第43話 サイズ感からして違うと思う。


ゲオーグとウルカの2人に別れを告げギルドを出た。

僅かにしかいない親しい人への挨拶は3時間も経たない内に終わりを告げてしまった。



余裕が出来たらまた来ようと心の中で思って、感慨深くなる私に対しルークが話し掛けてきた。


「ロティ、後は行きたいところとかあるか?」

「……いや、もうないかな。」


私がタルソマの町に来て2年経つが友達の1人も作れなかった結果がこれ。初めの方は作れるように頑張っていたつもりだが、それ以上にトラブルが多く結果は友達0だ。


だからこそギルドのゲオーグとウルカには自分のことながらかなり懐いていたと思う。

じゃなきゃ密かにギルドの仕事など手伝わないわけだし。


友達0の知り合いがほんの僅かで多少気不味くなるかもと思ったが、ルークの表情は変わらず、気にしていない様子でほっとしてしまう。


「そうか、なら昼食にでもしようか。食堂と露店どちらが良い?」

「どっちでもいいよ。

食堂なら町外れに美味しいところあるらしいんだけど、私いつも1人だったから近いとこしか行かなかったから噂でしか聞いた事ないんだけど…。」


「ならそこにしようか。」


あっさりと了解を貰えて顔が綻ぶ。

気にはなっていたが、1人で行くのは少し気が引けて中々行けなかったのだ。

楽しみにしながら歩みを早めた。



◇◇◇



昼食は大変美味しかった。

柔らかく煮込んだビーフシチューに卵のサラダ、魚のフライと柔らかい白パンをルークとシェアして食べた。結構な量なのにお値段も良かった。


見た目によらずルークは結構食べるので見ていると面白い。ひょいひょいとその細い体のどこに入っていくのかとじっと見入ってしまう。


冒険者になってから料理をする機会が減ったが、祖母と暮らしていた時には教えてもらいながら料理をしていたため、珍しいものや凝った料理じゃなければ作ることは出来る。


ルークに手料理を作ったら喜んで食べてくれそうで楽しそうだ、なとど考えてしまう。



食べ終え店を出る時に、食べた分の料金を払おうとしたがルークに断固として拒否されてしまった。

お金を持つ私をじとっとした目で見るルークが少しだけ怖い。だが私も引かず果敢に挑戦してみる。


「ルーク…。これから一緒に暮らすんでしょ?ずっとルークが払うつもり?」

「これから、と言うよりもう一緒に住んでる。寧ろこれからはロティに一銭も出させる気がない。何のために100年以上働いたと思っているんだ?」


「一銭も…って、いやいやいや、おかしい…。今後の収入とかどうする気なの…?

何のためって…、何のため?」



(私と暮らせるように待ちながら準備をしていたんだっけ…。そんなに稼ぐ必要もないような…。)


