桜の花を君に──



「よくお似合いですよ、お嬢様」

 ベルさんが鏡の中の私に優しく微笑む。


「えへへ、ありがとうございます」


 今日はこれからシード公爵家でメルヴィとラウルの婚約披露パーティーが行われる。

 それに出席するため、私はベルさんに支度を手伝ってもらっていた。


 先生の瞳の色であるアイスブルーを基調に、髪色である銀色の糸で裾に細かな刺繍が施されている素敵なAラインのドレス。

 黒いレースフリルが裾を彩り、少しばかり大人っぽく仕上がった。

 マリアさんとジオルド君の力作だ。


 長い黒髪は編み込んでアップにして、化粧も少しだけしてもらった。


「へぇ。良いじゃないか。さすが僕がデザインしただけの事はあるな」

 背後から声がして、私は勢いよく振り返る。

「ジオルド君!!」

 ノックも無しに入って腕を組んでこちらを見ているのは、正装に身を包んだジオルド君だ。


「兄上が待ってるぞ。ホールまでエスコートしてやる。ありがたく思えよ」

 上から目線でそう言って腕を差し出したジオルド君に、私は苦笑いを浮かべながらも「よろしくお願いします」と手を添えた。




 先生は綺麗だって思ってくれるだろうか。

 ドキドキしながら、私はジオルド君に手を引かれ、玄関ホールへと降りる。


 そこにはすでに、正装に着替えた先生の姿が──。

 いつもと同じように黒を基調とされているのに、刺繍や装飾が凝っているだけでとても新鮮に映る。

 そしてとてもかっこいいんだから困ったものだ。


私が先生を見つめながら階段をゆっくりと降りていると、それに気づいた先生と視線が交わった。


「!!」

 大きく開かれるアイスブルーの瞳。

 そしてなぜかそのまま先生は固まってしまった。


「あの……どう……ですか?」

 私が不安になりながらも先生に尋ねると、先生はすぐにハッと思考を浮上させ口を開いた。

「あぁ……とても美しい」

 無表情ながらも少しだけ血色の良い顔をして、先生が言う。

「あ……ありがとう、ございます」

 

 美しい!!

 今、美しいって!!

 あの先生が……!!


 私も先生もそれ以上声を発することができずしばらく二人見つめ合っていると、ジオルド君が盛大にため息をついた。

「はぁぁぁぁ……。兄上、僕は先に馬車に乗って待っているので、ヒメをよろしくお願いします」

 そう言ってジオルド君は、私の肩をぽん、と軽く叩いてから、屋敷の外へと歩いて行った。


「……」

「……」


 残された私たちの間にしばしの無言の時が駆け抜ける。


「……カンザキ、これを」

 唐突に差し出されたのは、ローズクォーツで作られた二組の桜の髪飾り。



「遅くなったが、私からのカナレア祭の花だ」

「カナレア祭の?」

「本当はあの日、桜の木の下で渡すつもりでいたのだが、思わぬ邪魔が入ってそのままになってしまった」


 忌々しげに語る先生。

 あぁ、あの時の……。

 一週間前の出来事を思い出す。


 あのままレイヴン達が来なければ、今頃──。

 無意識に、指先で自身の唇にそっと触れる。

 ぬあぁぁぁ何を思い出してるんだ私!!


 一人悶々としていると、先生が首を傾げて「もらってくれるか?」と尋ねた。


「は、はい!! ありがとうございます!! 先生!!」

 私が勢いよく顔を上げてそういうと、先生はフッと薄く笑ってから、その髪飾りを私の両耳の少し上に飾った。


「よく似合っている」


 ぷしゅぅ〜〜〜と音を立てて白い湯気でも上がるのではないかと言うほど顔が熱い。



 甘い。

 甘いよ。

 最近先生がどんどん甘くなってくるよ。

 なんで!?

 まさか……過労でついに精神やられた!?


「はぁ……君はまた変なことを考えていたのではあるまいな?」

「へ? あ、いいえ、なんでも」


 エスパーか。


「そろそろ行くぞ。置いていかれたくなければぼーっとするのは後にして、早く来なさい」

「は、はい!!」


 私は差し出された先生の大きな手のひらに、そっと自分の手を重ねると、ふにゃりと笑った。

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