第70話 模擬戦の帰結
結果的に、俺は錬金術師グラスと業務提携を行うこととなった。
そもそもグラスは『天才グラスの錬金術工房』という個人工房の経営者であり、割とその筋では有名な人物だということも分かった。ちなみにグリッドマン工房のヨハン親方も、割とグラスから素材などを仕入れているらしい。
まぁ、変人ではあるけれど腕はいいのだろう。事実、
そして、グラスは約束通り、
その結果として、どうなったかというと。
俺の作った小型結界よりも遥かに軽く、さらに曲面に結界を展開することができ、しかも強度も玻璃の倍近いという代物が完成したわけである。
「……改めて見ると、凄まじいな」
「結界から向こうの透明度も、明らかにそっちの方が上っすね」
そして、現在は模擬戦の真っ只中。
私兵団長シュレーマン率いる三十人の兵士と、俺を筆頭とした魔術師三十人で、円形の闘技場の中で戦っている。
グラスから素材を受け取って、その日は寝ずにひたすら魔術式に打ち込んだ。途中、心配したダリアが「夜食です」とわざわざ食事を持ってきてくれたほど。玻璃に刻むものと
そんな努力の結果が、今こうして展開している小型結界である。
「カンナとアンドレ君は、結界を維持し続けろ。二人とも、位置から動かないようにな」
「うす、先輩」
「はい、ソルさん」
「あとは……アデル君に全部任せよう」
俺が中央を、カンナが左翼を、アンドレ君が右翼を担当して、それぞれに結界を展開している。
そして、
だが、ルキアにも「壊せない壁が中央にある状況では、睨み合って終わるのではないかな?」と尋ねられたように、ただ結界を展開しているだけでは勝てない。
そこで俺が作り出したのが、矢狭間である。
これはかなり勇気のいったことではあったが、
まぁ、十枚の
だが結果として完成したのが、極めて小さな穴が一つ開いた結界である。
「でも先輩、ヒキョーじゃないすか?」
「……何がだよ」
「魔術師三十人って言ったじゃないすか。部外者を入れるのはヒキョーっすよ」
「別に……アデル君は私兵団の一員ってわけじゃないだろ」
「でも、魔術師でもないすよ。魔術は使えないって言ってましたもん」
「……」
まぁ、うん。
カンナの言う通り、俺は一つだけルールを無視した。
それというのも、矢狭間を作ることは以前から考えていたことである。しかし、かといって矢狭間から矢を放ち、敵に当てることができるほどの技量を持つ者が、二百人いた魔術師の中に一人もいなかった。
当然、魔術師ならば魔術の研鑽に明け暮れる。弓矢の技量を持つ者など、最初からいるはずもないというのが事実だ。
だから、まぁ。
ルキアが以前に連れてきたという話だった、庭師見習いの少年に助力を申し出たのだ。アデル君という名前の彼と引き合わせてくれたのは、ダリアである。
「ほーいっ! 五人目っ!」
「よし! アデル君、その調子だ!」
「うっす! がんがんいきますよぉ!」
俺が持ち込んだ、組み立て式の櫓。
本来は闘技場の入り口を通らない大きさのそれは、通過した先に簡単に組み立てることができるように作ってもらったものだ。ちなみにこれは、ヨハン親方にニワトリでお願いします、と伝えて作ってもらったものである。代金はツケだ。
ちゃんと小型結界の穴に合わせて、高さも調整してくれたものだ。ヨハン親方のところに取りに行ったときには、ひどく憔悴していた。「この年でニワトリはきついぜ……」と。
そんな櫓の上に立っている、少しだけ尖った耳が特徴の少年――アデル君。
古い祖先にエルフがいるらしい一族の少年で、めっぽう弓が得意らしい。その才能は、わざわざルキアが弓使いの師を引き合わせて教育した上で、一年でその師を追い抜いたほどだそうだ。
ルキアは「アデル君はレベル7だからね」と言っていたが、その言葉の意味はよく分からない。
「よし……このまま行けば、勝てるな」
俺はそう、状況を見ながら呟く。
こちらは完全な防御を保っている状態で、アデル君という弓の名手が櫓から一方的に矢を放てる状態だ。シュレーマンの率いる私兵団は盾を上に掲げて防御の姿勢をとっているが、アデル君はその防御の隙間へと見事に矢を放っている。
そして俺、カンナ、アンドレ君は結界を維持し続ければいいだけであり、その他の魔術師はただ立っているだけでいい。
グラスが持ってきてくれた、
ヨハン親方が作ってくれた、小型結界の枠と組み立て式の櫓。
ダリアが紹介してくれた、弓の名手であるアデル君。
そして、俺の作った矢狭間つき小型結界。
その全てが揃った現状――ようやく、見えた勝利。
「そこまでっ! 双方、武器を納めろっ!」
そこで、観客席から響く鈴のような声。
立ち上がったルキアが発したものだと理解するのに、数瞬かかった。
この状況を見て、一方的に私兵団が蹂躙されていると判断し、止めに来たのだろう。
ああ、良かった――そう、胸を撫で下ろす。
これで、俺の価値は示すことができた。小型結界が、戦いにおいて一方的に敵を蹂躙できるものだと、シュレーマン団長にも理解してもらうことが――。
「緊急事態だ! シュレーマン! ソル君! すぐにわたしの所へ来い!」
「えっ……」
しかし、ルキアが告げたのは。
俺たちの勝利を謳う言葉でも、お褒めの言葉でもなく。
「火急の報せだ! 王都から、兵が出陣した!」
ノーマン領の、危機を告げるものだった。
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