勇者パーティにいたくらいだ、それ相当の褒美や報酬金は稼いでいると思うが、どれほどかもわからない。


ルークが私の為と言っているとはいえ、ただでさえグニーから守られて、私では使えない魔法や住む場所に着る物すらも用意してもらっているのだ。

自分にかかる分位は自分で稼ぐ気でいたし、全てを頼る気はないのだ。


お金はあるに越した事ないが、飛び切りの贅沢をするつもりもない。そこそこ普通に生きていければ十分だ。

何か欲しいものがあれば、それのために働くのもまた活力になる。



ルークは軽く溜息を吐くとお店の人に手早く多めの料金を払い、私の手を引いて外に出た。



町外れということもあり、町の反対側は次の街へ続く街道と草原が広がっている。

タルソマの町の近くには川も流れているのをルークは知っていたのか、川の方へ2人で歩いて行く。


晴れていて心地の良い風が吹いている。

ルークの長い綺麗な銀色の髪が時折私の方に流れてくるのを捕まえたくてむずむずしてしまう。



10分くらい無言で2人で歩くと、なんとなくこの光景が懐かしく感じた。



川に近づくと穏やかであまり深くない川が見えた。

町の子が遊ぶには丁度いい深さで、冒険帰りに町の子が遊ぶ姿を見たことがある。


川縁に行くとルークは草の上に突然すとんと座った。私も座ろうかと思いきや、ルークに引っ張られて足がもつれてしまった。


「ひゃっ!?」


転ぶと思ったら風がふわりと舞うのを感じる。


気付くとルークの足の間にすっぽりと私は埋まっていて、ルークの頭が私の顔の直ぐ側にあった。


「ルーク…風魔法で私をよく動かすよね…。それ、結構びっくりするよ。」

「それはすまない。風魔法は手慣れてしまっていて口より先に出てしまう。」


優しい口調でそう言うとルークは後ろから私を抱きしめた。


初め抱きしめられた時は硬かった体が今はすんなりルークに馴染む。

ルークに体をもたれかけるとくすっとルークの笑いが漏れた。


「初め会った時は酷く落ち込んだ。

まさか今度はロティが記憶を失っているとは思ってなかったから。

ロティのあの時の気持ちも知ることが出来た。」

「あの時…?」


「このまま行くと……多分近々見る夢だ…。傷付けると思う…。」


はっきりと断言して言う不安そうなルークの声。腕には力が入った。



「きっと…大丈夫だよ、今こうしてるから。

見るのは過去の事だからね。」

「…全て思い出した後一発は食らうつもりだ。」


「ふふっ私は殴らないよ?」

「さてね、どうだろう。

ロティ、帰ってからと言ったが小休憩も兼ねて、前前世の聖女みたいだった時の話を少ししようか。」


不安そうな声が消え、ぐんと柔らかい声色で私に言うとルークの腕が離れた。

ルークの顔が見れるように向き直るとルークは私を見つめて話し出した。


「前前世のロティは教会の孤児院で回復魔法を使って働く子供だった。その町の周囲は強い魔物がいるのに回復魔法を使える人がいなくてね…。

回復魔法が使えるロティを聖女だと称えている人もいたんだ。


魔法で色んな人を癒していて、ある時から特に珍しい解術も使える様になって…。その解術した呪術も使えると言ってはいたが、その時は使っていなかったな。


ロティが解術を使えると噂が広がって呪い持ちの人が教会に尋ねにきていたほどだ。

ロティはいつも魔法を使って怪我だったり、呪いだったりを治していたんだ。」


ルークが懐かしげに言うが私の表情は曇る。


「怪我はともかく…呪いって発生するもの…?」


私を宥める様に頭を撫でられる。


「呪いの種類によっては意図せずとも呪いになってしまうものもあるからな…。基本は呪術者しか使えないが、怨念などからも呪いは発生するみたいだ。

後は各地からロティの解術目当てに集まった事が大きいな。


ロティは怪我している人とか放っておけないタチだったし。誰1人と零さず解術や回復をしていたよ。」

「それで、私が色んな人を治してたのか…。私ならなんとなくやりそう…。」


今の私でも困っている人がいたら寄って行くくらいだ。その時も止められてもやっていそうだと想像がつく。

眉を下げ、力なくルークは笑って言う。


「ロティはいつでも優しい。誰にだって。

そんなロティを独り占めにしたくて堪らなかったんだ。だけど、俺に力がなかったからそれも出来なかった。」

「今のルークから想像できないね。」


「前前世を思い出されると俺は少し恥ずかしいんだ…。格好も良いとは言えなかった。」

「それでも…私は全部思い出したいな…。」



ルークの思い出の全部知りたい。

ルークが私に惹かれている理由は聖女みたいな私を好いてくれたのだろうか。

全て思い出して、ルークと一緒に居たい。

私の縋るような視線にルークは私の頬に手を伸ばした。


「そうだな、俺も、…ん?」


