学園旅行〜幸せの味〜


「さて、そろそろ行くか。夕食の準備もあるしな」

「あ、夕食なんですけど、今夜は私一人で作らせてもらえませんか?」

 突然の私の申し出に、皆一様に動きを止め、すごい顔でこちらを凝視した。


「な、なんですかその反応!?」

 一人で料理できるのか? みたいな疑いの眼差し!!

 あの包丁さばきを見てもまだ信じてないのかこの人たち!?


「あー、いや、なんとなく……」

 言い淀むなマロー!!

「お前の料理のイメージってやっぱ魔物料理なんだよ」

 失敬だなアステル!!


「大丈夫です!! 皆には心配かけちゃいましたし、最後に夕飯ご馳走させてください。その……作りたいものもありますし」

「そう? んじゃ、遠慮なく頼もうかしら」

 クレアがラッキーと言わんばかりにニッカリと笑う。

 彼女のこういうサッパリとしたところやっぱり好きだわ。


「本当に大丈夫か?」

 心配性な自称お義兄ちゃんはまだ疑いの眼差しで見るけど──「ジオルド君よりはできます」と返せば、何も言えなくなったようだった。


「じゃ、食材買って帰るか」

「はい!! あ、メルヴィ、ラウル。先に戻って、レイヴンと先生、それにジャンとセスターにも、私が作るからって言っておいてもらえますか?」

 先生は絶対に食べさせたい人だし、レイヴンたちにも今回のことでたくさんお世話になったからね。

「えぇ、わかりましたわ」

「食器の準備もしておきますね」

「ありがとうございます、二人とも」


 さて、たくさん買わなきゃ!!

 どうしてもあれを作りたかったんだ。

 私は皆に協力してもらって、大量の食材を買い占めるのだった。



 ──ジュー、ジュー……。

 グツグツグツグツ──……。


「ふんふんふーん♪」

 鼻歌まじりに、【焼く】と【茹でる】を同時に進行していく私を、椅子に座って見つめる友人たち。

 こんなに料理を楽しんでするの、初めてかもしれない。

 誰かのために作るのなんて初めてで、とっても楽しい。


「大丈夫か? あれ……」

「た、多分。私、一応胃薬持ってきとこうかしら」

「あ、俺のも頼む」


「聞こえてますよ!! アステル!! クレア!!」


 まったく……!!

 ──よし、焼き上がった!!

 後は盛り付けて──「完成です!!」


 皿の上には大きなハンバーグと茹で野菜。

 そしてライスにコーンスープ。

 我ながら良い出来だ。


「手伝う」

 お盆に乗せて皆の前へ運んでいると、見回りを終えた先生がやってきて配膳を手伝ってくれた。

「ありがとうございます、先生」

 やっぱりうちの先生、スパダリすぎる……!!


 皆の席に食事を行き渡らせて、私は先生の隣へと座る。

 チラリと横目で様子を伺うと、皿の上をじっと見つめたまま動かない先生。

「……これは……ハンバーグ、だな」

 それ以外の何に見える!?


「ん!! うまっ!! ヒメ、お前やっぱ俺の嫁に──」

「ならん」

「なりません」

 レイヴンの発言に私と先生の声がハモった。


「でもこれ本当に美味いぞ。魔物料理じゃないのに!!」

「ヒメお前、魔物焼くだけが得意料理じゃなかったんだな!!」

 ジャンとセスターは私を一体なんだと思ってるんだろうか。


「うちのシェフが作るよりも美味ですわ……!!」

「あんた、料理人になれるんじゃない?」

「レイヴン先生が嫁にって言うのもわかるな」

 驚きの声をあげながらもパクパクと食事を進めていく皆に、私はふにゃりと笑って返す。


 自分が作った料理を喜んでもらえるって、こんなに幸せなんだ……。


 ただ一人、先生だけは未だに一口も食べることなくそれを凝視していることに気づいて、私は「先生?」と声をかけた。


「あ、あぁ。……すまない。ただ……これを食べるのは──久しぶりな気がしてな」

 先生、基本朝はコーヒーだけだし、昼も夜も軽食で済ませちゃうもんね。

 成人男性なのに。

「ちゃんと食べてくださいね」

 私はそれから少しだけ声のボリュームを下げて、先生の耳元へと口を寄せて続ける。

「先生のために作ったんですからね? ……シリル君、ハンバーグ大好きみたいだったので……」

 少しだけ照れくさい。

 でも、先生の好物──今もそうなのかはわからないけれど──私が作ったものを食べて欲しかったんだ。


「……そうか……ありがとう」

 先生は短く礼を言うと、小さく切った肉をその整った口元へと運び──。


「……」

「……」

「……美味しい」

「!!」


 今、美味しいって……!!

 ゆっくりと優雅なナイフとフォーク捌きで口に運んでいく先生を見ているだけで、胸がいっぱいになる。


 心配していたんだ。食事よりも仕事を優先させてしまう先生を。

 15歳ではあんなにしっかりと食べていたのに──って。


「私のために、ありがとう。カンザキ」

 小さく贈られた言葉に、それぞれ食事と会話に夢中になっている皆はきっと気づかない。


 だけどそれでいい。

 私だけが、それを知っていれば。


 私はこの日初めて、自分の料理を食べながら、幸せを噛み締めたのだった──。

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