学園旅行〜シルヴァの魔石〜


 用意されたパンにウインナーを挟んでかまで焼き上げたホットドックを皆で食べて、今日はこれから全員で魔石加工工房へとお邪魔する。


 このカストラ村は魔石の採掘でも有名な村で、採掘された魔石は村の加工工房でドワーフ族の職人たちによって加工され販売されている。

 パルテ先生も昔むかしのそのまた昔、この村で加工業に携わっていたと聞いた。


「全員揃いましたかの? これから魔石工房に行き、魔石加工を体験する。事前に通達しておったように、加工したい魔石を所持しておる者は、その魔石を持ってきておるかの? ない者は体験用の魔石で加工体験をし、気に入ったものができれば購入することもできるからの。皆頑張っておくれ」


 パルテ先生が前で説明をしてくれている間も、パルテ先生の隣で先生に寄り添うラティスさんが気になって仕方がない。

 だめだ。

 見ちゃだめだ。

 でもパルテ先生を見てたら嫌でも視界に入ってくる……!!


「ヒメは魔石を持ってきましたの?」

 私が抱える手のひらサイズの箱に視線を落とすメルヴィ。

「あ、はい。アクアマリンを──」


 過去でシルヴァ様から最後にもらったアクアマリンのルース。


 直径10センチほどの大きなルースは、あれからずっと箱に入れて大事に保管していた。

 せっかくだし、自分で加工ができるのならば、自分でやりたい。

 だって、シルヴァ様から託された大切な【幸せの石】だもん。


「では皆、列になってクラスごとにまとまって行きますぞ」

「はーい」


 思い通りの加工ができると良いな。

 私はぎゅっと箱を胸に抱き、列になってついていった。




 カンカンカン──トントン、カンカンカン──。


「わぁ……」


 至る所から湯気が上がり、火花が散り、たたき入れる音が響き渡る。

 ただでさえ気温の高いカストラ村の中でも加工工房は更に暑い場所だ。


 ドワーフ族の職人たちがせっせと汗を流しながらそれぞれ魔石と向き合っていて、職人たちの無駄のない動きに思わず感嘆の声が漏れる。


「ようこそ皆さん。これから各グループに分かれて体験をしていただきます」

 へちゃげたような高い声をあげながら、ドワーフ族の職人さんが歓迎してくれた。


 各グループがそれぞれの担当の職人さんについて工房を歩いていく。

 私たちもグループの担当の職人さんについて、加工場まで案内される。


 あ、でもこのアクアマリン、あまり見られない方がいいのかも。

 よく見ないとわからないけどクロスフォードの紋が入ってるし、何で私がクロスフォード家の魔石持ってるの、ってなるわよね。

 特にジオルド君は。


「あ、あの」

 先頭を行く職人さんに声をかけると、職人さんはくるりと振り返って首を傾げる。

 私はすかさず彼に近づいて彼にだけ見えるように箱を開けた。


「こ、これは……!!」

 驚きアクアマリンへと視線が釘付けになる職人さんに、私は小声で説明をする。

「これを加工したいんですが、できれば誰にも見られないよう、個別で行いたいんです。……できますか? あ、でもこれ、いただいたもので、盗んだとかじゃ──!!」

「えぇえぇ、存じております。シルヴァ・クロスフォード様が、『私の魔力を込め作り出したクロスフォード魔石はとある方に差し上げた。その方がもし加工を願い出た場合は、それに応じるように』と、魔石加工業界に向けて発表しておいででしたから」


 シルヴァ様が……?

 あれ? でも記憶は消されてるはずじゃ……。

 どういうこと?

