第32話 優先順位は決まってる。◆
◆◆◆
すっかりまた生活は変わってしまった。
穏やかだったスザンヌとの生活は、ルークが隣にいる生活に。
ルークが近くにいるのは嬉しいし、全く嫌ではないのだが、ルークは明らかに記憶が無かったことに不満を抱えている。
私だけが記憶を覚えていた事も、もどかしい様だ。
普通は何度死んだ後は記憶が無くなると言ってもルークは聞いてくれない。
「ロティはなぜ記憶が消えなかったをだろう…。
想いの強さに関係がある…?俺の想いが足りなかった…?いや、そんな事あるはずないのに…。」
と自問自答している。
スザンヌとの約束で私は自分の前前世、要は【魅了の魔女】だった事をルークには話さない。
ややこしくなるだけだし、またルークの悩みの種を増やしかねないのもある。
とりあえず今後の目標はルークに記憶がなくなったのは仕方ないという事を刷り込んでいこう。
きっと時間を要するだろう。
後はルークと今後の事について話さないといけない。
とりあえず私達はスザンヌの家があった場所から離れ、街道を歩いている。
前も同じようなにルークとこの道を通ったのだが、あの時の寂しさはもうない。
夜寝る時すらもそばに居てくれる。
ルークと手を繋いで歩いているものの、魔物が来ないとも限らないので、ルークは多少気を張ってくれている。
一方私は魔物の気配も魔力も、もうわからないただの人間だ。戦う事も出来ないので冒険者は難しいだろう。
「ルーク、私もう今世では魔力が使えないただの人間なの…。だから冒険者にはなれないと思う。私は武器とか使えるわけでもないし…。
ルークは今後、まだ冒険者を続けたいなら私は大人しく」
「抜ける。」
「え?」
「今のパーティを抜ける。
今のパーティは王都を拠点にはしているが、色々な所に行って魔物討伐をしているんだ。
長期で王都を離れる事もよくある。
今後はどこかに拠点を構えてそこから行ける範囲内だけにする。遠征とかは行かない。
ロティと暮らせるような生活にしようと思う。」
「今のパーティ組んでから長いんじゃないの…?もったいないと思うよ…。
今のままでも…私なら街で何か出来る仕事とか探して、ルークの帰りを待つようにするよ…?」
ルークが今まで築き上げてきた冒険者の地位を取り上げてしまうのではないかと恐れ、焦ってしまう。
だがルークは顔色一つ変えずに僅かに首を傾げただけだった。
「あのパーティにはグニーもいる。
それも、抜けたい原因の1つだ。
グニーと一緒にいたらロティがいい気はしないだろう?
俺だって触れられるのはロティがいい。
俺もロティしか触れたくない。
それにロティは今まで俺のために色々してくれただろう?
少し位俺が甘やかしてもいいじゃないか。
暫くは仕事よりも俺のそばに居て。」
「…。」
予想以上の嬉しい答えが心に沁みる。
無理に今のパーティを抜けて欲しいわけではないが、確かにグニーが居たら私は心地良くはない。
今までの生活を大切にして欲しい反面、ようやく思い出してくれたルークを独り占めしたい気持ちもある。
「だ、だけどいいの?そんなに簡単にパーティ抜けられるの?」
不安そうに言うとルークは歩くのをやめ、私の方に向き直り私をじっと見つめ優しく微笑みながら言う。
「俺はロティと居たい。
生活のため稼ぐ為に冒険に行く程度でいい。
名声や栄誉などロティと比べたら天と地ほどの差がある。
これ以上ロティと離れたくない。
とりあえず王都を拠点に構えて生活しようと思うけど、どうだろう?
王都なら手っ取り早く稼げるパーティに入る事もできるし、それに今のパーティを抜ける事を話すから一度は王都に行かなきゃならない。」
ルークもルークで私との生活を考えてくれているのだろうか。目が潤いを感じる。あまり瞬きしないよう堪えつつ答えた。
「…わかった。
……なら王都を拠点にしようか。
たまにはスザンヌの家のとこに来たいけど、数十年はかかるだろうから急がなくていいだろうし…。
色々考えてくれてありがとう、ルーク。」
私も軽く微笑むとルークは私の頭にキスを落としてきた。
グッと距離が近づいた事にまだなれなくて照れてしまったが、ルークは嬉しそうにまた私の手を引いて歩き出す。
暫くはベルナレイル王都を拠点にするため、まずは王都に向けて出発だ。
◇◆◇
ラルラロの町を経由して王都に着いたが、ルークと一緒に旅をして分かった事がある。
私はやはり町以外での暮らしは出来ない。
この10日間、魔物が出たら邪魔にならないように隠れたり、数歩後ろで見ているしか出来なかった。
ここまで何も出来ないのは悲しくて仕方がない。
せめてと思い食事の用意は私にさせて貰ったがそれだけでは足りな過ぎる。
それなのにルークは私の料理を心底嬉しそうに食べてくれるから少しだけ心が救われる。
私が今後できる事を考えなきゃならない。
王都は久々だ。
あまり変わらない街の風景だが、懐かしさもあり辺りを見回していると、ルークからクスッと笑い声が漏れた。
「ロティ、街は久々だから寄りたいとこがあれば寄ろうか?食べたいものとかある?」
「今まで特に生活に困ってはなかったから大丈夫だよ。
ただ、懐かしさとどんなのがあるのか少し気になっただけだから、気にしないで。」
「そうか、気にはするよ。ロティが気になったのなら尚更。欲しい物があるなら教えて、また今度一緒に買いに来たりしたい。
今日はとりあえず拠点になる宿に行こう。」
そう言うとルークは私の手を引き歩き出そうとしたその時。
「お、あ!やっぱり!ルークじゃん!戻ってきたんだ。おかえり!ん?
