第72話 天才錬金術師への依頼
「いやはや、まさか業務提携を行ってすぐにこれほど無茶な依頼を出されるとは思わなかったよ、ソル・ラヴィアス。あの日の行動をぼくは全力で後悔しながらも、しかしこの無茶苦茶すぎる依頼に対して無駄にテンションが上がってしまうね」
「ありがとう、グラス。それで、出来るか?」
領都の端、エリザベート・グラスの家こと『天才グラスの錬金術工房』に俺は赴いていた。
当然ながらそれは、ルキアからの無茶振り――三日で小型結界による壁を築け、というミッションをこなすためである。
そのために俺はまずヨハン親方の『グリッドマン工房』へ赴いてから、仕事内容を説明した。勿論、王都から既に兵が出立していること、それに対する備えであることも包み隠さずに。
仕事とは、信用と信頼の積み重ねだ。仕事を依頼するのであれば、何のためにそれを使うのか、何故急ぎで必要なのか、そのあたりの説明責任を果たす必要がある。
結果的に、ヨハン親方は頷いてくれた。
「仕事はきっちりやるが、覚えてろよ」というちょっと怖い言葉と共に。
そして、ヨハン親方への依頼が終わると共に、俺はこうしてグラスのところにやってきたわけだが。
「さて。それでは、改めてぼくへの依頼内容を聞こうか。ああ、これは別段先程言われたことが未だに信じられない結果、もう一度きみの口から言わせることで実はぼくの聞き間違いではなかったのではないかという一縷の希望を抱いてのことであって、実際のところ依頼内容は把握しているつもりだよ」
「
「ああ、実に残念だ。ぼくの聞き間違いではなかったらしい。きみは実に無茶を言っていることを理解しているかい?」
「ああ」
大仰に驚くグラスに対して、俺はそう頷く。
ヨハン親方に対しては、小型結界の基盤となる
百の
まぁ
「まったく、本当に無茶を言う男だね、ソル・ラヴィアス。あれを一枚作るのに、どれほど掛かるのか分かっているのかい?」
「申し訳ないとは思う。だが、どうにか作って欲しい」
「さすがに、原料の調達が不可能だね。そもそも『天才グラスの錬金術工房』は、儲けを度外視でやっているんだよ。きみには大変申し訳ないが、ぼくの貯金はほとんどない。
「金は全てノーマン侯爵家から出す。どれほど高値になっても構わない」
「それを先に言いたまえ」
俺の言葉に、グラスがにやりと笑みを浮かべた。
これは一応、重ねてルキアから承認を得てきた言葉だ。どれほどの金が掛かろうとも構わない。その金額は全て侯爵家が負担する、と言ってきたのだ。
正直、大結界を作った時点で貯蓄が厳しいという話を聞いていたから、さすがに財政的に厳しいのではないかと考えてしまった。
しかしルキアは実に自信満々に、「なに、金ならばある。わたしの優秀さを舐めるな」と言ってきた。だから俺は、その言葉を素直に信じることにした。
「まぁ、いいだろう。ぼくとしても
「明後日までに百、できるか?」
「出来ると断言はできないよ。ただし、全力で努力はさせてもらおう。少なくとも今日から二日間、ぼくに安らぎの睡眠は訪れないとだけ言っておく」
「……ありがとう、グラス」
グラスの言葉に安堵し、俺は頭を下げる。
断言されてはいないが、この世界で
俺に手伝えることがあればやりたいところだが、俺は俺で色々と魔術式を刻む予定のものが多いし――。
「そんなに頭を下げなくてもいい、ソル・ラヴィアス。ああ、それともそうして頭を下げればぼくの下着が見えるとでも思っていたかな? 残念ながらぼくはドロワーズを愛用しているから、きみの期待には添えないと思うのだけれど」
「それじゃ、よろしく」
「それでも良ければ、見せることは吝かではないよ。ああ勿論、誰にでもそんなことを言うような奴だなんて思わないでいてほしいところだがきみの頼みとあっては……おい、無言で立ち上がって背を向けるんじゃないよ」
グラスの戯言は聞かずに、俺はそのまま背を向ける。
ただでさえ時間がないのだ。たったの三日しかない時間を、有効活用しなければならない。
現在、アンドレ君を筆頭とした魔術師たちによって魔術式を刻ませている玻璃の板を確認しなければならないし、
その間も、《魔境》との大結界は維持管理を続けなければならないから、そちらはカンナに任せながら逐一報告を待つ形になるだろう。
やべぇな。俺もこの三日、寝れねぇ。
「ああ、そうだ。ソル・ラヴィアス」
「……うん? どうした、グラス」
前から思っていたことではあるけれど、何故こいつはいちいちフルネームで呼んでくるのだろうか。
頭の中のやることリストを整理しつつ、俺は肩越しに振り返る。
「きみはぼくにお願いをしに来たわけだ。そして、ぼくはそのお願いを承った。であれば、等価交換だ。きみはぼくのお願いを聞く必要がある」
「……いや、それは」
「おやおや、それは困ったね。断ると言うならば、ぼくもきみのお願いを断るだけだが」
「……」
思わぬグラスの言葉に、俺は眉を寄せる。
ただでさえこれから忙しくなるのに、追加で何かをしろと言われても無理な話だ。
だが、かといってここで断ることもできない。何せ、
「その……三日後でいいか? 今の、この仕事が終わってから……」
「ああ、別に大したお願いというわけではないよ。別段、きみの時間を拘束したりはしない。ちょっとした、個人的なものさ」
グラスはそう、妖艶に微笑む。
幼い少女の姿をしているというのに、どこかそれは闇が深いような――。
「ぼくのことはこれから、リズと呼び給え」
「……?」
「ただそれだけさ。実に簡単だろう?」
「……ああ、分かった。それじゃ、これからよろしく……リズ」
「承った」
グラス――リズが、そう笑みを返してくる。
こいつ、なんでいきなり愛称で呼べとか言ってきたんだろう。
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