちゃった」
確かに、酷い悪夢を見た気がする。
上体を起こすと、全身汗でぐっしょりと濡れていた。
イル姉が布を持ってきてくれていたので、それで身体を拭くことにした。
「──悪い夢を見てたみたいだ」
「どんな?」
「覚えてない。ただ、酷い内容だったっていう感覚だけはわかる」
時たま悪夢を見ることがある。
だが、まるで靄がかかっているかのようにいつも思い出すことができない。
「──大人になったと思っていたけど、まだまだレオンもお子ちゃまね」
──心外だ。別に見たくて見ているわけでも無いのに。いつかイル姉が悪夢でうなされていたら、同じことを言ってやる。
だが、そういわれても仕方が無いのかもしれない。
現に今、身体を拭いている手は少し震えている。
「仕方ないわね」
そういうと、彼女は俺のベッドの中に入ってきた。
何を考えているのだろう。
すると、彼女は優しい笑顔を浮かべた。
「怖くないように、今日は私が一緒に寝てあげる」
──おいおい、何を考えてるんだ。
俺はこれでも、もうれっきとした大人だ。
男女の大人が2人でベッドに入るなんて、正気の沙汰とは思えない。
「イル姉、仮にも俺たちは大人の異性同士。さすがにまずいんじゃない?」
決して変なことは考えていない、はずだ。というか、恥ずかしい。
「今日の屋台でソーヤ君だっけ? 彼に私のことを姉貴分だって言ってたじゃない。そんな姉貴に劣情なんて抱かないでしょう?」
──あの話、聞いてたのか!まあ、確かにその通りだけど、それでもそんなことしたら、俺だって1人の男、ちょっとはそういうことも考えてしまうじゃないか。
「それに、うなされると、隣のベッドで寝てる私も眠れなくなるのよ。だから──」
「え、ちょっ、何を──」
そこまでいうと、俺が何かをいう余裕すら与えずに、彼女は俺の頭を自分の胸の位置まで両手で引き寄せた。
そして、そのまま抱きかかえるように俺ごとベッドに寝っ転がった。
急なことで俺は理解が追いつかなかった。
驚いて引きはがそうとしたが、思いのほか強い力で抱きしめられてるらしい。
「──今日はこうして寝てあげる」
優しい声が俺の耳へと入ってきた。
すると、今度は彼女の胸から少し柔らかい感触とともに鼓動が聞こえる。
なぜだかそれを聞くと、とても安心を覚えた。
少し恥ずかしさはあるが、今はこの温もりと鼓動を感じていたくなった。
「──ありがとう、イル姉」
そう言い、俺はそのまま寝ることにした。
心底心地よかったのだ。
俺の意識がなくなるまで、彼女は優しく頭を撫でつづけてくれた。
おかげで悪夢を見る余地すら無いほどの深い眠りについた。
彼女は頭を抱きかかえ優しく撫でながら、ある一点を見つめていた。
床に落ちていた黒くて小さな鱗片を。
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