シルヴァ・クロスフォードの手紙
魔王が消えた黒い霧が空気に溶けて、平常が戻る城の裏庭。
『グリフォン……、助けて……くれたのかい?』
『キュイィィィ』
『そうか……ありがとう……っ……』
ずる、ずる、と這うような音とともに視界がゆっくりと近くの大きな木に近づくと、再び視界にくるみ色と飴色が混ざり合った大鳥が映し出された。
どうやら先程の大きな木に身を預けたようだ。
『ぐっ……、あぁぁっ……!!』
「シルヴァ様!!」
『キュィィッ!!』
私の声と過去のグリフォンの声が重なる。
あの攻撃を受けたのだ。
平気なはずがない。
どうしよう、どうすれば……。
考えても今の私には何をすることもできないというのに、それを考えずにはいられない。
『キュィィ──!!』
グリフォンが
何、これは。
グリフォンの魔法……?
『……!! 癒やそうと……してくれているのか? ……ありがとう。……でも、もう、十分だ……。もう、痛みを感じてないんだ……。それよりも──』
カチャカチャとすぐ近くで金属音がして、視界が大きく揺れると、美しい顔にたくさんの傷を作ったシルヴァ様が大きく映し出された。
ずいぶん懐かしく感じるのは、過去と未来という時間差のせいだろうか。
どうやらマント留めを外したようで、今度はこちらに向けて氷魔法を放つと、勢いよくシルヴァ様が遠ざかり、同時に視界がより広くなった。
氷魔法を使って自分から遠ざけ、視界を広くさせたのだろう。
『キュイ?』
『ん? あぁ、宝玉には、見たものを記録する、力がある。シリルには、もうずいぶん前から、私の思いを手紙にしたためていたが……、どうも固い文章になってしまった、からね……っ……。自分の声で、伝えたいんだ。私の、気持ちを……』
先生への手紙。
そういえば前に、シルヴァ様が亡くなった後に見つかった手紙があるって見せてくれたことがあった。
ジオルド君には和解をした日に見せたと言っていた、あの、自分が亡くなった後のことが書かれた手紙のことだろう。
『まずは……私のもう1人の息子、ジオルドへ』
「!?」
自分を避けていた義父から出た自分への『息子』という言葉に、ジオルド君は驚き身体を跳ね上がらせた。
『あの日。妻の葬儀の日。何の罪もないお前を見ることができず、目を背けてしまったこと、ずっと悔いていた。シリルがお前を匿っていたことに気づいて、それを見て見ぬふりしかできなかった。もっと、勇気を出して、お前に話しかけてみればよかったな。でも、“彼女”にお前とシリルはお互いを大切に思っているということを聞けて、私はとても嬉しかったよ。きっと、お前を取り巻くものは陰鬱なものも多いだろう。だが、お前なら大丈夫。自信を持って、誇り高く生きなさい。──ジオルド・クロスフォード。……生まれてきてくれて……ありがとう。お前は紛れもなく、シリルの弟であり、私の、もう1人の息子だよ』
シルヴァ様の目尻に浮かんだ涙がくしゃりと歪み、一粒落ちた。
血で汚れた頬が、一筋洗い流される。
「ち……ちうえ……っ……!!」
ジオルド君が俯きながら、彼の前で彼を『父』と呼んだ。
映像に届くことのない声は、頼りなく揺れて地に落ちる。
『次は……シリル……。……ごめん。私は、お前の母やお前にとって、良き夫でも、良き父でもなかったな……。力の強いお前のことはフォースに任せきりになって、私は仕事に明け暮れ、お前たちを蔑ろにしてしまった……。そしてまた、お前には騎士団長という立場を押し付けてしまう私を、許してくれ……』
苦しげな謝罪から始まった先生への言葉に、先生は同じように眉を顰めながら瀕死の父親の映像を見つめている。
『だが、私がお前と過ごした数少ない思い出は、どれも私の宝物だった。そしてそれはいつも、私を助けてくれたよ。自分の責務に押し潰されそうな時。大切な人たちを失った時。心が闇に支配されそうになった時……。幼いお前と過ごした時間が、いつも私を温めてくれた。どうか、お前が大切な人と結ばれた時には、私のようにはならないでほしい。何よりもその人を1番に守り抜け。どうか……生きて、幸せになりなさい。お前の、大切な人と……』
「っ……、はい……っ……、父上……」
私を後ろから抱きしめる先生の手にさらに力がこもる。
まるでその、大切な人だとでも言うように、力強く……。
『……さて、最後になったけど……あなたも一緒に聞いていてくれることを願って。……私の大切な友人の娘、ヒメ嬢へ──』
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