婚約披露パーティーー研がれる敵意ー


「あれ? 先生は?」

 ジオルド君達のところへ戻ると、先ほどまでシード公爵と話していたはずの先生の姿が見当たらない。

「あぁ、さっき騎士団への指示を魔法で飛ばしてくるって、テラスの方に……」


 先生もレオンティウス様もレイヴンも不在の騎士団。

 今は他の隊長さんや騎士達が彼らの分も働いているみたいだけれど、流石に騎士団長である先生は完全には休めないのだろう。

 ここに来る間の馬車の中でも、次々と伝達魔法で各方面に難しそうな指示を出していたのを思い出す。


 ジオルド君が先生を探すように会場を見渡して「……ぁ……」一点を見つめたまま固まってしまった。

 私もその視線を辿って見ると──。


「あ……」


 いた。

 先生の腕には胸元を大きく開けて強調させた真っ赤なドレスを纏ったセレーネさんが絡みつき、周りにはたくさんの着飾った女性達が先生を取り囲んでいる。


「以前は常に冷たい雰囲気を出していましたから、クロスフォード公爵のことは観賞用として遠くから見ている方がほとんどでしたのにねぇ」

 頬に手を当てながら、ダンスを終え一旦こちらに下がってきたらしいメルヴィが言う。

「5年前のうちでのパーティーでシリルの側にヒメがいるのを見て、自分もっていう輩がどんどん増えてきたからなぁ」

 呆れたようにそれを見つめながらレイヴンがため息をつく。


 なっ……!!

 あんなに胸を押し付けて!!

 私の先生に!!

 今日は私だけの先生なのに!!

 パートナーである私の許可もなく!!


「? ヒメ?」

「おい、やばくねぇか?」


 今の私はもはや無だ。

 能面のような顔になっている自覚はあるがそれでもいい。


「お、おいちょっと、待て馬鹿!!」


 私はジオルド君の制止を無視して、スタスタとハーレムを築いている先生の元へと歩いていった。


「公爵様、どうか私と踊ってくださいな」

「私もぜひ」

「私少し疲れましたの。この後一緒に休憩室でも……」


 ほほう?

 好き放題言ってくれちゃって……。


「あら、シリル様は私の夫になるのですわよ!? あなた方などお呼びではないですわ!!」


 聞き覚えのある甲高い声は、もちろんセリーヌさんのもので……。


 あぁ、もう、どいつもこいつも。



「いい加減に──」

「お呼びでないのはあなたも同じですよ、セレーネさん」

 先生が苛立ち始め、何かを言いかけたのを私が遮る。

 自分でも驚くほどの低い声が出てしまった。


 視線が一気に私に集中する。


「カンザキさん!」

「その人は私のパートナーなので、返してくださいね」

 私はにっこりと笑顔を作る。

 なんでこうもイライラするのか。

 今まではこんな感情、すぐにストップをかけることができたのに。

 これは危険だ。

 いずれくるその日を思えば、邪魔な感情だ。

 なのにそのイライラは溢れるばかり。


 なおも離れようとしないセレーネさんや貴族連中に向けて、もう一度口を開こうとしたその時──。


「私も、これ以外と踊る気はない。迷惑だ。凍らされたくなければ、大人しく散れ」

 先生が鋭く睨み冷たく言い放つと、女性たちは青ざめ、皆そそくさとその場から去っていった。

 ただ一人を除いて──。



「シリル様? 私、踊ってくれるまで諦めませんわよ」

 グッと腕に力を込めるセレーネさん。

 それはもはやただの執着のよう。


「セレーネ、ここにいたのか」

 野太い男性の声とともに、恰幅の良い一人の小柄な男性がこちらへと歩いてくる。


「お父様!!」


 セレーネさんのパパン!?

 ……似てない……。

 遺伝とはなんぞ……。


 私が驚きで何も言えなくなっていると先生がセレーネさんのお父さん、パントモルツ伯爵に向かって口を開いた。

「パントモルツ伯爵。娘の教育はどうなっている? 婚約話は何度も断っているはずだが、おたくの娘はきちんと解釈していないようだぞ」

 不快そうに眉を顰めると、先生は自身の右腕からセレーネさんを力づくでベリッと引き剥がした。


「お言葉ですがクロスフォード公爵。貴方ほどの地位と美貌を持ったお方であれば、うちのセレーネこそが釣り合うというもの。パントモルツ伯爵家は古くから続く家柄ですし、この子の祖母の出身地は今急成長を迎えている隣国グレミア公国。セレーネと結婚すれば、公国とのパイプ役にもなれましょう。そして何より、うちのセレーネはこの通り美しい」


 パントモルツ伯爵が言うとセレーネさんが期待を込めた眼差しで先生を見る。

 セレーネさんのおばあさんがグレミア公国出身……。

 その情報に私は妙な胸騒ぎを感じる。

 普段のセレーネさんの様子から、今のグレミア公国の不穏な動きとは無関係なんだろうとは思うけれど……。


「必要ない。それに、クロスフォード公爵家はジオルドが継ぐ予定だ。私に妻などはいらん」

 それを聞いてパントモルツ伯爵は鼻で笑ってから「あぁ、あの平民との不義の子ですか」と嘲笑うように吐き捨て、少し離れたところでこちらの様子を伺っているジオルド君に視線を移した。


「ジオルドを貶める言い方はやめろ」

「ですが、筆頭公爵家であるクロスフォードをそのような血が継ぐなど……。そこの平民の娘を連れているだけでも汚点だというのに」

 そう言って今度は私を蔑むように見下すパントモルツ伯爵。

 

 このおっさん……!!

 私のことはいい。

 ジオルド君をそんなふうに言うなんて……!!

 私が言い返そうと一歩前に出たその時、と私の目の前を漆黒が遮った。


「私はこれが汚点だと思ったことなどない。ジオルドも、そしてカンザキも、クロスフォードにとって大切な存在だ」

 そう言ってくるりとこちらへと身体を向け私の手を取る先生に、私の鼓動が大きく跳ねる。

「今後一切、私に釣書を送ってくることは許さん」

「シリル様!!」

 パントモルツ伯爵を見ることなく言い放ち私を連れて行こうとする先生に、セレーネさんの悲痛な声が呼び止める。


「私の名を気安く呼ぶなと、何度言えば理解できる? パントモルツ伯爵令嬢。……不愉快だ。行くぞカンザキ」


 そう言うと先生は私の手を引いて、こちらを見守るジオルド君たちの元へと足速に向かう。


 鬼のような形相で私を睨みつけるセレーネさんを振り返ることもせずに──。

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