第86話 気まずい食事
この状況、どうしよう。
俺は割と真剣に、そう悩む。
何せ今、俺はルキアと二人きりで食事という状況だ。
正直今まで、ルキアのことを女性としてあまり意識したことがない。
ルキアの口からよく「結婚」という言葉こそ出てくるけれど、俺としては本気にしていないのが事実だ。俺は庶民の生まれで中年のおっさん、ルキアは高貴な生まれで若く、当代侯爵だ。そこに、少なくない身分の違いはある。
だからまぁ、俺という大結界の専門家を囲いたいから、そういうリップサービスを行っているものだと考えている。まぁ、俺としてはルキアに解雇されてしまったら行く場所もないし、囲われておくのが互いにウィンウィンの関係だろう。
「……」
ただ、今日のルキア。
物凄く――綺麗に見える。
普段のかっちりとした服装と異なり、どこか柔らかさを感じさせる水色のドレス。さらに普段と違って、目元をしっかり化粧しているのも分かった。俺と一緒に食事をするために、わざわざおめかしをしているのである。
ここで俺は、「ルキアさん、今日綺麗ですね」とか言うべきなのだろうか。いや、そう言ってしまうとじゃあ普段はどうなんだ。普段は綺麗じゃないってことなのか。普段は綺麗というか可愛らしさの方が勝っている感じではあるけれど、どう言うのが正解なのだろう。
「うん。良い味だ。きみの口には合うかな、ソル君」
「えっ……あ、え、ええ、はい。美味しいです」
「ならば良かった。わたしとしても、連れてきた甲斐があったよ」
「ど、どうも……」
にこり、とルキアが笑みを浮かべる。
正直俺、やたら高そうな料理の数々だったり夜景の美しさだったり魅力的なルキアの風貌だったりで戸惑っていて、味が全然分からない。多分美味しいのだと思う。きっと。
酒も飲んでいないというのに、なんだか体が熱くなってくるようだ。
「……」
「……」
かちゃかちゃと、食器の音だけが響く。
そして、俺たちの間にほとんど会話はない。というか、何を喋っていいか分からない。女性と二人で食事をして、何を喋ればいいというんだ。
誰か助けてくれ――割と真剣に、そう思う。
もう前菜から始まってメインディッシュも終わって、俺が今食べているのはデザートだ。コースは恐らく、これで終わりだと思う。
このフルコースが始まってから終わるまでの間、俺とルキアの間に会話はほとんどなかった。
「……」
「……」
そもそも俺とルキアの共通の話題は、仕事くらいしかない。
現在の大結界マークⅡの状態だったり、ジュード先輩が手ずから作ったマニュアルの話だったり、錬金術師グラスに頼んでいる素材であったり、そういう話ならいくらでもある。
だが、少し前にルキア自身が言ったのだ。「折角のデートだというのに、仕事の話なんてつまらないことを喋ってしまったよ」と。
つまり、仕事の話イコールつまらないということだ。
そうなると俺には、提供できる話題が一つもない。
「ふぅ」
「お下げいたします。お飲み物は如何なさいますか?」
「わたしはもういい。ソル君はどうする?」
「へ? あ、え、あ、はい……あ、お、お任せします……」
「では、もう構わない。下がってくれ」
「承知いたしました」
給仕が空いた皿を下げ、そのまま部屋を出て行く。
それと共に、ルキアが大きく溜息を吐いた。
「さて、ソル君」
「は、はい」
「どうにも駄目だね。給仕が後ろにいると、出来ない話というのが多い。ここは信用のできる店ではあるけれど、給仕が全員信頼できる人物というわけでもないからね」
「はぁ……」
ふふっ、とルキアが笑みを浮かべる。
いや、俺そういう理由で黙っていたわけじゃないんだけど。割とマジで、何を喋っていいか分からなくて困っていただけである。
「少しきみに、聞いてみたいことがあるのだが」
「は、はぁ……何ですか?」
「きみは元々、封印都市の大結界を維持管理していただろう?」
「あ、はい」
ルキアの言葉に、俺は頷く。
それは元々、ルキアも知っていることだ。俺はかつて大結界の維持管理をしていたから、こうしてノーマン領でも新しい大結界を作ることができた。
まぁ、かなり自己流にやっている部分があるのは否めないけれど。封印都市の大結界だって、最後にカンナが解雇され俺一人になってからは、遠隔管理装置も魔術式もかなり俺流に変えていた。
「現在の封印都市の大結界は、どうなっていると思う?」
「どうなっている……?」
「わたしは、かの大結界が崩壊する音を聞いた。だが、実際の大結界の本体はどうなっているのだろうか」
「……恐らく、
「ならば、
「それは……恐らく無事だと思いますが」
大結界の投射している部位の破壊は、そのまま本体の破壊にも繋がる。
その形而下の破壊が、本体に影響を及ぼさないよう、あくまで投射している場所の魔術式を修正するのが俺たちの仕事だった。
「ふむ……ありがとう。実につまらない話ではあるが、先日ザッハーク侯が亡くなった」
「はぁ……」
「そして王家は、旧ザッハーク領を《魔境》と定めている。そして《魔境》は現在、誰が統治しているわけでもない場所だ。それも当然だろうな。領地として《魔境》を与えると言われても、ただの嫌がらせでしかないだろう?」
「まぁ、それはそうですが……」
「だが、わたしは王家に対して今回の責任を追及する。ザッハーク侯の暴挙には、王家が少なからず絡んでいるからね。その上でわたしは旧ザッハーク領ならびに《魔境》を、わたしの領地として貰い受けることで手打ちにするつもりだ」
「えっ……」
思わず、眉を寄せる。
《魔境》は誰の統治下にもない。それは当然の話だ。誰も入ることができない場所なんだから、統治もくそもない。
だが、そんな《魔境》を自分の領地にする――。
「その上で、きみに尋ねたい」
「は、はぁ……?」
「かつて封印都市にあった大結界を、再起動させることはできるか?」
「――っ!」
ルキアの浮かべる、不敵な笑みに。
俺は、思わず心が高揚するのが分かった。
大結界を作るという、一大プロジェクト。
それが、再び始まる――そんな匂いを感じて。
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