急にルークは頬から手を離し川をじっと睨んだ。

スッと立つとまだ座っていた私に手を差し伸べる。


「ロティ急いで立って。俺の所から離れないように。」

「どうしたの?」


手を取り私も急いで立ち上がる。

ルークの見つめている先には穏やかな川があるだけで何もないようだが、ルークは視線をずらさずに私に話す。


「魔物が近づいている。」


私の心臓がぎゅっと掴まれた様な感覚だ。

私もルークと同じように川を見つめる。


「まさか、グニーの…?」

「恐らく…。来るぞ。」


穏やかな水面から突如ぶくぶくと大きい泡が出て来た。

次第に泡の数が増えたと思ったらふと水面が静かになる。


次の瞬間水面が大きく水飛沫を上げ真っ二つに割れた。



「ガァアアアアアアアッ!!」


この間屋敷の玄関先で見たよりも倍以上大きい蛇みたいな魔物が川から出てきた。

蛇と違うのは鰭みたいなものがあり、顔はドラゴンに近い。


鱗はまるで鎧を着けてるような見た目だ。

人間を余裕で丸呑みできそうな口とギザギザの鋭い歯は触れたら一瞬で肉を引き裂かれそうでぞっとした。


だがルークは冷たい視線のみを川から這い出てくる召喚獣に送った。

私を睨みつけて勢い良く飛びかかった召喚獣にルークは手を翳す。


「海蛇か。ここは川なんだがな…。あの女も召喚獣もやはり好かんな…。」


ルークがそう言うと、体を捻りながら飛びかかろうとしていた召喚獣の上に魔法陣が出来る。

間髪入れずにそこから鋭い針、というよりもはや剣サイズの氷が召喚獣に降り注いだ。


「ガッッッ!!?」


無数の氷に刺された召喚獣は身動きが取れなくなってはいたが、まだジタバタと暴れ私に襲い掛かろうと必死にもがいている。

ルークは1度開いていた手を閉じたと思ったらまたすぐに手を開く。


無詠唱のまま、召喚獣の上に魔法陣が出来たと思ったら、眩しいくらいのフラッシュと鋭い落雷が召喚獣を包み込んでいた。


「ッッガ!」


一瞬だけ鳴き声が聞こえたが、雷がその身を食い続けると身動き一つ出来ないようで、ただ雷のけたたましい音が響いていた。






暫くしてルークが手をスッと下げると雷も音も魔法陣も全て消えて行く。


召喚獣のいた場所にあったのは真っ黒に焦げた何かだ。

原型がなく、ぱっと見は黒い長い塊にしか見えない。

ぴくりとも動かないそれはもう生きてはいないようだ。



「……丸焦げ。」


近づこうとしたが、まだ険しい顔をしたルークに手を繋がれ止められた。


「1人では近づかないように、ロティになにかあったら俺は気が気ではない。

あの女も丸焦げにしてやりたいのだがな。

姿を現さないとどうも出来ない。所用が済んだら暫く屋敷に篭るのも手だな。召喚獣だけいくら捌いても無駄だ。こちらの動向をある程度把握されているから、あの女から接触して来ない限りには追っても逃げられるだろう。

とっとと蹴りをつけたいのだが…。」



(接触してこないのはグニーじゃルークに敵わないのをわかっているから…?私1人ならグニーは現れる?)  


そんな事を考えた私は、一か八かでルークに提案する。


「ねぇ、私1人ならグニーはきっと」

「囮みたいな真似は絶対にさせないからな?」


僅かに怒っているような声でルークは私の発言を一蹴した。まだ全て言ったわけでもないのだが、思考を読まれた気分だ。


ルークは私の手を引き、丸焦げの元召喚獣の所へ行くと魔法鞄を出してその中にするっと海蛇をしまった。


ルークは海蛇だと言っていたが、ドラゴンかシーサーペントの部類なのだろう。

ただこの大きさのものを氷と雷魔法だけで倒すものはS級冒険者でもそうそういないだろう。

傷を付けるだけでも硬そうな鱗を持っていたのに、表面は跡形もなく丸焦げだ。


最強魔導師と言う称号をはっきり見たような気がして、ルークの事をじっと見つめていると目が合う。


先程の発言で怒ってしまったか気になったが、どうやらそれはないようだ。

目を細め穏やかにルークは笑う。



「何のために100年以上働いたかの質問に答えてなかったな。それは今度こそロティをドロドロに甘やかしたいからに決まっているだろう?

それなのに囮なんかいいと言うはずもない。


ロティが冒険者をまだしたいか聞いたのは少なからずロティはパーティで嫌な思いをしたり、タリスの息子みたいなのもいるのに不快ではないかと聞きたかったんだ。


だがロティは俺と色んな事を一緒に出来たら嬉しいと言ってくれた。

俺はロティにもらってばかりで返せていないんだ。俺から与えるものは拒まないでくれるとありがたい。」


ルークは言い終わると私の頬を手で包み、私にそっとキスをした。

それと同時に転移魔法が発動していた事に気付いたのは屋敷の玄関に着いた後だった。

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