私と彼の1週間ー1日目ー呼び名ー



 グローリアス学園の食堂は、時を遡っても変わることのない様子で、長い間このままの姿で、生徒や教員、騎士達を迎えてくれていたのかと思うと、なんだか少し感慨深い。


 そして先生はもはやお決まりになった隅の方の席へと迷わず進み、座った。

 昔からこの席だったのね、先生。


「座れ。何か食べるぞ」

「あ、はい!! あぁ……15歳の先生と食事……!! 幸せすぎて死ぬ……」

「好都合だな」

「死ぬなって言ってくださいよぉぉ!! 師弟でしょぉぉぉ!?」

「何を訳のわからないことを……」


 呆れながら先生はメニュー表に触れる。

 私もすぐにいつもの要領で目の前のメニュー表のハンバーグ定食に触れると、机の上にはあっという間に白い湯気を出したほかほかのハンバーグ定食が2セット現れた。


「あ……先生もハンバーグにしたんですね!!」

 

 学園では大人の先生はあまりしっかりと食事をしないので、この光景は新鮮だ。

 お屋敷にいるときは出された料理をきちんと完食するのに学園では基本少量のものとコーヒーだけなんだから。

 私もベルさんも心配していたところだ。


 さすが。

 やっぱり若さか……。


「ジロジロ見るな変態。良いだろう、私が何が好きでも!! 君には関係ない」

 顔をほんのり赤く染めてから、ジロリと私を鋭く睨みながら眉間に皺を寄せる先生。


 好きなんだ……!!

 ハンバーグ……!! 

 か、可愛すぎる……!!


 こんな可愛い少年の初めてを奪ってしまったのか私はぁぁぁっ!!


「はぁ……先生、可愛いです」

 思わず心の中の声が口から漏れ出て、それにまた眉間の皺を深くする目の前の少年。



「──シリル」

「え?」

「先生じゃない。シリルでいい」

 ぶっきらぼうに言い捨てる先生。


「え……良いんですか? 先生、名前は自分が認めた人以外に呼ばれたくないんじゃ……」


 だから私はずっと先生を先生と呼んでいる。

 彼がどれだけ人間との関係を築くのを拒んでいるか知っているから。

 そこが私にとっての、先生との関係においての一つの線引きだった。

 彼が嫌がることはしたくなかったから。


「本人がいいと言ってるんだ。これからしばらく面倒を見るなら、長たらしい家名よりも言いやすい方が便利だろう」


 あ、はい。

 そうですね。

 利便性ですよね。


「じゃぁ──シリル……くん?」

 言葉に出すだけで顔に熱が集中して、気恥ずかしさが湧き上がる。


「照れるな変態」

「むぅ。私はヒメです。ヒメ・カンザキ。変態じゃありませんよぅ」

「いや変態だろう。まぁいい。冷めるからさっさと食べろ、ヒメ」

「!!」


 ヒメって!!

 先生が私を──ヒメって!!


 私、もう悔いはないかもしれない……。


「気色の悪い笑い方をするな」

「だって幸せなんですもん。夢なら醒めないでほしいくらい」

「永遠に眠っていろ」

「ひどいっ!!」


 そんな会話を繰り広げながら、私は一口大にしたハンバーグを一欠片口に入れる。


 楽しく食べる食事がなんだか久しぶりのように感じる。

 ここのところ、考えることが多くて食事の味すら感じられない状態だったから。


 本当に夢なんじゃないだろうか。

 私はそう思いながらも今ある幸せを噛み締めながら、咀嚼そしゃくを繰り返す。



「それにしても、ずいぶん慣れてるんだな。注文も迷わずしていたし……。前にも来たことがあるのか?」

「あぁはい、毎日……ぁ、いや、前に一度だけ!! 学園長に案内してもらったので覚えてるんですよ!! は、はは……」


 我ながら苦しい言い分だ。

 でも仕方がない。

 毎日お世話になってまーすだなんて、口が裂けても言えない


「そうか。なら学園内の案内はいらないな。手間が省けた」

「それが本音ですね!?」


 15歳の先生は、まだ色々と背負いすぎてない分、なんだか少し人間味があってとても正直だ。

 可愛いなこのやろう。


 何年経っても変わることのない味を堪能しながら、私は横目で食堂の様子を伺う。

 ちらほらと人が座ってこちらを見ているけれど、全てが騎士だ。

 生徒の姿は見当たらない。


「あの、なんでこんなに人がいないんですか? この時間帯ならもう少し人がいてもいいようなのに」

「は? 君は馬鹿か? 生徒は皆家に帰っているに決まっているだろう。夏休みなんだから」 


 夏休み?

 と言うことはこの時代の時期としては、10年後と同じってこと?


「まぁ、それもあと二日。明明後日からはここも生徒でいっぱいになるだろう」


 やっぱり、日付は未来と同じで、年代だけ違うってことか。


 私はふと先生──シリル君の皿を見ると、すでに彼の皿は空っぽになっていた。

 早っ!!

 食べ盛りの男子、恐るべし。


 シリル君をお待たせするわけにはいかない!!

 私は勢いよくご飯を口の中へと掻き込んだ。


「おまっ!! ゆっくり食べろ!! 喉に詰まったらどうするんだ馬鹿」


 焦ったように私の行動を諌めるシリル君。

 こういう面倒見のいいところ、やっぱり先生だなぁ……。


「ふふ」

 思わず笑みが溢れる。


「とにかく、待っているからゆっくり食べろ。食べたら部屋まで送る」

「え? 手間が省けたんじゃ……」

「こんな夜に女性一人で歩かせられるか馬鹿」


 呆れたように息を吐きながら言うシリル君。

 紳士だ……。


 顔は先生なのにツンデレ紳士具合が絶妙にジオルド君で、改めて二人が兄弟なのだと納得する。



 結局私はシリル君と話をしながら食事を楽しむと、グローリアス学園校舎にある先生の部屋まで送ってもらった。


「じゃ、また明日の朝迎えに来る」

「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」


 ドアの前でシリルくんと別れて私は見慣れた扉を開く。


「……空っぽ」


 未来では先生の部屋であった場所には何もない。

 ベッドもソファもローテーブルも、先生の仕事机も。

 当たり前だ。

 だって今は先生は先生じゃないんだから。

 それでもなんだか少し寂しくて、私は急いで続き部屋である自分の部屋へ続く扉を開けた。


「おぉ……すごい……」


 私が未来で使っていた部屋とそっくりそのまま同じ内装になっている。

 ご丁寧に先生の等身大抱き枕まで……!!


 学園の意思、グッジョブ……!!


 そして私は、思い切り先生の等身大抱き枕が待つベッドへとダイブするのであった。

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