うお!あの時の呪いを掛けた美人さんだよね!?
えーと、ロティさんだっけ?一緒に帰ってきたの??
ん!?手繋いでどういう事!?
1人で戻ってくると思うって言ってなかったっけ??」
前から来た人に大声で話しかけられて誰か分からず呆けてしまったが、よくよく見るとこの人は見た事がある。
ルークに呪いを掛けた時にもこの人が近くにいたのだ、ルークのパーティメンバーの1人で名前はハンスだった気がする。
1人で戻ってくる、と言う言葉に少し引っかかったが、それも仕方がない。記憶が戻る前のルークは私にあまり興味がなく、冒険が好きだったのだ。
記憶が戻っても冒険をしようと思っていたのだろう。
ルークを変えてしまった事に罪悪感が募ったが、ルークは表情を変えずにハンスに淡々と言う。
「ハンス、ただいま。皆に説明したいから集めてくれるか?」
「え、お、あ、おぉ…??わかった。まだ皆【よくいる鳥の宿】に泊まってるから来るか?多分宿にいるぞ。」
「じゃあ俺達の宿を取ったらそちらに向かう。
1時間後に行けると思う。また後で。ロティ行こう。」
「うん。後で行きます、ハンスさん。」
「あ、あぁ、わかった。気をつけて…。」
そう伝えると私とルークは歩みを進め、ハンスから離れていった。
ハンスは終始口を開けっ放しで呆けている様子だった。それもそうだろう。
私の手紙を受け一時的にパーティから離れた時のルークの様子と今のルークの様子じゃ別人のような変わりようだ。
前のルークは今よりずっと周囲に明るく柔らかい口調で話していた。
記憶が戻ったルークは前世寄りのルークで、周囲にはあまり興味がなく、淡々としていて私以外にあまり表情を出さない。
ハンスも驚いた事だろう。
これからパーティを抜ける事を伝えるはず。
そう簡単にいくのか不安だ。
特にあのグニーは一筋縄でいくのだろうか。
◇◆◇
【宿屋詠う美獣】に私とルークは泊まることにした私達は宿に荷物を下ろした後、【よくいる鳥の宿】に向かう。
【よくいる鳥の宿】に入るとハンスが宿主と話をしていて、こちらに気付くとハンスは手を挙げてくれた。
「よ!さっきぶりだな。ルークに、ロティさん。
宿主には今話をしていたんだ。部屋に入ってもいいと許可をもらったよ。すみませんね、そんなに長居はしないと思いますんで。」
「…厄介事はしないように。」
ハンスは晴れやかに手招きしてくれたが、宿の主人の鳥の亜人は鋭い目つきで牽制してきた。
宿泊者以外は基本宿にはあまり入れたくないのだろう。
「はい、わかってます。なるべくすぐに去ります。」
ルークがそう言うと鳥の主人は目を細め笑い手を振った。
木の階段を上り2階へ行く。部屋は3つあったが、ハンスは階段からすぐの部屋にノックなしに入った。
「ルークを連れてきたぞ。ついでにロティさんも。」
手招きされ中に入るや否や、ルークに目掛けて何かが飛んできた…いや、抱きついてきた。
ルークの横に居た私は一瞬にして顔が曇る。
「ルーク!!
すぐに帰ってくると思っていましたのに遅かったですわ!
わたくし心配していましたの!怪我などはありませんか?わたくし寂しかったです!
