2日目 掠れる思い出

 窓から朝日が差し込み、彼の顔にあたる。とても清々しくいい天気だ。小鳥のさえずりも聞こえてくる。すべていつも通りだ。


 俺が寝ている場所以外は。


 俺は昨日、居間のソファで一夜を過ごした。

 イル姉が俺の部屋で寝ているからだ。

 いつもよりも硬かったからか、寝付きが悪く寝不足だ。

 そして、腰が痛い。

 痛い腰を押さえながら、俺は上体を起こした。

 すると、視界の先にはエプロンを付けて、金髪の女性が台所に向かっている。

 細長い耳が楽しそうに動いている。


「おはよう、イル姉」

「あっ、おはようネォ…、レオン! ゆっくり眠れた?」

「あ、あぁ、まぁ、それなりに。いつも通りに」


 イル姉はこちらへと振り返り、こちらを見た。

 気を使わせたくないので、とても寝不足とは言えない。

 痛みを我慢し平静を装って答えた。

 そんな俺の気持ちに気付くことなく、イル姉は笑顔になった。


「それならよかった。私もぐっすり眠れたよ~。ちょっと待っててね、今朝食ができるから」

「あぁ、ありがとう。昔からイル姉は料理が得意だったもんね。いつも持ってきてくれる料理はおいしかったから楽しみにしてる」

「え、えぇ、楽しみにしてて」


 少し複雑そうな顔になったイル姉は、慌てて料理を再会した。

 その様子を少し訝しんだが、あまり気にも留めず俺は考えに耽った。

 孤児院にいた頃、修道院からよく来てくれるイル姉は、その度においしい手作りの食べ物を持ってきてくれた。

 パンやおにぎりといったものから、クッキーやケーキのようなお菓子まで幅広かった。

 特に1番好きだったのは、チキンカツをパンに挟んだチキンカツサンドだった。

 子どもながらに、将来はこんな食事を作ってくれる人と結婚したいと思ったものだ。

 今は結婚願望などないが、それでもあんなにおいしかった食事をまた楽しめるとなると思わずよだれが出てくる。


「さあて、私が作った特製シチューよ! たくさん食べてね!」


 そう言って、イル姉は台所から料理を持ってきてくれた……が。


「──これって、本当にシチュー?」

「何よ失礼な、どこからどう見てもシチュー以外の何物でもないわ!」


 いや、これはもうシチュー以外の何か、いや、食べ物以外のなにかだよ!

 こんな深緑のシチューなんて見たことないよ!

 イモもニンジンも皮を剥かれてないし、なぜかみかんまで入ってる。

 魚もまるごとじゃないか。

 うわっ、今動いた!

 え、生きてんの?


 思わず思考を巡らしてしまい動かなくなった俺を見て、イル姉は表情を曇らせてしまった。


 まあ、でも待て。

 過去を思い出すんだ。

 イル姉が持ってきてくれた食べ物はどれもおいしかったではないか。

 何を疑う必要がある!

 そう、たまたま見た目があれなだけで、味は絶対においしい……はず?


「ごめんごめん、じゃあ、いただきます!」


 そう言ってスプーンでシチューをすくったあと、勢いよく自分の口の中へと突っ込んだ。


 俺の意識はここで飛んだ。



 ■■■■■



「ごめんなさい!」


 俺が眼を覚ますと、開口一番にイル姉は大きく頭を下げた。

 どうやら俺は、意識を失っていたらしい。

 でも、何でだ? 

 思い出せない。


 とりあえず俺は上体を起こした。

 どうやらソファで寝かされていたらしい。

 外はもう正午を過ぎている様だった。


「えっと、何があったんだっけ?」

「うーんっとね、その、言いにくいんだけど、私が料理したシチューを食べて、レオンが倒れ、た、の……」


 あ~、何だか思い出せてきた。

 あの瘴気すら放ちそうだったシチューらしきものを口に入れた途端に意識が飛んだんだっけ?

 口の中がピリピリするのはそれが原因か。

 既にテーブルの上は片付けられている。

 でも、何であんな料理を作ったんだろう? 


「……あれはイル姉が作ったんだよね?」

「ええ、私が作った料理よ」


 あれ、今あれはの部分に力を入れてなかったか?

 なんか、嫌な想像が俺の中でグルグル回ってる。

 過去の少なく良い思い出を汚したくはないんだけど。

 でも、これから一緒に住もうって言ってきてる手前、確認しなきゃ命がいくつあっても足りない気がする。


「──こんなことがあったから失礼を承知で聞くんだけど、もしかしてさ、昔修道院から持ってきてくれてた食べ物って、イル姉が作ったものじゃ無かったりする?」


 すると、イル姉は俯いてしまった。

 これは図星なのだろうか。


「──うん」


 マジか。

 グッバイ俺の楽しい思い出たち。


「──私、昔から料理が苦手で、前は修道院の他の子に作ってもらったり、露店で買って持っていったりしてたのよ……」


 いや、苦手ってレベルじゃないよ。

 何で野菜の皮をむかないんだよ。

 どうして白くなるはずのルーが緑色なるんだよ。

 そして、どうして生きたままの魚が入ってるんだよ。

 普通、火を通したら死ぬじゃん!

 そして、せめて捌けよ!


 ショックだ。

 俺の思い出の中の食べ物たちは、すべて他人が作ったものなのか。


 「俺の好きだったチキンカツサンドは、誰が作ってたの?」

 「あれは、前の日に近くのパン屋でもらった余り物だったわ。あそこの店主さん、よく作りすぎてたから」


 俺の小さい頃の淡い恋心は、パン屋の店主おっさんに向いていた物だったのかよ。

 せめて異性であって欲しかった。


 「──イル姉は今後、台所への立ち入りは禁止ね」

 「わかった」


 食事当番は今後、俺がすることが決定した。

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