第68話 謎の錬金術師を求めて
「ああ、そりゃ間違いなくグラスだな」
「やっぱり、そうなんですか……」
ダリアに御者を任せ、俺はまずヨハンのもと――グリッドマン工房を訪れた。
何せ俺は、ノーマン領にやってきてほとんどの時間を別邸で過ごしている。カンナやアンドレくんといった部下以外の人間で、ルキアやダリアといった邸宅に住む以外の人間で、俺と交流のある人物はヨハン親方くらいのものなのだ。
そんな俺に届けられた、究極の逸品――
以前、ヨハンに聞いた人物から寄越されたものではないかと考えて、ここまでやってきたのだ。
ヨハン曰く――変人の錬金術師、グラス。
「つーか、やっぱりそれが
「ええ……見た感じは、全く同じです。魔術式を実際に刻んでみないと、同じ感覚かどうかは分かりませんが……」
「ああ、見せなくてもいいぜ。ちょいと前に見たからな」
「えっ!?」
ヨハンの言葉に、思わず眉を寄せる。
以前、ヨハンに
「昨日か……一昨日だったか。グラスが、うちの工房に来たんだよ。家ん中に引き籠もってばかりのあいつが、珍しいことにな」
「そうだったんですか!?」
「ああ。んで、そいつを俺に見せてきた。すごいものが出来たぞ、ってな。まぁ、俺ぁ
「……できれば、そのときに連絡して欲しかったんですが」
「こっちも仕事が立て込んでんだよ」
俺の言葉に、かんっ、と金槌を打って答えるヨハン。
現在も工房で、金槌を振り下ろしながら作業をしているヨハンだ。できれば早く連絡が欲しかったけれど、ヨハンもヨハンで忙しいのだろう。
だが、とりあえず『謎の
「だから、グラスに言ったんだよ。そいつを高値で買い取ってくれる奴が、多分侯爵家にいるぜ、ってな」
「……それにしては、門兵に渡しただけのようですが」
「そいつを渡せば、急いで来ると思ったんだろうよ」
「……」
間違っていない。
確かに俺は、
高値で買い取るかどうかは、置いといて。正直、
「ま、会いてぇならあいつの家に行けよ。町外れの、無駄にでけぇ煙突の立った緑の屋根の家だ。ほとんど引き籠もってるから、いつ行ってもいるぜ」
「……ありがとうございます、ヨハンさん」
「おう。感謝の気持ちはいらねぇから、さっさと次の
「分かりました」
頷いて、覚悟を決める。
正直、どんな人物なのか分からない相手と会うというのは怖い。俺に
だが、同時に。
「……ここ、ですかね?」
「はい。町外れの大きな煙突のある緑の屋根の家……見た目は、ソル様の仰っていた特徴と一致します」
町外れ。
俺はダリアと共に、恐らく錬金術師グラスの住まいであろう小さな家の前にいた。
ヨハンから聞いた特徴――大きな煙突に緑の屋根という、二つの条件を満たしている家だ。さらに、周辺の住民から(ダリアが)聞いた内容によれば、「あの家には錬金術師って名乗っている怪しい奴が住んでるよ」ということらしい。
どう考えても、間違いなくここに錬金術師グラスがいる。
「ふー……」
「ソル様、私が交渉いたしましょうか?」
「……」
ばくばくと鳴り響く心臓の音でも聞こえたのか、ダリアがそう言ってくる。
きっと交渉ごとに疎い俺のことを気遣って、そう言ってくれているのだろう。正直、心の底から任せたい気持ちでいっぱいだ。
だが、本当にこれが
例え相手がヨハンから「変人」と言われるような人物でも、矢面に立たなければならない。
「いえ……俺が行きます。ダリアさんは、ここで待っていてください」
「……しかし」
「もし本当に
「……承知いたしました」
ふーっ、と深呼吸を一つ。
どんな人物が出てくるかは分からないが、錬金術師グラスと俺には、共通していることが一つある。
それは、どちらも引きこもりだということだ。
俺はノーマン邸の別邸に。そしてグラスはこの家に。
いざとなれば俺が、ウィットに富んだ引きこもりあるあるジョークでも出して場を和ませれば――。
そう、気合いを入れてノッカーへ手を伸ばした瞬間に。
「えっ……!」
その扉が――音もなく開いた。
まるで、俺が来ることを最初から分かっていたかのように。
「――入りたまえ」
そして、家の中から響いてくるそんな声。
恐らく高度な感知魔術式を用いて、俺が来たことを既に把握していたのだろう。もしかすると、外部の映像を映し出すような代物かもしれない。
ごくりと唾を飲み込んで、「お邪魔します」と呟いてから家の中に入る。
それと共に、再び扉が音もなく動き、閉まった。
「……」
暗い空間。
昼間だというのに雨戸を閉めているのか、一筋の光もない。
その中央に、ぼうっ、と小さな灯りが生まれた。
「やぁ。よく来たね……まぁ、ぼくの想定よりは少々遅いくらいだが」
灯りに映し出されたのは、小さな体躯。
家の中であるというのに、やたら鍔の大きなとんがり帽子を被り、紺の長衣にその身を包んだ――少女と呼んでもいいような見た目。
「はじめまして、ソル・ラヴィアス。ぼくが天才錬金術師、エリザベート・グラスだ」
変人の錬金術師グラス。
その情報しかなかった俺にとっては、まさに青天の霹靂。
え……女の子?
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