顔を良く見せてください。少しやつれたのでは…。」
ルークにしがみ付き捲し立てるように話すグニーをルークは険しい顔で見つめ、肩を掴み無理矢理離し転ばない程度に押し返した。
「勝手に抱きつくなと言っていたと思うのだが、何度言えばわかるんだ?」
ルークはグニーを睨んだがグニーは頬に手を当てぽっと赤く頬を染め、うっとりとルークを見つめながら猫撫で声で話す。
「あら…ルーク?口調が変わりまして?そちらの方がわたくしは良いと思いますわ。凛々しくて素敵です。」
私はあまりの話のすれ違いに曇っていた顔を更に険しくさせてしまった。
文句の一つでも言えればいいのだろうが、こういう時私は何も言えない。
「ごほん。いいかな?」
その咳払いをした声の方を見る。
椅子に座っている男女と立っているハンス。
咳払いをしたのは座っている男性の方でこのパーティのリーダーのゼゴだろう。
グニーの事を真面目な表情で見つめて口を開いた。
「グニー?今はふざけている場合ではないよ。
もルークが話があるとここに集まったのだから、まずは話を聞こうじゃないか?」
「あら、わたくしはふざけてはいないですわ。至っていつも真面目ですわ。」
「真面目…。グニーは真面目ではないだろ!ケイラの事を言うならまだしも!」
ハンスはゼゴの近くの椅子に座って静かにしている女性を指差しながら苦い顔をしている。
ケイラと言われた女性は物静かな人なのか前にあった時も指を差されても一声すら発さない。
「これ、2人ともお辞めなさい。ハンスは指を差さない。私はルークの話をまず聞きたいんだ。
雑談は後にしてくれ。ルーク、話せるかな?」
「ゼゴ、感謝する。」
ルークはゼゴに頭を下げるが、それに対してゼゴは首と手を振り苦笑いをした。
「いや、いいんだ。頭を上げてルーク。
ハンスからルークがロティさんと一緒に戻って来たと聞いて、すぐにこちらに来てくれて嬉しいよ。
ロティさんもお久しぶりだね。元気にしていたかな?」
ゼゴの物腰の柔らかさに幾分緊張が解れ、私はお辞儀をし挨拶をする。
「はい、お久しぶりです。記憶の魔女の元で暮らしておりましたので元気です。」
「それは何より。それで、ルーク、私達にどんな話か聞かせてくれるのかな?」
穏やかな表情でそのダークブラウンの瞳はルークをじっと見つめる。
ルークはまた頭を軽く下げて切り出した。
「パーティを脱退したい。その話をしたくて皆に集まって貰った。脱退を許可してくれるだろうか?ゼゴ。」
「そんな!!わたくしは嫌ですわ!パーティを抜けないで下さい!」
すかさずグニーは大声を出し割って入ってきた。
その表情は一瞬にして焦りと悲しみが見えたが、他の人は多少の驚きはしているものの、狼狽えている様子は見られない。
グニーの息が荒くなるのを宥めるかのようにハンスは言う。
「グニー、遮るんじゃないよ。まずはゼゴの意見を聞こう。決定権はパーティリーダーに」
「五月蝿いですわ!!ハンス!わたくしはルークに聞いて」
また一つ、ゼゴは咳払いをした。
その咳払いに区切られ止まったグニーをゼゴはじろりと睨むと、グニーは呼吸を乱しながらも口を閉じた。
「グニー、静かに。このパーティのリーダーは私です。ルーク、理由を聞いても良いかな?」
「…このパーティの依頼は魔物討伐がメインだ。
魔物討伐自体はいいのだが、依頼によっては王都から離れたり、2.3週間に戻らない時もある。
ロティは俺の前世の記憶と引き換えに魔力を失って、今は普通の人なんだ。
心配な事もあるし、何より俺自身がロティと離れたくないが為に、拠点を一つにしてそこで生活しようと思っている。
だから今後は長旅をしないようにしたい。
申し訳ないが、このパーティでそれは叶わない。
だから脱退を願いたい。個人的な理由で申し訳ない。」
再びルークは頭を下げた為、私も急いで同じようにする。
ゼゴは私達に頭をあげるよう促し、腕を組みながら柔かに話した。
「ふむ、やはり記憶は戻ったんだね。
表情が全然違うからそうだと思っていたよ。
ロティさんに会いに行く前のルークはどこか前世の記憶を見下している風だったが、
今のお前は真剣そのものの顔をしているね。
ロティさんを守りたい為かな?
ロティさん、ルークに呪いをかけてしまったことはどうなるんだろう?」
「それは、時間が掛かりますが解術はしますので…。」
まさか来世に解術する、とは言い難く言葉を些か濁した。
ゼゴはほっとした様子で微笑み、ルークを見る。
「ルークもそれで納得しているのかな?」
「勿論。」
ルークは真剣な顔でゼゴの言葉に答える。
ゼゴは腕を解き、手を組んだ。
ゼゴの神父の様な格好と柔らかな表情、その手を組む仕草はまるで神にでも祈るようで。
記憶の片隅にある神父よりもずっと神父らしいゼゴに安心すら抱きそうになる。
「そうか、ならいいんだ。私は少なくともルークを友だと思っているからね。
友には幸せになって欲しいものだ。
ルークがそこまで考えているのなら、仕方ないな。私は脱退を許可」
「嫌、嫌、嫌、嫌ですわ…!!黙って聞いていれば勝手ですわ!!
