ドロ甘痴話喧嘩

「待ってください!!」


 気づけば私は、先生の言葉を遮って、二人の前へと飛び出していた。


「ヒメ!?」

「カンザキ……」

 驚いた表情のジオルド君と、呆れたような先生の視線が私に集まる。

「先生!! 私、王位を継いでもしばらく護衛騎士とか大丈夫です!! だから、せめてジオルド君には学生生活をちゃんと過ごして終えさせてあげてください!!」

 私は学生二回目だけど、ジオルド君にとっては初めての学生生活だもん。皆と一緒に卒業させてあげたい。

 その一心で深く頭を下げる私の上から、深いため息が一つ落ちてきた。


「はぁ……まったく君は……。盗み聞きをするなら大人しく最後まで聞いていなさい馬鹿娘」

「バッ!?」

 私にそう言ってから、先生は再びジオルド君に向き直った。


「ジオルド。私も、お前には学生生活を楽しんでから終えてほしいと思っている。ここでの経験や思い出は、お前の一生の財産になる。だが、これの護衛騎士になることを遅らせる気はない。他の誰かに任せるわけにはいかないからな。だからお前が卒業するまでのしばらくは、私が全てこなすつもりだ」


「待て〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!!」


「……なんだカンザキ」

 眉間に皺を寄せて私を睨みつける先生に、私もキッと睨み返す。

「それじゃジオルド君卒業の前に先生が過労死します!! 絶対に却下!!」

「だがそれ以外に方法は──」

「先生が死んだら私も追いますからね!?」

「それはダメだ!!」

「じゃぁ却下です!!」

「それもダメだ!!」


「二人とも落ち着け」

 収拾しゅうしゅうがつかなくなった私と先生の言い争いに、ジオルド君の冷静な声が割ってはいる。

 はっ……ついヒートアップしてた……!!


「とりあえず、お互いに心配しあってるドロ甘状態の痴話喧嘩なのは把握したからそこまでにしてもらえる?」


「どっ……!!」

「っ……」

 ジオルド君の言葉に声を詰まらせる私たち大人。


「僕も兄上がこれ以上忙しくなるのは却下です」

「ジオルド君──!!」

 さすがジオルド君!!

 先生を過労死から救い隊の隊員!!

「とはいえ、ヒメの護衛騎士は兄上にしか務まらないとも思ってる」

「当然だ」

 くっ……。

 結局どうすれば……。

 先生の過労死は避けたいけどジオルド君には学生生活をちゃんと送って欲しいのに……。


「……そんな顔するな。兄上とお前の気持ちはわかってる。だから、徐々に移行すればいい。兄上、公爵家の仕事内容についてはあらかた教わってもいますし、公爵位は僕が卒業するまでの間はそのままにして、その間に兄上の仕事を少しずつ分けてもらえませんか?」

「少しずつ……?」

「はい。当主以外でもできる仕事は僕がこなし、兄上の負担を減らす。僕もそれなら一気にやるべきことは増えないから、ゆっくりと仕事に慣れることもできるし、仕事と学業で一杯一杯になることもない」


 なるほど……。

 確かにそうすれば、二人の負担は軽減できる。

 ジオルド君はちゃんと学生生活を謳歌して卒業できるし、先生は過労死コースから若干逃れられる……!!


「ジオルド君、さすがです……!!」

「……そうだな。わかった。では少しずつ、執務を頼んでいこう」

「はい。よろしくお願いします」


 よかった。なんとかなりそう。

 ……にしても……。


「先生、騎士団長、まだ続けるんですか?」

 やっぱりハードワークだと思う。公爵の仕事が少し軽減されるとはいえ、護衛の仕事が増えるんだから、どっちみち大変には変わりない。

「私に敵うものが君ぐらいしかいない」

 大真面目な顔してそう言い放った先生に、私は口元をひくつかせ呆れたように先生を見る。

「そりゃそうですよ!! でも先生に敵う人を待ってたら、先生、おじいちゃんになっても騎士団長ですよ!?」

「おじ……!?」

 だってそうだよね。強さが規格外なんだもん。

「レイヴンやレオンティウス様もそうですけど、側近としてきてくれるのは嬉しいんですが、騎士の方の後継者は大丈夫なのか、ずっと気になっていたんです」


 ただこの3人が規格外に強いから、他の候補って思いつかないのが現実でもあるんだけれど……。


「……一応、候補はある。だが、しばらくは兼任だな。父上もそうしていたようだし」


 シルヴァ様。

 そういえば城に部屋を持っていて、騎士団の仕事もしながら護衛騎士をしていたって言ってたっけ。


「私が兼任している間に、候補者には仕事を学んでもらい、騎士団長として不足のない力をつけさせる。騎士団長となれば、全ての騎士の命を預かる立場になる。可能な限り騎士達が無事でいられるよう、誰よりも強くあらねばならんからな」


 あぁもうこの人は本当に……。

 彼が騎士達の訓練や授業でとてつもなく厳しいのは、死なせたくないからなんだもんね。

 誰より優しくて、不器用なんだから。


「……身体、壊さないでくださいね?」

 不安げに私が先生を見上げると、先生は少しだけ頬を緩めて「あぁ」と短く答えた。

 しばらく見つめ合う私たちの間で「ゴホンッ!!」とジオルド君がわざとらしく咳払いをする。


「とにかく、そういうことなんで。話は以上でしたら、僕は部屋に戻ります」

「あ、あぁ。呼び止めてすまなかったな。ゆっくり休め」

「はい。失礼します」

 去っていくジオルド君の後ろ姿を見て、“子供の成長は早いなぁ”と感じる。

 逞しくなったものだ。


「じゃぁ私もこれで。フォース学園長に話もありますし」

「フォース学園長に?」


 あ……しまった……。



「お供しましょう、姫君プリンシア──?」


 あぁぁぁぁぁぁっ!!!!


 騎士な先生尊い……!!

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