【Sideシリル】とある騎士団長兼教師の再会


 あれが姿を消して今日で1週間。


 彼女が消えた日のことを思い出さない日などなかった。


 授業中も、騎士団での仕事中も、彼女ならどう答えるだろう、どう戦うだろう、と、事あるごとに思考に入り込んでくる変態娘。

 全く、厄介な……。


 そして厄介なのは彼女だけではない。


「シリルー!!」

「クロスフォード先生ー!!」


 あぁ、またか。


「レオンティウス。聖女クレア」

 厄介筆頭二人組。


「まだヒメは帰ってこないの!?」

「もう1週間ですよ!?」


 うるさい。

 こっちが聞きたいくらいだ。

 1日に1回はカンザキの行方を聞いてくるこの二人組に、私は頭を悩ませている。


「知らん。そろそろ帰ってくるだろう。大体なんで私に聞く? そう言うことはフォース学園長に聞け」

 そう突っぱねるも、彼らはこれで諦めるような人間じゃない。


「だってヒメにべったりなのはクロスフォード先生ぐらいじゃないですか!!」

「私がべったりなんじゃない。あの小娘が勝手についてくるんだ」


 どうもこの聖女は苦手だ。

 私に好意を持っていないのがよく分かる分、気は楽ではあるが、畏怖する者も多い私に対してもズケズケとした物言いをしてくる。

 類は友を呼ぶのだろうな。

 ……結局あの小娘の影響か。


「はぁ……やっぱり今日もだめ、か。シリル、ヒメが帰ってきたらすぐに知らせなさいよね!!」

 そう言って肩を落とすと、レオンティウスは私たちに背を向けて去って行った。


 まったく……わざわざ学園の方にまで来て毎日確認することもなかろうに。

 カンザキが旅立ったと知って、レオンティウスは明らかに動揺し、苛立ちを見せていた。


 私の前から姿を消す少し前、彼女はレオンティウスを避けているようだった。

 きっと何かあったのだろう。

 そしてそれが解決されぬまま、彼女は行ってしまった。


「先生。ヒメのこと、よろしくお願いしますね」

 責めるような目で見上げる聖女に、私は眉間に皺を寄せる。


「──言われなくとも」


 私が短く返すと、まだ納得していない様子ながらも、彼女は私に一礼してからその場を後にした。





 今日も一日空っぽのまま、淡々と授業や騎士団の仕事をこなした私は、そのままの足で聖域にやってきた。


 もうすっかり葉になってしまったサクラが夜風に凪いで、それに添うように足元ではセレニアの花が揺れる。


 初めて姫君プリンシアと会った日。

 彼女と撒いたセレニアの種。

 いつの間にかこんなに広がり咲き乱れるようになったと気づいたのは、カンザキと出会い、ここに再び来るようになってからだった。


「はぁ……私は何をやっているんだ……」


 毎日この場所に来ては、思い出すのが姫君ではなくあの小娘のことだなんて。


 カラコロと瓶の中のガラス玉のような声が、記憶から溢れ出す。


『君にだけは知られたくなかった』

 私の言葉に、最後に見た彼女は──とても、傷ついたような顔をしていた。


 私は自分の口からは何も詳しいことを説明するわけでもなく、そして彼女の口から何も聞こうとすることなく、ただ傷つけてしまった。

 あの笑顔を……曇らせてしまった。


 私は不意に深い闇に染まった空を見上げる。

 あぁ、今夜は満月か……。


 そういえば、鬼神様は月に帰ったと言い伝えられている。

 鬼神様が帰ったのも、こんな丸い月だったのだろうか。

 この月はどこか違う場所へと通じているのだろうか。

 もしかしたらこの月を辿れば、カンザキを見つけに行けるのではないか、そんならしくないことまで考え始めたその時だった。



「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!」



 ────月が喋った。



 幻聴か?

 彼女の──カンザキの声が聞こえた気がした。

 私はじっくりと耳を済ませる。



「い〜〜〜〜〜〜〜〜やぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 やはり聞こえた。

 私は今度はよく目を凝らして大きく輝く満月を見上げる。

 すると……。


「キャァァァァァァどけてぇぇぇぇぇ!!」


 はっきりとした叫び声と共にだんだんと近づいてくる少女の姿。


 長い黒髪。

 桜色の瞳。

 銀縁に黒曜石がはめられたマント飾り。


「っ……カンザキ──!!」

 

 思わず声を上げると、彼女の桜色の瞳が私をとらえ、大きくふるりと揺れた。


 そして、風魔法を纏いながらも勢いよく落ちてきた彼女を、私はしっかりと両腕で抱きとめた──。


 柔らかく暖かな感触が腕の中で肩を上下させながら息をする。

 そのまま私は彼女を力一杯に抱きしめた。


 1週間どこへ行っていた?

 何をしていた?

 なぜ何も言わずに?


 言いたいことは山ほどあったのに、何も口をついて出てこない。


 もぞもぞと腕の中の少女が身体をよじり「せ……先生……?」と確かめるように声を鳴らした。


 あぁ、そうだ。

 この声だ。




「……おかえり。────バカ娘」




──後書き──


皆様いつも応援いただきありがとうございます!

人魚無双三章完結です!!

最後は一章の「私の帰る場所」とリンクしてみましたが、お気づきになりましたでしょうか( ´ ▽ ` )?

感想やフォロー、評価、レビューなどしていただけるととても励みになります……!!


☆4章の予告☆

2章でヒメちゃんへの想いを自覚したシリル先生。

3章でヒメちゃんは過去へ行きましたが、もちろんシリル先生の中では記憶がありません。

が、4章では想いを自覚した先生の無意識な溺愛が加速!!

甘くアダルティなイベントも発生しつつ、ヒメちゃんのハイテンション変態具合も健在です!!


グレミア公国との戦争回避のためにタスカと会談を行ったり、戦ったり、レオンティウス様ときちんと話し合ったり、もちろんクレアやメルヴェラ、マローたちとの友情や、ジオルドとの家族愛も!!

4章もてんこ盛りでお送りします!!


四章開始をお楽しみに待っていていただけると嬉しいです!!



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