魔王との対峙


「────魔王──────!!」

 私がその名を口にすると、アレンの口元はニヤリと歪み上がり、鋭く光る眼光が私を捉えた。


「やはり貴様は我を知っていたか。五年前、初めてこの身体で接触した時、これに殺させておけばよかったか──」

「アレンに人殺しなんてさせない!!」


「あぁそうだ。これは我がどんなに声をかけても従わなかった。毎日、毎夜、此奴の心に問いかける。“ひとりぼっちのこの世界に価値はあるのか?”、“お前の妹を殺めたものが憎くないか?”とな。だがこれは首を縦には振らぬ……。堕ちてきそうになれば貴様からの聖魔法による妨害が入り、またこれは意識を戻す。全く、実に愚かなものだ。認めることで楽になれるというのに。あぁ、これはこれの妹である不完全な聖女と同じ、ただの愚か者だ。あれも己が罪に溺れながら贖罪の思いとともに無駄に死んでいった」


「アレンの口でエリーゼを侮辱しないで!!」

 無駄なんかじゃない。

 この約十年の平穏の中で人々はどれだけ癒されていったか。

 どれだけ死者を悼むことができたか。

 どれだけ前に進んだか。

 それはエリーゼと先生が、自身の命や想い、心と引き換えにもたらしてくれた時間だ。誰かが侮辱していいものではない。

 私が声を上げると、アレンの顔をしてアレンとは違う笑みで私を見下ろし、大きく笑った。


「くっ……ははははは!! そうムキになるな。貴様にもこの憎しみがよくわかろうに。 人の愚かさ、醜さ、汚さをよく知っているのは、貴様も同じだろう? のう? ──鬼神よ────」


「っ!?」

 鬼神……様……?

「何を……」

 確かに私は鬼神様の血を色濃く継いでいると言われている。

 でも今の言い方じゃまるで──……。


「貴様は気づいておろう? その中にあるものの存在に。持ち堪えているようだが、聞こえているはずだ。その“声”が──」

「っ!! 黙れ!!」

 私は剣帯へと添えていた手から素早く魔力を注ぎ込み、愛刀を出現させると、それを迷わずアレンの白い喉元へと突きつけた。


「ほう? だが貴様に我は消滅させられぬぞ? 聖女の力のないお前にはな。 不完全な前聖女は我と共に死し、新たな聖女はまだ力のない未成年──……。貴様が何をしようと、我の復活は近い。心地の良い闇が広がり始めておるからな」


「っなんとかしてみせる!! 絶対に……!! アレンを──先生を助けてみせる!!」

 私にその力はなくても、必ず魔王を消滅させる未来へ導いて見せる──!!

 突きつけた刀に聖魔法を込めると、切先から光が溢れ、アレンへと向かった。

 巨大な光に包み込まれるアレンの身体。

 そして歪められた顔。


「ぐぅぅっ……!! 聖女でなくとも凄まじい聖魔法の威力か……。まぁ良い。いずれ貴様のその瞳が闇に染まる日が必ず来る!! その日が今から楽しみだな──!! アッハッハッハッハッハッ──!!」


 ガンッ!!

「アレン!!」

 勢いよくいい音を耐えて机っに突っ伏してしまったアレン。

「……ん……。……あれ?」

 もぞりと反応を示したアレンに、私は急いで刀を消す。

 魔王は……アレンの中に戻ったのだろうか……?

 私は何事もなかったかのように、にっこりと笑顔を貼り付けた。


「大丈夫ですか? 突然うつらうつらとし始めて、机に顔、ぶつけてましたけど」

「え? あ、あぁうん、そう……なんだ? ごめんね、話の最中に」

 赤くなったおでこと鼻をさすりながら眉を下げる。

 いやむしろ変なもん呼び起こしてごめんなさい。


「とにかく、これで僕とシリルのことはわかったかな?」

「あ、はい。ありがとうございました」

 アレンが先生を恨んでいなくてよかった。

 辛くないはずがないのに、先生を慮るアレン。

 先生も、そんな彼の思いに気づいてくれたらいいのに。


「じゃぁ私、部屋に戻って荷物整理して休みますね」

「うん。シリルも疲れているだろうし、労ってあげてね。またいつでもおいで」

 お土産ありがとう、と言ってにっこりと微笑み手を振るアレンに、私もにっこりと笑って手を振り返す。


 

『いずれ貴様のその瞳が闇に染まる日が必ず来る!! その日が今から楽しみだな──!!』


 図書室を後にしても、魔王の言葉が耳について離れない。

 私の目が闇に染まる?

 それに鬼神様って……?

 やっぱり時々聞こえるあの声は……鬼神様のもの?


 初めての魔王との対峙は、心に小さなしこりと残すことになったのだった──。

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