なんなのですの、貴女…!!ルークに呪いを掛けて縛り付けておいて、今度はルークを奪うつもりなのですの!?」
ゼゴが言い終わらない内にまたもやグニーが遮る。
ゼゴが睨むもグニーの視界には全く入っていないようだ、グニーは私を恨めしそうにきつく睨む。
「それは…。」
私は私でグニーの言葉に詰まってしまった。
不本意とはいえど、確かに呪いを掛けてしまったことは事実で、もし呪いを掛けなければ一緒に冒険者として過ごす事も出来たはずだ。
ルークの好きなように冒険させてあげることが出来ない負い目が、グニーの言葉と共に胸に刺さる。
グニーにとって私は当然面白くない存在であることは間違いない。
私がいなければグニーだって、きっと自分の好きなようにルークに近づけただろう。
私が黙ってしまうとルークは怪訝そうな顔をグニーに向けた。
「いい加減にしてくれ、俺は貴女のものじゃない。俺がロティと一緒に居たいんだ。」
ルークの声がグニーを睨み冷たく響く。
未だかつてない冷遇だったのかグニーは涙ぐんでしまった。
「…な、なんなのです?先程から名前も呼んでくださらないなんて…。精神魔法でもかけられたのですか…?そんな事今まで言いませんでしたわ…。」
ショックのあまりにグニーはふらついていたが、そんなグニーを見てハンスはけろりと物言う。
「俺はこの3年間、ルークはグニーの事嫌がっているようにしか見えなかったぜ?
くっついてもすぐに辞めろーとか離せーとか言ってたじゃん。しかも前みたくはぐらかす感じでもなくきっちり断ってたよね?
ねぇ、ケイラ。」
顎に手を当てならがハンスはケイラに同意を求めると、ケイラはそれに頷きを見せる。
グニーはハンスとケイラを睨みつけたがゼゴがまた咳払いをしてその場を変えた。
「ごほん。本当にいい加減にしなさい、グニー!
ロティさん、メンバーが騒がしくてすまないね。
ルーク、パーティを脱退を認めるよ。
後からギルドに報告はしておこう。ギルドに登録してあるからパーティからルークの名前を除名しておくからね。」
「ああ、お願いしたい。」
「ルーク、今までパーティを共にしてくれてありがとう。またどこかで機会があったらよろしく頼むよ。」
ゼゴは脱線していた話を修正し、パーティの脱退を正式に認めてくれた。
椅子から立ち上がりルークに近づいて手を差し伸べると、ルークもしっかりと手を握り返した。
その握手している手をルークはじっと見つめ、次に皆を見回しながら言う。
「…。ゼゴ、ハンス、ケイラ、…グニー。
今までありがとう。」
「こちらこそ、ありがとう。しっかりな。」
握手している手を上下に動かしてゼゴは言う。
「な〜んかやっぱり人が変わったね?ルーク?とりあえず今までありがとな!」
グッと拳を作りハンスは歯を見せて笑う。
「…………気を、付けてね。」
初めて聞くケイラの声は想像以上に可愛い声だった。微笑し、私達に温かな目を向けてくれた。
「…。」
ただ1人、グニーだけは何も言わずに私に鋭い眼差しを向けていた。
口を固く結び、ワナワナと手を震わせて。
俯いたと思ったら漸くポツリと声を出した。
「認めませんわ……。断じて……。」
私は背筋が凍ってしまった。
まるで首にナイフが当てがわれているかのような殺気を感じる。
ゼゴとハンスは持っていた武器に密かに手を掛けているが、グニーが暴れるようなら止めに入るつもりなのだろうか。
だが、ルークは呆れた顔でグニーに言い放った。
「貴女に認められなくても構わない。
ロティ、行こう。」
「…う、うん。お時間を頂き、ありがとうございました。」
私の手を引き部屋の扉の方へ向かったため、慌ててゼゴ達に向けて話した。
最後に見たグニーは私の事を思い切り睨んでいて、耐えきれず私は目を逸らしてしまった。
罪悪感と不安で胸がいっぱいになりながら部屋を出ようとした時、ゼゴが私達の名前を呼んだ。
扉を閉めようとしたルークがゼゴと見つめ合うと、ゼゴはまた優しい表情を見せ口を開いた。
「貴方達の旅路に幸多からん事を…私は祈っているよ。」
「…ありがとう、ゼゴ。」
ルークもまた優しく穏やかな口調でお礼を言うとゆっくりと部屋の扉を閉めたのだった。
◆◆◆
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