第34話 姫騎士はまだか!?(商業ギルドマスターざまあ予兆回)

(※ 商業ギルドマスター視点です)


「まだ到着かへんのか!?」


 商業都市セキザンの商業ギルドマスターであるムーラ・カミュ・ファンドゥは今夜何度目になるか分からない不機嫌な呟きを洩らした。


 ちなみにムーラが彼が元々持っているファーストネームで、カミュは洗礼名。ファンドゥは彼が巨大な商会というような意味がある。現代的に言えば財閥といったところだろうか。


 本来、平民は名字を名乗れない。しかし金のある者は神殿で正式に洗礼を受ける。そうする事でいにしえの聖人などその教えにゆかりある由緒正しい洗礼名なまえを受け取れるのだ。商人達にしてみれば名字ではないがファーストネームの次に付いてくる呼び名だ、それはまるで名字のよう。


 名字だけなら1ゴルダの得にもならないがすでに成功を収めている商人からすれば黙ってたって金は入ってくる。そうなると次に欲しくなるのが名誉、大きくなった財産と比例するように肥大化していく自意識は爵位ある者の特権たる名字を得たいと考えるようになる。しかし身分が邪魔をする、だったら金で買える代わりのものはないか…そう考えたのだ。そこで考えついたのが洗礼名、金さえ積めば手に入る。


 神殿にしてもこんな楽な儲け話はない。なにしろ昔いた人の名をと言うだけで金が入ってくるのだ。なにしろここは商業都市、いかに神殿と言えども金とは無縁でいられない。むしろ積極的に関係を持ち金が集まってくる事でセキザンの商人達からすればと感じるようになる。


 ムーラが金で買った洗礼名は王侯貴族が名乗るような最上位の洗礼名ではないが、身分に関係なく得られるものの中では最高ランクのものだ。当然、その洗礼を受ける為のお布施もかなりの高額になる。高額にしないと神話とかでは聞いた事が無いようなマイナーな名前がつけられる。例えば数十年前にどこそこの村で熱心な奉仕活動をしていた◯◯さん…みたいなものだ。


 ムーラが与えられた洗礼名は神の化身と称された者が直接導いたとされる十二人の弟子のうち一人の名で『カミュ』。かわきに苦しむ民衆に奇跡で水を生み出したとされる慈悲の人、しかしその恩恵への感謝を忘れた人々に対しては過ぎたる水…洪水を引き起こして飲み込ませる処刑人エクスキュージョナーとしての側面もある。


 そんな聖人の名とはかけ離れた俗物根性丸出しのムーラ・カミュ・ファンドゥが待ち人が来ないと不満顔だ。

 

「は、はい。まだお見えには…」


 奉公人とおぼしき男性が主人であるムーラに返答した。


 ここはムーラが経営する商業都市セキザン随一の高級宿『プラティニ・トゥーラ』、いにしえの言葉で白金の塔という意味である。その高級宿の奥にある私室でムーラはまだ現れぬ待ち人を今か今かと待ちわびているのだ。街に入ったとの連絡を受けてからだいぶ時間が経つ。


 商業ギルドマスターであるムーラは様々な商売を手広くやっている。宿泊業もその一つ、高級宿のプラティニ・トゥーラだけでなく中級のものだったり冒険者向けの実用本位のものもある。さすがに場末の安宿なんかはやってはいないが、ムーラは商業ギルドの中の下部組織である宿屋ギルドのマスターでもある。ムーラはその宿泊業を通じて様々な情報を集めるのにも活用していた。


 宿泊客達は当然ながら他所から来た者達である。その話は情報の宝庫、役立つものから与太話まであるから取捨選択する必要はあるがそれでも有用な事に変わらない。それが酒にでも酔えば客達の口も軽くなりタダで聞こえてくるのだ。それゆえムーラは奉公人達に常に聞き耳を立てろと厳命さえしている。


 また、あまり利益のない冒険者向けの宿屋を営むのにも理由がある。それは目を付けた冒険者達をなかば私兵とする為だ。冒険者に依頼をするには冒険者ギルドに依頼を出すのが一般的だ。しかし直接頼む事ができれば冒険者ギルドに入る手数料は必要ない。その額は一般的に報酬の二割、それを上乗せして払っている。売り上げの四割を抜く商業ギルドから見ればかわいいものだがムーラからすれば不満でしかない。


 一方で直接声をかけられる側の冒険者に二割とは言わないが報酬に少し色をつけてやる。そうする事で冒険者にもメリットがある。


 また他にもメリットがある、それは…。


か!?チェックインしたらそのままゆるりと滞在していただくんや。無いとは思うが決して外出などはさせたらアカン!そのまま、そのままや…、明日はワイの商会にお連れするんや」


 ぐふふ…、ムーラは笑いながら呟く。


「おひいはんのお国は宝の山や。なんたって宝石が掘り出されるんやからな!金回りのえ国や。せやけど一つ…、一つだけ泣き所があるんや!」


 グラスに注がれたワインをグッと空けるとムーラはふうと一つ息を吐いた。


「塩や!あのお姫はんのお国は山国…、海が無いから産出れへんのや。どこからか買わへんとわずかな岩塩に頼るのみや。せやからセキザンに来る…」


 無言でグラスを向けると奉公人がワインを注いだ。


「無い所にはたこう売れる。あのお国から海に一番近いんはセキザンや。それでも何日もかかるし、他に行けなくはあらへんけどより遠く険しい悪路みち。ふふふ…楽しみや、いくらになるんやろ。それに塩だけやない、運ぶんにも荷馬車も人手も要る。それも手配するんはワイや」


「ですが御主人様、かの山国に向かう荷馬車の運賃は確かに払われるでしょう。しかし、帰りには払われません。わざわざ我が商会の荷馬車で行かなくてても…」


「どアホゥ!塩を運んだら荷馬車は空になるんやで!そしたらそこに宝石積んで帰ってこれるやんけ!」


「アッ!?」


「これなら運賃付きで仕入れに行けるようなモンや。それに仕入れの銭は塩売った分で良えやろ。それにしてもなあ、海の水干しただけのモンにわざわざ高い銭をはろうてなァ…」


 ムーラはまたワインを空けた。そしてそう遠くない日に得られる儲けを思い目を細めた。


「まあ、え…。どっか寄り道してるだけかも知れへんしな」


 自らが思い浮かべた大金を得る未来予想図に気を良くし先程までの不機嫌をどこかにやったかのようだ。

 

 しかし、その待ち人であるサリナが来る事はない。もうすでに傳次郎でんじろうが広場に出した加代田商店を訪れていたのだから…。そして儲けを得る為の取引の機会もまた傳次郎に移っていた事を…。


 ムーラはまだ知らない。

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