シルヴァ・クロスフォードと魔王
「っ……!!」
瞼の裏にまで入り込む強い光がしばらく続き、私の耳に懐かしい声が響いた。
『っ……くそ……こんなところで……!!』
少し掠れた苦しげなその声に反応して勢いよく私は目を開いた。
「シルヴァ……様……?」
少し掠れているけれど、それでも爽やかな音を含んだ声。
シルヴァ様だ──!!
声はすぐ近くで聞こえるのにシルヴァ様の姿はない。
そして目の前には禍々しいオーラを放つ魔物の群れ──。
「シルヴァ様!! どこ!?」
魔物の群れの中にいるのだろうか。
だとしたら一刻も早く助け出さないと……!!
焦って今まさに駆け出そうとするところを、先生が私の肩を掴み制止した。
「落ち着け。これは……この宝玉の記憶の立体映像だ」
「宝玉の……?」
そうか、だから……。
じゃぁこの目線は、シルヴァ様が身につけているマント留め視点、ということ?
『人間にしてはできる奴もいたものだが──無駄だ。我には勝てぬよ』
低く温度のない声が響き、魔物たちが割れるように道を開けると、ソレは姿を現した──。
『私にお前が討てずとも、私でないものがきっとお前を討つだろう。……魔王──』
「!!」
「魔王!? あれが……」
青白い顔。
黒曜石の如き漆黒の長い髪は目をも覆い、僅かに隙間からギラリと深緑の瞳が見える程度だ。
黒く薄いくるぶしまでの長い布を纏い、白く長い手足がのぞいている。
頭には二本の大きく太いツノ──。
レイヴンたちが圧倒され、慄く中、私と先生だけが落ち着いてソレを見ていた。
先生は9年前、実際に対峙したから。
私は【マメプリ】のスチルで何度も見たから。
『ふん、減らず口を──。まぁ良い。どのみち貴様ら全て、ここで死ぬのだからな』
魔王がこちら(シルヴァ様)側に手のひらを向けると、シルヴァ様の小さな冷笑がすぐそばで聞こえた。
『さぁ……それはどうかな──?』
刹那、私たちの視界がぐるりと反転し、シルヴァ様の背後にいたらしい傷ついた騎士たちが映し出された。
『……お前たち。……生きなさい──』
優しい声色が落ちてきたと同時に、騎士たちの足元に大きな魔法陣が浮かび上がった。
『っ!! 騎士団長!!』
誰かが叫んで、彼らは皆、魔法陣から溢れ出た光に包まれ、一瞬にして消えてしまった。
シルヴァ様の得意魔法……一斉転移。
でもこの魔法は、多くの魔力を消費してしまうから、使うとしばらくもたないってシルヴァ様は言っていた。
なのに……。
『ほぉ? 一斉転移か。そんなものが使えて何故ここに1人
不思議そうに、そいて興味深そうに笑みを含ませ問いかける魔王を、再びシルヴァ様が見やった。
『ここで……この場所で私がお前に背を向けることはない』
「!!」
『ここ、か……。そんなにも王城を守りたいのか? ふっ。忠義に熱い男よ。強き力を持ちながらも、お主が死にかけておるというのに出てくることもない王族に、守る価値などあるのか?』
出ていきたい!!
今すぐにでも助けに飛び出したい!!
それができない今がもどかしい……!!
『あるね。きっと彼らが1番悔しく思っているだろうさ。情に熱い国王と優しい王妃。それに、2人のそんないいところを全て受け継いだ愛し子……。あの子ならきっと、これを見ていたならばすぐにでも飛び出してきてしまうだろうさ。見た目にそぐわず血の気の多い子だから』
「っ……シルヴァ……さ、ま……!!」
そうだよ。
その通りだよ。
今すぐあなたの目の前にいる奴ら全部ぶっとばしてやりたいよ……!!
握りしめた手の爪が肉に食い込む。
唇をギュッと噛み続け切れてしまったそれから鉄の味が流れ出す。
目が、熱い。熱い。熱い。
赤く燃えるように──。
見ていることしかできない苦しみに、ただ耐えることしかできないなんて……!!
『ふん。まぁ、お前を殺した後、すぐに攻め入ることになるのだ。せいぜい愛する城を見ながら無駄死にするがいい』
言うや否や、掲げられた右手から飛び出した黒い光線が放たれ、マント留目のすぐ下方、シルヴァ様の胸を貫いた──!!
『ぐあぁぁっ!!』
「!! シルヴァ様ぁぁぁぁぁあ!!」
「カンザキ!!」
先生が後ろから抱きしめるように強く私の動きを制止させる。
上下に動く視界に、彼がまだ生きているということだけがわかった。
「離して……!! 離してぇぇっ!! シルヴァ様が……!!」
「落ち着け!! これはもう……過去のものだ……」
か……こ……。
こんな過去……。
こんな過去を知っていたなら、何としてもシルヴァ様の運命を変えようとした!!
こんな死に方をさせたくてシルヴァ様の意思を尊重したんじゃない……!!
──いや、同じだ。
戦いで死ぬことを知っていて、彼の意思を尊重したのは私だ。
覚悟していたことなのに。
覚悟していた──はずだった……。
『まだ息があるか。お前たち、餌だ。跡形もなく食い尽くしてしまえ』
魔王の命令に魔物たちが一斉に雄叫びを上げながらシルヴァ様に向かって襲いかかってきたその時──。
『キュイィィィィィイッ!!』
突如現れた風の渦に、次々と飲み込まれていく魔物たち。
あっという間に目の前の敵は風の渦に消え、それと同時に舞い降りたのは一体の桜の花びらのマークをつけたグリフォン──。
『グリフォンだと!?』
『その印……あの時、の……?』
シルヴァ様の声に応えるように『キュイィィィィン』ともうひと鳴きすると、グリフォンはまるでシルヴァ様を守ように、彼を背に魔王と対峙する。
『神獣は闇の影響を受けやすいはずが……なぜ闇に落ちていない……!? くっ……まぁいい。どちらにせよその怪我ではもたないだろう。せいぜい残りの時間、苦しみながら逝くがいい──!!』
そう叫んで、魔王は黒い霧の中へと溶けるように消えていった。
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