大人達の願い


「皆、ごめんね。……グローリアスは──閉鎖する──……」


 フォース学園長の宣言に、ざわめきが広がる。


「そんな……!! 家に帰ったところでどっちみちグレミアに殺される!!」

「俺達はただの学生だぞ!? 残っても帰っても危険に晒されるなんて……」

「怖いわ……!!」


 戸惑い、不安、嘆き。

 たくさんの声が重なって、それらは巨大なうねりとなって生徒達の目の前に立つ先生へと向かう。

 その身に負の感情一身に受けて、それでもなお立ち続ける先生。


 それを選択させることが、先生にとってどんなことか、私にはわかる。

 自分が育て上げた生徒達を戦場に向かわせる選択肢を口にしそれを迫らねばならない。

 氷のように冷たい人だなんて、そんなの嘘だ。

 あの人以上に温かい人はいないのだから。

 そうやっていつも、嫌な役目は自分で背負っていくんだよね。

 つくづく、先生って不器用な人だと思う。

 でもそんな先生が、私は大好きだ。

 だから──私が先生を守るんだ。



 私は大きく息を吸って、声を上げた。



「はぁーー……。何言ってんですか、皆さん」


 私の声は大勢の声の中に、水に投げ入れた石のように響き渡り、波紋のように静けさが広がっていった。


「ヒメ……?」

 私の名を、友が呼ぶ。


「……ごめんなさい。……ありがとうでした」

 私は私を呆然と見つめる友人達にふにゃりと笑いかけると、真っ直ぐ、先生だけを見据えて、彼の元へと向かった。


 背筋を正して。

 胸を張って。

 今の私は、グローリアスの生徒ではない。

 私はこの国の、姫君だ──。


「カンザキ──?」

「シリル・クロスフォード騎士団長。大切なお話を、ありがとうございました」


 敢えて『先生』ではなく『シリル・クロスフォード騎士団長』と呼んだことから、先生は瞬時に私のしようとしていることを理解したようだ。

 彼は私の前で腰をおり、その場に恭しく跪いた。

「!!」

 そしてそれを見たレオンティウス様やレイヴン達隊長格、事情を知るジゼル先生やパルテ先生、そして大司教やフォース学園長までもが私のような小娘に頭を下げる異様な様子に、あたりは騒然とする。

 皆、気づいたのだ。

 私の覚悟に。

 私が今、どの立場なのかということに。


「頭を上げてください」

 私が彼らにそう言うと、彼らもそれに従い、身体を起こす。

 そして私は、それを確認してから、真っ直ぐに前を向く。


 グローリアスの生徒達。

 セイレ王国騎士団の騎士達。

 その双方に、落ち着いて声を紡ぐ。


「この立場で皆さんの前に立つのは、初めましてです。私は、ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレ。この国の、姫君です──」


                                           私の名乗りに、ざわめきは大きくなり、その声一つ一つが混ざり合って渦を巻いた。

 もはやどれが誰の声なのか判別不可能だけど、一つだけ。

『嘘だろ!? あの変態が!? なんの冗談だ!?』

 って言った君のことは聞こえてるし見てるからなそこの騎士科2年男子ぃぃぃい!!


「コホンッ。訳あって、10歳の姿からやり直しておりましたが、王位を継ぐとともに20歳の本来の私に戻ることになっております」

 このことや王家のことを話すのは、今が時ではない。


「諸々話すべきことは山ほどありますが、まず──ぐぉらぁぁ!! 一年Sクラスぅぅぅう!!」

 さっきまでと打って変わってあげられた私の怒鳴り声で呼ばれた一年Sクラスの生徒達は、びくりと肩を跳ね上がらせた。


「私やレイヴンが教えたこと、もうお忘れたんですか!? あんなに頑張ってドーム型防御魔法だって会得したでしょう!? Aクラス、あなた達も!! パルテ先生は、自分の身を守れるよう、基礎の防御魔法を徹底して教えてくれたはずです!!」


 Aクラスの魔力量的には、自分自身を守る一人分の防御魔法を使うのが限界だ。

 それでも自分の身ぐらい守れるようにと、カリキュラムを無視してパルテ先生が指導してくれたのだ。


「んで──騎士科ぁぁぁぁぁあ!!」

 騎士科にこそ物申したい!!


「ジゼル先生だけでなく先生にまで剣の授業をしてもらっておいてその自信のなさは何です!! 先生の剣の授業とかうらやま──ゴホンゴホンッ、贅沢な授業を受けてるんですから、もっと自信を持ちなさいっ!!」


 私も夜は先生に修行をつけてもらっているけれど、昼間の先生の授業だってもっと受けたいんだいっ!!


「騎士団の騎士達もです!! あれだけ……あれだけ忙しい先生に熱の入った指導をいただいておいて、その顔はなんですかぁぁっ!! 先生がなんのために厳しく指導していたとお思いですか!! 自分の身は自分で守れるように、何がなんでも生きるためにあんなに厳しく指導してくれたんですよ!? そんな有難い指導をいただいておいて──「ゴホンゴホンッ、姫君」──はっ!!」


 先生の制止によって我に帰った私は、あらためて目の前の状況を確認する。

 皆一様に呆然とした様子で私を見ている。

 ……まずった。

 本音が漏れた。

 ついでに愛も漏れた。

 いや、漏れたどころじゃない。溢れた。


「あー……えっと、とにかく自信を持ってください。皆それぞれどんな選択をしても、私は構いません。家に帰って避難するも良し、残って戦うも良し、でも決して悲観しないで。あなた方には、培ってきた力がある。自分を守る力が、他者を守る力があるんです。自分の力を信じて、どんな場所ででも、ただ諦めずに生きることを考えてください。それがきっと、先生──クロスフォード騎士団長や先生方の願いでもあるのです。……私が言いたいことはそれだけです。ご静聴、ありがとうございました」


 しんと静まり返った園庭。

 だからだろう。

 私の耳にははっきりと届いた。


 私の隣の先生の「ボロを出さない訓練も追加するか……」という悪魔の呟きが。

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