This is Halloweenーデートー

 すっかり秋らしく染まった木々の間を、二つの影が並んで歩く。


「ふふっ。先生と二人でお出かけなんて、初めてですね」

「あぁ」

「はぁ〜、私がもう少し大きかったら、先生の腕に私の腕を絡ませて歩けるのに」

「大きかったとしてもそれはない」

「先生、エスコートって言葉、知ってます?」

「したことないしする必要もない」


 私にとってはデートだが、そんな甘い雰囲気はひとつもない。

 側から見れば親子か兄妹が休日に一緒に出掛けているようにしか見えない。


「で、君はどこに行きたいんだ?」

「生地を売ってるようなお店ありませんかねぇ?」


 私自身、この世界に来てからこうして買い物に行くのは初めてで、見るもの全てが新鮮だ。

 

 店先で火蜥蜴が炎のショーを繰り広げているペットショップ。

 本がパタパタと羽ばたきながら宙を舞う本屋。

 ドワーフ族が懸命に鉱石を掘っているアクセサリーショップ。

 指揮者のように棒を振るって服を仕立てるのはオーダーメイドの服屋だ。


 私が興味津々でずらりと並んだ店を眺めていると、先生は辺りを見渡してすぐに「あそこだ」と一軒の店を指さした。


 店の外で空飛ぶ絨毯の如く生地がふわふわと浮いている、とても品数の多そうな店。


「私はここで待っている。行ってきなさい」

「はぁーい」


 中に入ると色ごとに分けられたたくさんの生地がひしめき合っていた。

 色分けしてある分、数はあっても見つけやすくなっている。


「あ、これこれ」

 私はすぐに両手に黒い布を数枚抱えていく。

 そして手早く会計を済ませた私は、出入り口で腕組みをして待っている先生の元へ急いだ。


「先生!! おまた……せ……」


 私の視線の先にあったのは先生の姿、ではなく、大人の女性たちの群れ。

 

 その群れの中に一人、彼はいた。


 それはそうだ。


 こんなに美形の騎士、女性が放っておくはずもない。


 それでも、先程の会話でもそうだが、もし自分が大人の姿のままだったら、と思わない日がないわけではない。


 彼には想い人がいて、自分はその想い人を甦らせて幸せに導こうとしている。

 彼には、幸せになってほしい。


 それでも、最近おかしいのだ。


 彼を知れば知るほど、彼に近づけば近づくほど、その決意は揺らぎそうになる。

 自分を見てはくれないだろうかと、愚かにも淡い期待を抱いてしまう。

 ただ、幸せでいてくれたらそれでよかったのに。

 いつの間に私は、こんなに欲深くなってしまったんだろう。

 人魚姫のように、ただ王子様の幸せだけを考えて、泡になればいいものを。

 

 そんなことを呆然と考えていると、ふと、視線に気づく。


 アイスブルーの瞳が、こちらを見ていた。

 

『用事は済んだか早く帰るぞむしろ置いて帰るぞ』

 という言葉が聞こえてくるようだ。


 女性嫌いの彼には苦痛のこの状況、けれど私を一人置いていくわけにもいかず、その場で待機してくれているのだろう。

 優しくて律儀な先生らしい。


 自分の奥底でうねりながら主張を始めるどす黒い思いにぎゅっと蓋をして笑顔を作り、その人だかりに割って入る。


「お待たせしました!! 行きましょう」

 ふにゃりと笑って彼の黒い手袋をつけた手を掴む。

「遅い」

 眉間の皺が最大限に深く刻まれ、低い声が不満を口にする。


「子持ち?」

「あの、妹さんですか?」

「可愛いわねぇ、妹ちゃんも一緒にどう?」


 私は、お姉様方が自分に下心満載で擦り寄ることに内心で舌打ちしつつも笑顔を向ける。


 妹でも、子供でもない、普通の神崎ヒメ20歳として、彼の隣に立てたなら……。

 そんな思いが再び私の中から湧き上がる。


 すると、不意に暖かな黒い手が私の肩にぽん、と置かれた。


「私には彼女だけで結構。さっさと散れ。邪魔だ」


 低く冷たい声でそう言うと、先生は私の手を掴み、強引に女性たちの輪から脱出した。


 後ろの方で女性たちが何か言っているのが聞こえるが、構うことなく先生は私の手を引き、早足で歩き続ける。

 私は半ば引きずられながら、小走りで必死についていく。


 しばらく歩いたところで限界に達した私は先生に声をかけた。

 

「ちょっ、せんせ、待ってくださいっ! 私、もうっ……」

 息も絶え絶えな私のその声にはっと息を呑み、歩みを止め、バツが悪そうにこちらを振り返る先生。


「……すまない」

 珍しくしおらしく謝罪の言葉を口にする先生がなんだか可愛くて、私の頬がつい緩む。


「君にも不快な思いをさせた」

 先生は私の表情の僅かな変化に気づいたのだろう。


「いいえ。先生、待っていてくれて、ありがとうございました」

 私は先生の右手をそっと握ってふにゃりと笑った。

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