 なんで私に渡したことを覚えているんだろう。


「ではあなたはこちらへ。──パルテ殿!!」

 職人さんが向こうのほうでAクラスの生徒たちと一緒にいるパルテ先生を大声で呼んだ。

 トテトテという効果音が似合いそうなほどに、小さな体を揺らして小走りでパルテ先生がこっちへとやってきてくれた。


「なんでしょうな?」

「この方は別室であなたが見てやっていただけますかな?」

そう言って再び私の箱へと目をやると、パルテ先生もそれを見て驚きの表情を浮かべた後、納得したように深く頷いた。


「うむ。これはこちらの方が良さそうじゃの。ヒメや、ついておいでなさい」

「はい、よろしくお願いします」


 魔石加工が得意なドワーフ族の中でも最も魔石加工の上手いパルテ先生に指導してもらえるのはありがたい。


「皆さん、すみません。これは少し事情があってお見せできないので、私は別室で加工してきますね。少し時間がかかると思うので、終わったら先に遊びに行っててください」


 せっかく皆と一緒の体験学習だけどこればっかりは仕方ない。

 私はそう断りを入れると、不思議そうにしながらも皆了承してくれた。




 ──別室の作業場に案内された私は、椅子に座ってパルテ先生と向き合う。


「さてヒメや。これはまさか──」

「はい。クロスフォード家の紋が刻まれたアクアマリンです」

 私がそう言って改めて箱を開けパルテ先生に差し出すと、パルテ先生は再びそれを見ては力が抜けたように椅子に深くもたれた。


「はぁ〜……。やはり。では過去に飛んだ際、シルヴァ殿に?」

「私が過去に行っていたのをご存知で?」

「無論。わしとジゼル先生には、フォース学園長から話があったよ。わしらは元々姫君プリンシアの教育係でもあったからの。状況の把握はしておかねばならん」

 さすがフォース学園長。抜かりない。


「そうですか……。お察しの通り、過去でシルヴァ様に頂きました。“幸せにおなりなさい”──と……」


 そう言って私の手を握りしめたシルヴァ様の笑顔は、今も鮮明に思い出せる。

 優しい……、とても優しい笑顔……。


「そうか……シルヴァ殿が……。うむ、わかった。で、どんなものを作りたいのかの?」

「それは──……」





 ──トンカントンカン……。

 ゴリゴリゴリ──……。


 もうどれくらい経っただろう。


 私の額は汗でびっしょりだ。

 ひたすらに石を削り、磨き、加工する作業をもうずっと休むことなく続けている。


 あと少し。

 これで──。

「──できたぁっ!! ──うぁっ!?」


 加工が終わって思わず声をあげて立ち上がると、ずっと座っていたからかお尻と腰が重く痺れ、ふらついた私は近くの机に手をついた。


「大丈夫かの?」

「は、はい。それよりやりましたよ!! これでどうでしょう!!」


 パルテ先生は私から受け取った【それら】をまじまじと光に当てながら眺め、じっくりと確認すると、やがて満足げににっこりと笑って頷いた。


「素晴らしい出来じゃ」

「!! ありがとうございますっ!!」

 私はパルテ先生から【それら】を受け取ると、自分で磨き上げたものたちを見つめた。


 出来上がったのは3つの魔石。


 一つは次期クロスフォード家当主であるジオルド君に。

 丸い形に磨き上げ、剣に取り付ける剣飾りを作った。


 二つ目は先生に。

 こちらも同じように剣飾りだけれど、アクアマリンを桜の形に削りあげ、ブラックシルバーで黒縁を作って加工した。


 そして三つ目は私に。

 先生と同じ桜の形に削りあげ、縁はシルバーで作った、戴冠式たいかんしきで使うドレスにつけるブローチだ。


 あとはグローリアス学園に戻ってからそれぞれの魔石に守りの魔法を付与させたら完成!!


「じゃが、残りのルースは良いのかの?」

 大きなルースはまだ少しばかり残っている。

 これは加工せずに、先生に渡すつもりだ。


「はい。時期を見て、先生にお渡しします」

「じゃがこれは一度だけではあるが、クロスフォードの男子ならば作れる代物じゃぞ? お主が持っておっても──」

「いいえ」

 パルテ先生の言葉を遮って私は首を横に振った。


「シルヴァ様の魔力が詰まった大切な形見です。残りは先生に使って欲しい」


 私にはこれだけあれば十分だから。


「そうか……わかったよ。長時間よく頑張ったの。さぁ、皆のところへお行きなさい。もう夕方になる。船上レストランに行く準備をしっかりとしておくのじゃぞ」


 そう言ってにっこり笑ったパルテ先生に「はい!! ありがとうございました!!」と笑顔で返してから、私は魔石の入った箱を抱えて工房を後にした。

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