私と彼の1週間ー5日目ーあの日の目撃者ー



 エリーゼと二人きりになってしまった。

 なんだか少しだけ緊張しながらも、私は彼女と一緒に敷物を敷き、バスケットの中の料理を並べる。


 なにを話せばいいだろう。

 もう私キャパオーバーなんだけど。


 だって先生の思い人だよ!?

 ゲームでは彼女の名を呼びながら死んじゃったくらい愛してた人だよ!?

 先生と婚約間近と言われていた人で、しかも聖女!!


 これが緊張せずにいられるかってのよ!!


「ヒメは──」

 少しの沈黙の後、先に口を開いたのはエリーゼだった。


「ヒメは、シリルと仲が良いのね」


 まさかのシリル君の話題キタァァァァァ!!

 なんて答えるべき!?


 当たり障りなく、“推しなので”?

 それとも本気で、“愛しているので”?

 いや修羅場!!

 修羅場になっちゃうから!!


 正解が……正解が見えない!!

 どうする私──!!


「ふふ。面白い顔」

 脳内会議を開く私を見てくすくすと綺麗な笑みを浮かべて笑うエリーゼ。

 はっ!! 私ったらこんな美女の前でなにを……。


「あの女嫌いのシリルが私以外の女の子と一緒にいるところなんて、初めて見たわ。一体なにがあってそんなことになったのかしら?」

 探るようにアメジストの綺麗な瞳が私を捉える。


 うっ……言えない。

 事故チューした上、フォース学園長が世話役を押し付けてしまっただなんて。


「し、シリル君は、優しいですから」

 当たり障りなく出てきたのはそんなありふれた言葉。

 それに対してにっこり笑って頷いたのはエリーゼだ。


「そうね。シリルは優しい。だからあの日、私を振り切ってあなたのところへ行った彼を見て驚いたわ」

「あの日?」

「えぇ、昼食であなたが食堂を出て行った日」


 あぁ、あの修羅場か。

 シリル君、私がレイヴンたちに捕まったところを助けてくれたけど、エリーゼのことを振り切ってきてくれたんだ。

 彼女より私を追ってくれたことに少しの喜びが胸に灯る。


「シリルは筆頭公爵家でしょ? 結婚するのは王家の人間か聖女ぐらいしか釣り合う人間がいないの。だから必然的に私と結婚することになるのだけれど、なかなか振り向いてくれなくて……。ヒメが羨ましいわ」


 あれ?

 王族がいないってことは、確か限られた人しか知らないんじゃ……?

 なんでエリーゼは、もう王族がいないかのように、自分と先生が結婚することが決定事項かのように話すの?

 小さな違和感が生まれる。


「あの……なんで王族じゃないんですか?」

「え?だって王族はもういないもの」

 けろりとした表情で、彼女は綺麗に微笑んだ。


「あ!! これは秘密事項だったわね。ごめんなさい、忘れて」

「あ、いえ。私は知っている人間なので、大丈夫です。エリーゼが言っていたように秘密事項なのでなんで知っているのかなと思ってカマをかけさせてもらいました。ごめんなさい」


 私が素直にカマをかけたことを謝ると、彼女は少しだけ困ったように笑ってから静かに口を開いた。


「そっか、あなたはフォース学園長の知り合いの子だものね。あの人から聞いたとしても不思議じゃないか。……私ね、いたのよ。あの場に。王と王妃、そして姫君プリンシアの最期を、私は見たの」


 は?

 見た?

 王と王妃、それに私の最期を?

 なぜ彼女が?

 確か、魔力制御がまだ不完全だった幼い私には、大賢者であるフォース学園長に大司教、教育係だったジゼル先生やパルテ先生以外簡単には会えなかったはず。

公爵家であっても、従兄であるレオンティウス様や婚約者候補である先生しか会えなかったらしいし……。



「あの日ね、私、シリルにわがまま言って、彼が姫君と顔合わせするために城へ行くのについていったの。で、シリルが姫君プリンシアと会っている間、客間で待っていた私は、姫君プリンシアを見てみたくなったのよ。シリルの相手がどんな人なのか気になって。そしたら迷子になっちゃって。気づいたら私は、王の間にいたの。そして現場に出くわした」


「じゃぁ犯人も!?」

 私が食い気味にたずねると、彼女は眉を下げて首を横に振った。


「見てないの。気づいたらすでに白い炎に包まれていたから……。でもはっきり覚えてる。王と王妃の悲鳴。うっすらと見えた、黒髪に赤い瞳の姫君プリンシアが炎に消える場面……」


 あぁ、だから初めて私がエリーゼに会った日、私を見て驚いていたのね。

 その時の光景を思い出しているのか、青白い顔をして両腕を抱き抱えるエリーゼ。

 

「大丈夫ですか?」

「えぇ。ありがとう。あなたのその明るさと優しさのおかげかしらね。最近シリルが丸くなったのは……。これなら少し安心して結婚できそうよ」


 ありがとう、と礼の言葉をつけ加えながら言う彼女に、私はなにも返すことができなかった。

 二人をくっつけるために、先生を愛する人と結ばせるために生きるんだと息巻いていたくせに、実際結婚の話を当事者から聞かされると、結構クるものがある。


 それからすぐにレイヴンたちが無傷で帰ってきて、わいわいとピクニックが始まったものの、私は自分が何を言っていたか、なにを食べてどんな味がしたか全く覚えていない。


 心をどこかに置いてきたままになっていたみたい。


 そして何事もなくピクニックを終えた私たちは、再びダンジョンを抜け、転移陣でグローリアスへと帰るのだった──。

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