めぐりめぐったプレゼント


 コンコン


 目の前にそびえる大きくて重厚な扉を軽くノックすると「どうぞ」と穏やかな声が返事をした。


「失礼しまーす」

 一言声をかけながら私はその見た目が重厚なわりに軽い扉を開け、入室した。


 左右の壁いっぱいに本がびっちり詰まっているこの学園長室。

 部屋いっぱいに本特有の乾いた匂いが充満していて、どこか安らぎを感じられる。


 部屋の中央にはローテーブルと応接ソファが向かい合っていて、そのローテーブルの上には大量の箱の山が積み重なっていた。

 ソファの左側に座っている見た目少年のフォース学園長がこちらを見て「おいで」と促す。



「年々溜まっていく箱をどうにかしてくれって、森の住人たちからクレームが来てるよ、ヒメ」


 初めて転移した時に部屋に散乱していた数字の書かれた箱は、気味が悪いので聖域の隅の茂みの中に隠していた。

 不思議なことに、その箱は一年に1つずつ増えているのだ。

 すっかりと忘れていた。


「開けてみな。君のだよ」

「でも……」

「良いから。あの部屋にあったんだから、君のものだ。さぁ」


 フォース学園長に促されて、私は一つ、4の数字が書かれた箱を手に取り、ゆっくりと恐る恐るリボンを解き、開いていく。


「クマ……?」

 出てきたのはピンクのリボンを首に巻いた白い熊のぬいぐるみ。

 ふわふわと抱き心地の良いそのぬいぐるみはほのかに森の爽やかな香りが混ざっている。


「おや、可愛いクマさんだね」

 フォース学園長が覗き込んで声を跳ねさせる。

「ほらほら、まだまだあるよ、ヒメ」

 まるで自分のプレゼントを開けているかのように楽しそうなフォース学園長に苦笑いを零しつつ、私は一つひとつ、5、6、7……と番号の順に開けていく。


 絵本にお姫様の人形、赤いリボンの髪飾り、大人サイズの素敵なオフホワイトのドレス……。

 どんどん大人向けになっていったその箱の中身。

 

 ずっと聖域に置いてあったからか、どれも最初のぬいぐるみに感じたものと同じ、森の香りがほのかに香っている。

 聖域に置いていたにもかかわらず、カビたり汚れたりしていないあたり、おそらくこの箱には保存魔法がかかっていたのだろう。


 そして私は、最後の15と書かれた大きく細長い箱に手をかけた。

 シュルシュルと銀色のリボンを解いていく。


「これ……」


 私は箱の中身を手に取り持ち上げる。

 ずっしりと重みのあるそれは、少し小ぶりの、だけど女性が持つには丁度いいサイズの────日本刀。


 黒く艶やかに光るさやからゆっくりとそれをスライドさせると、美しい白銀の刀身が姿を表した。

 金のつばには桜の模様が抜かれている。

 少し動かすたびに刃紋がうねり、その美しさに吸い込まれそうになる。


「ヒメ、何かまだ入ってるよ」

 フォース学園長の声かけで我に帰った私は、鞘に刀身を戻し机の上にそっと置くと、箱の底に忍ばせてあった一枚の桜色のカードを手に取った。


“大切なものを守るために振るいなさい”


 丁寧な文字でたった一行だけ。

 その言葉の真意を考えていると、フォース学園長が横から覗き込んでふっと笑った。


「あいつらしい」

 懐かしむようにそうこぼしてから、戸惑う私の方にそっと手を添えた。

「その剣、君にとってもよく似合うよ。この世界にはないタイプの剣だけど、その剣からも主人に会えた喜びが伝わってくる。他のものも、君をずっと待っていたみたいだ」


「フォース学園長、でも、これ全部、本当に私がいただいても良いんでしょうか? ドレスもなんだか高そうですし。それにこの日本刀、本物……ですよね?」


 私は再びさっき置いたばかりの刀を手に取る。


「良いんだよ。君へのプレゼントなんだから」

「私への?」

「うん。君のことを大好きな人からのね」


「私のことを大好きな?」

 そんな奇特な人間いるのだろうか。

 複雑な思いが表情に現れたのか、フォース学園長は少しだけ眉を下げる。


「とにかく、これは君が使ったら良いんだよ。ちょうど良い具合に、君はもう魔法も剣技も、あのシリルに匹敵するほどに強い。そしてもっとちょうど良い具合に、君のそばにはこの国唯一の魔法騎士がいる。さぁ、どうする?」


 試すように深緑の瞳で私を見るフォース学園長。


「私、魔法剣を学びます。先生よりも、もっともっと強くならなきゃいけないから」


「うん、じゃぁ僕からシリルには言っておくね。さ、話はこれでおしまいだよ」

 そう言ってフォース学園長は机の上のプレゼントの山に手をかざすと、それらは突如現れた葉っぱの渦に紛れて消えた。


「プレゼントはヒメの部屋に送っておいたから、後でゆっくり見るといい。剣は必ず手元に持っておくようにね。いつ必要になるか分からないから……」


「ありがとうございます、フォース学園長。じゃぁ、私はこれで失礼しますね」

 そう言って踵を返すと「あ、ヒメ」と穏やかな声が私の歩みを止めた。

 振り返ると、フォース学園長が優しく穏やかに、その深緑の瞳でこちらを見ていた。


「ヒメ、君のことを大好きな人は、たくさんいるよ。君が思っている以上にね」


 私は曖昧に笑ってから、扉を閉めた。




 扉の前で、私は無理矢理に作った笑顔のまま立ち止まる。


「わかってるもの。……慰めはいらないわ」


こぼれ落ちた温度のない言葉だけが、温かな日差し差し込む廊下に響いた。

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