学園旅行〜軋む胸〜
ひとしきり海を堪能してから、私たちは水着の上に上着を羽織ってからカストラ村に買い物に行くことになった。
私はもちろん、着替えた時にかけてもらった先生の上着をお借りしている。
そばに行きたい。
その冬色の瞳で見つめてほしい。
名前を呼んでほしい。
あぁだめだ、先生が足りない。
「で、何作る?」
「ていうか、この中で料理できるやつ、手あげて」
はいっ!!
手を挙げたのは私とクレアとアステルのみ。
貴族はさすがに料理とかしないもんね。
流石の完璧超人ジオルド君も、そこは例に漏れないみたいだ。
「え!?」
「うそ……だろ!?」
「そんな……まさか、ですわ……!!」
何!?
なんで皆私を見て信じられないって顔するの!?
「見栄を張るな。お前絶対料理とかできないだろう」
ジオルド君が私の肩にぽん、と手をやる。
「ぬぁっ!? し、失礼ですね!! こう見えて私、一人暮らししてたので料理とかできちゃうんですよ!! ……簡単なのなら」
施設を出てからは一人暮らしをしていたから、嫌でも自炊はしてたのよ!!
ちなみに得意料理はハンバーグ!!
私の大好物だからね!!
そういえば過去でもシリル君がハンバーグ好きだったのよね。
……先生に作ったら……食べてくれるかな?
「そ、そっか……お前、苦労したんだな……」
「だからあんな魔物捌いて焼くの上手いんだな。納得したわ……」
おいアステル、マロー。
「私、何も魔物を主食に生きてきた訳じゃないですからね!?」
どんなサバイバル生活よ!!
「じゃ、簡単なところでカレーでも作りましょっか」
おぉ!!
修学旅行の定番、カレー!!
この世界でもそれが体験できるなんて嬉しい!!
この世界のカレーは、作り方はあちらの世界と同じだけれど、固形ルーがない。
固形ルーの代わりに【カレルの実】を入れて煮込むのだ。
そうしたらカレーと全く同じ味と匂いで、色は白いカレーが出来上がる。
この【カレルの実】。
前王で元祖転移者である私のおじいさんが研究して作り上げたらしい。
おかげでこっちに来ても食事シック起こすことなく住めてます。
ありがとう、おじいちゃん。
どこか中東の市場を思わせる雰囲気のカストラ村の市場。
色とりどりのテントが貼られ、所狭しと店が立ち並び、活気に満ちている。
皆でまわる市場はとても楽しい。
こう……毎日戦いに明け暮れてる身としては、こういうひと時があると若返るよね。
青春万歳。
野菜も買ったし、カレルの実も買ったし、あとは肉を買うだけ!!
「ん? あれ? あれって──……」
「ん? ……っ!! 馬鹿アステル!!」
アステルが何かを見つけて、クレアがそれを遮るように声をあげる。
どうしたんだろう?
私が2人の視線の先を辿ってみると──。
「っ!!」
あれは先生──と──ラティスさん!?
なんで?
なんで2人で市場にいるの?
レイヴンは?
奴は何してんの?
少し離れたところでラティスさんが腕に絡みつきながら市場を歩く先生の姿。
私たちに気づいてはいないみたいだけど、少しずつこっちに近づいてくる。
え、いやだ。
間近で見たくない。
それでも視線は『そこ』から離れてはくれない。
するとラティスさんの瞳が私たちをとらえた。
「あら、あなた達グローリアス学園の子達ね? 食材を買いに来たの?」
「え、えぇ。あとは肉を買って終わりです」
クレアがチラリと私を気にしながらも答える。
「ふぅーん……。あ、ならここがいいわよ安くて新鮮で!! おじさーん!!」
ラティスさんがすぐ隣の肉屋に声をかけると、店の奥から恰幅の良いおじさんがのそりと出てきた。
「はいよー!! って、ラティスちゃんじゃねーか。すんごい美形連れてるなぁ!! 彼氏か?」
「かっ!?」
彼氏!?
ミシリ……。
私の中心が音を立てる。
「ヤダァおじさんったら!! そう見えます?」
否定してよ。
先生も黙ってないで否定……って、なんで私の服見てるの?
あぁ、上着借りっぱなしだから?
返せって暗に言ってる?
……返してやんないっっ!!
「おい貴様。この女と兄上が恋人など、馬鹿げたことを……。命が惜しければそのような戯言は慎むことだ」
絶対零度のジオルド君の瞳が店主に向かう。
やばい、殺る気だ……。
いやいやいや、一般人相手に何言ってんの!?
「うっ……ち、違ったのか、そいつぁすまねぇ」
「いいのよおじさん、未来なんて誰にもわからないんだから」
ラティスさんが笑顔で店主に言う。
「……」
未来。
あぁ、エリーゼと先生がくっつく未来なのよね。
そのために私、頑張って……。
ミシリ……。
また一つ、私の心が音を立てた。
「貴様のようなものが兄上と、など、笑わせてくれる。僕は認めないからな」
「いいわよぉ。こう言うのは本人同士の問題だもの」
本人同士。
え、待ってもうそこまでの仲だってこと?
もうわけわからん。
「兄上も何か言ってください!!」
イライラし始めたジオルド君が先生に抗議するように声をあげる。
「あ、あぁ。肉を買ったら、早く調理に取り掛かるように。昼食が間に合わなくなるぞ」
違う。
そこじゃない。
本当、どうしちゃったんだろう、先生……。
あぁなんかもう嫌だ。
少しずつ私の目に熱がこもり始める。
まずい。
これは……。
「ごめんなさい皆、私、先にお野菜持って戻ってますね。お肉のことは任せました」
極力目をみられないように視線を伏せて皆に断りを入れる。
「は? お、おい、まだ……」
「えぇ、わかりましたわ。ジオルド様、ヒメをお願いします。私たちもお肉を買ったらすぐに追いかけますわ」
引き留めようとするアステルを、メルヴィが制してジオルド君に言った。
「あぁ。後を頼んだ。行くぞ、ヒメ」
ジオルド君は野菜の入った袋をマローから受け取ると、私の手を引いて来た方向へと歩き始めた。
「お、おい……!!」
先生の声が聞こえた気がしたけれど振り向くことはできなかった。
私は赤くなり始めていたであろう目をみられないようにして極力顔を伏せたまま、転ばないように必死にジオルド君についていくのだった。
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