パントハイム伯爵の逮捕とセレーネの決意


 それは突然、集会翌日に起きた。


「カンザキ、少しいいか?」

「? はい」

 私が朝の支度を終えたところで、朝早くからどこかに出ていた先生が部屋に戻るなり私に告げた。


「パントハイム伯爵が、グレミア公国への魔石流出で捕縛された」

「!? パントハイム伯爵が!?」

「あぁ。パントハイム家はグレミア公国の侯爵家からジルビアーネ殿を娶っている分、今もあちら側との付き合いは多い。念のため探りを入れていたが、やはり黒だった。それも数年間ずっと……。パントハイム伯爵家は、取りつぶしになるだろう」

「!!」


 伯爵家がなくなる……?

 確かに、戦争に加担するようなことをしてしまったのだし、これは国家反逆罪のようなものだ。

 当然のことかも知れない。

 だけど……。


「あの……セレーネさんは?」

 気がかりなのは、あの根っからの貴族令嬢であるクラスメイトのこと。

 確かパントハイム伯爵家は奥様が早くに亡くなって父1人子1人。

 それゆえにセレーネさんはわがままも通り、甘やかされて育ってきたのだけれど、その父親が捕まって家も取りつぶしとなれば……。


「パントハイムは、あの森での一件以来父親との接触もなく白だ。彼女は、父親のしていたことを何も知らなかったようだしな。伯爵家は一旦取り潰されるが、彼女は今後成人してから伯爵家を継ぐこともできる。成人するまでの後見が必要ではあるが……。彼女は、後見してくれる人物を探して頼り、成人になってから伯爵家を継ぐか、このまま伯爵家を取り潰し、平民として生きるかを選ばねばならん。が……今の情勢的に、あの家の後見をしてくれる家があるかどうか……」


 確かに、好き好んで敵対している国と通じていた家の後見なんかになろうなんて思わないものね。

 三大公爵家は家が大きすぎて、一つの家に加担することはできないし。

 難しい問題よね……。


「セレーネさんはなんて?」

「……朝早くに事情はフォース学園長から伝えられ、少し考えさせてくれとのことだった。今日は皆、例のことを考えるため授業も中止だ。ゆっくり考えればいい」


 ここに残るか否かの選択の猶予は今日一日。

 そして明日、それぞれの決断は担任へと告げられる。

 今回私は選択を迫るだけで、何もしてあげられないのよね。

 考えて決めるのは、彼ら自身だもの。

 だけど、話を聞くぐらいならできる……!!


「……先生、私、セレーネさんのところに行ってきます」

「……あぁ。頼む」

 返事を聞いてから、先生に笑顔を向けると、私は部屋を後にした。




 ──すぐに学園から隣の寮へと渡り、セレーネさんの部屋へと向かう。

 彼女の部屋は6階で、寮には──と言うよりこの世界にはエスカレーターなんてものもエレベーターなんてものもないので、当然自分の足で登っていく。

 これを毎日繰り返している寮生を、私は尊敬する。


「──セレーネさん」

 ようやく辿り着いたセレーネさんの部屋の前。

 私は切れ切れの息を整えつつ、トントントンと扉を叩き彼女の名を呼べば、すぐに扉はギィッと音を立てて開かれた。


「カンザキ……さん?」

「今、良いですか?」

「……はい、どうぞ」


 そういえば彼女の部屋の中に入るのは初めてだ。

 チラリと様子を伺えば、豪華なインテリアが取り外され、隅っこへと集められている。

 それはまるで、彼女がこの部屋からいなくなるかのようで……。


「あの、これ……」

「カンザキさん。いえ、姫君」

「!?」

 真っ直ぐな瞳が私へと向かう。


「数々の不敬、申し訳ありませんでした」

 部屋の奥に進むなりにそう言って頭を下げるセレーネさん

「ちょ!? セレーネさん!?」

「知らなかったとはいえ、王族にあのようなこと……許されることではありません。今ここで切り捨てられても仕方がありませんわ」


 き……!?

 いやいやいや私そんな鬼畜じゃないし!!

「そ、そんな物騒なことしませんよ!? この話はもう良いって言ったじゃないですか!! 頭を上げてください!! 次あの件について謝ったら私、怒っちゃいますからね!!」

 そう言って彼女の両肩を掴んで身体を起こさせる。


「わかりましたわ。この件については、あなたのお優しいお心に感謝いたします」

「今は私はただのヒメ・カンザキです。普通通りで構いません。ていうか普通通りでいてほしいです」

 しおらしいセレーネさんなんてセレーネさんじゃない……!!


「……わかりましたわ。……カンザキさん、私、平民になろうと考えておりますの」

「!!」

 平民に!?

 あのセレーネさんが?

 生粋の伯爵令嬢であるセレーネさんが平民として生きていけるのかと考えてるけど、絶対無理だと思う。


「平民として、ここに残り、グレミア公国と戦いますわ」

「!! グレミア公国と……?」

 グレミア公国の人間を祖母にもつ彼女が、グレミア公国と戦う……。

 彼女は酷く微妙な立場だ。

 彼女の祖母ジルビアーネ・パントハイムは元々はグレミア公国の侯爵家の人間だし、そんなお祖母様のご実家と敵対することになるんだものね。

 セレーネさんはお祖母様をとても慕っていたようだし内心複雑だろう。


「あの……セレーネさんの家は複雑な立場ですし、戦わずとも避難していても……」

「みくびらないでくださいまし」

「っ!!」


「私は、何のためにあなたに力を伸ばしてもらったのです? たくさんの人を守るためでしょう? いずれ来る日のために、私を強くしてくださったのでしょう? 私から償いの機会を奪わないでくださいな」


 揺るぎない瞳。

 しっかりとした口調で、彼女は続ける。


「父は、母が亡くなってから私をこれでもかと言うほどに愛してくださいましたわ。私はそんな父に感謝をしていますし、愛してもおります。でも、してはいけないことをしたならば、責任を取らねばなりません。だから私はこの国を守り、平民として、父が帰ってくる日を待ちますわ。それからが私たち親子の再スタートです。ここの調度品は全て売り、小さな家でも買うつもりですわ。学園が無くなっては、住む場所守りませんしね」

「セレーネさん……」


 強い。

 彼女は本当に変わったんだ。

 自分や親のしてしまったことをきちんと胸に置いて、そして前へと進んでいる。


「──なら、卒業したら、城に来てください」

「……はい?」

「セレーネさんに、私の侍女になってもらいたいんです」

「じ、侍女!? で、ですが、あれは平民の娘がなれるようなものでは……」

「えぇ。本来は貴族の娘がなるものですよね、わかっています。でも、あなたはこれまで伯爵令嬢として貴族たるを学んできた。その力は十分あります」


 おそらく、私が姫君だと知らない人に、私か彼女かどちらが姫君だと問えば、10人中10人はセレーネさんだと答えるだろうほどに、彼女には気品がある。オーラがある。

 佇まいからも貴族であることはすぐにわかるもの。

 そんな彼女に、侍女ができないわけがない。


「実はですね、城の使用人は訳あって、今いないんです。人手不足なんです。だから……お願いします。うちでお父さん、待ちましょ?」

 差し出した手を呆然と見てから、セレーネさんは泣きそうな顔をして笑った。


「カンザキさん……。はい……!! ありがとう……ありがとうございます……!!」


 重なり合った手にぽたりと雫がはねて、私は彼女が落ち着くまで、その手をただ握り続けるのだった。

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