第8話 隙があるなら触れたい…やっぱり、隙がなくとも。


シュワールの森からタルソマの町の入り口へと帰還し、アリリセの家に向かった。



その間も手は何故か離されず、ルークと繋ぎっぱなしだ。

離してもらいたいところではあるが、言いづらい。

アリリセは前を歩いて家に案内してくれているのが唯一の救いだろう。


訳がわからないのに手まで繋いでいるのは恥ずかし過ぎる。




シュワールの森とタルソマの町の町寄りにあるアリリセの家は農家らしく、畑が広々としていた。


少し遠くの方の畑に1人の体格の良い男性が見えた。

畑を耕しているみたいだ。その男性は私達に気付くと持っていた鍬を置き、小走りで向かってくる。


「親父だ。今日の事言ってあるから大丈夫だ。ちょっと話してくる。」



アリリセも走って父親の方に向かう。

2人が合流すると何かを話しているのだろう、アリリセがこちらにまた走って向かってくる時に、アリリセの父は深々と頭を下げていた。

アリリセが戻ってくると少し息を乱して言った。


「はぁ…、無事にエルダーの花をとって来たと伝えたよ。今はちょっと会えないから家を出る時にまた会いたいって。親父、涙で前が見えないんだってさ。」


アリリセの父はまだ頭を下げていた。

腕を顔に擦り付けているのは涙を拭っているのだろう。

涙脆いのは遺伝かな?と思い、クスッと笑ってしまった。



◇◇◇



家の周りは木や花が沢山植えられていた。


小さな小屋などもあり、農作業の道具や機械なんかも見える。

家の隣の立派な木にはブランコが下がっている。

全体的には年季が入っている様だが、しっかり手入れされてあり人の良さが伺える。少しの寂しい気持ちと羨ましい気持ちが滲み出る。



ルークが何か言いたそうな顔をしていたが、言葉を飲み込んだのか開きかけた口を閉じた。


私も私でルークに手の事を言おうか悩んでいたが家に入る寸前、ルークは手を離してくれた。



家の中に入ると玄関から沢山のもので溢れていた。

誰かの描いた絵、草臥れたマット、少し埃のかぶった置物達。

それらを通り抜け真っ直ぐ進み、ドアを開ける。


茶色の髪を肩に掛からないよう丸め、手にはタオルを持っている細身の女性がいた。アリリセの母親だろうか。


「ただいま、母さん。エルダーの花をとってこれたよ!

この人は昨日言ってあったロティ。こっちの人はロイヴァさん。ロイヴァさんは急遽ロティの付き添いで来た。エルダーの花は加工しなきゃ使えないらしくて、今からロティが加工してくれるんだ。」


やはり母親であっていたようだ。


ルークの事は本人からアリリセの家に来る前に口止めをされていた。


「名前を出すとややこしくなりかねないから、伝えない様に。俺はロティの付き添いということにしとけばいい。」


と。



アリリセの説明で納得したのか、頭を深く下げた。

少し涙ぐみながらも私達を見た。


「おかえりなさい、無事に戻られて良かったわ…。

私は母のルマと言います。


ロティさん、ロイヴァさんこの度は依頼を受けて頂き本当にありがとうございました。加工が必要だなんて露知らず…。

申し訳ないのですが、よろしくお願いします。

今は眠っていますが、娘のシラーも感謝しておりました。

…本当に…良かった…。」


そう言いながらルマは涙を拭い、また頭を下げた。


「頭を上げてください。

早速エルダーの花を加工してしまいますので、テーブルを貸してください。アリリセ、手洗いたいから水道借りたいな。」

「わかった。ロティ、こっちテーブルを使ってくれ。水道はこっち。」


アリリセがテキパキと教えてくれる。


私は水道を借り手を洗うと、アリリセがテーブルと椅子に案内してくれた。テーブルには紙やら細々としたものが置かれていたがアリリセがザーッと一掃した。



「じゃあ加工しちゃうね。」


そう言うと私は鞄の中から簡易的なすり鉢や薬草袋に入ったエルダーの花、毒消しのポーションを一気に出して加工に取り掛かる。



ルークは私の隣にアリリセが用意した椅子に大人しく座っていた。

アリリセは何か手伝うことはないかと、うろうろしていたがとりあえず座る様に促すと私の向かい側に座った。  


じっと見つめるルークと落ち着かずそわそわしながら見つめるアリリセが、対照的でなんとも加工に集中しづらかった。



◇◇◇



「よし、これで完成!アリリセ、うまくできたよ!妹さんまだ寝てるかな?ルマさんと一緒に薬を塗りたいから呼んできてもらえる?」

「よかった…!わかった!!すぐに呼んでくる!」


ルマは数十分前に外にいる父の手伝いをするからと言っていたのでアリリセにお願いし呼んできてもらう。

アリリセはドタバタと走って呼びに行く。




静かな空間になり、ふとルークと2人きりなのに気付きそちらをそっと見るとばっちりとルークと目が合う。


気恥ずかしくなり、目線を逸らすと手の届く範囲だったからか左手を掬われ、ルークの顔に私の手を近づけさせた。


何をするとかと見ていたらチュッと軽く音がして、一気に体温が上がってしまう。

なんと左手の甲にキスされたのだ。


「なんっ!」

「この依頼が終わったら、話したいことが沢山ある。俺と一緒に来て欲しい。」


文句を言おうと思ったら、真面目な口調で言われ心臓が跳ねた。真剣な表情で青い瞳とまた目が合うと逸らせなくなる。


辿々しくなりながらも私は返答をする。


「わ、かりました。私も…色々聞きたいですし。」

「それと。」


「?」

「敬語やめて欲しい。後、名前、ロイヴァじゃなくルークと呼んで。」


「年上の方に敬語なしですか…。しかもロイヴァさんって凄い方?英雄さん?なんですよね…?それって大丈夫なん」

「ただの英雄の1人に過ぎない。称号など俺にとってはあまり興味がないからな。…そうだ。敬語使ったらその都度頬にキスする。」


「ひょぇ!わ、わかった!ルークさん!」

「さんもいらない。ルーク。」


「う、ぅ。」

「出来ないならさん付けする度に抱きしめる。」


「ル!ルーク!!これでいいね!?」

「今抱きしめるのも頬にキス出来ないのは残念だけど、それでいい。ロティ。」


ルークは真面目な顔から一転し、煌びやかな笑顔になる。

そしてまた私の左手の甲にキスした。


「待って待って待って!キスしないはずじゃ!?」

「ん?頬にはな。他にしないとは言ってない。」


近々顔に血が集中し過ぎで死ぬかもしれない。

私の顔は今真っ赤だ。顔が熱すぎる。

左手を戻したいところだが、しっかり掴まれていて取れない。



むず痒い時間を過ごしていると、アリリセとルマが戻って来たのか玄関のドアの音と足音がした。


ルークも音が聞こえたのか案外簡単に手を離してくれた。

助かると同時にどこか寂しさを感じてしまう。


そんな事を考えているとまた顔が熱くなってしまって私は1人慌ただしく自分の顔に風を送って冷やすのだった。



❇︎昨日の時点でアリリセは両親にエルダーの花を取りに行くこと伝えてある。ロティの名前も一応。

そのためルマはロティの名前を知っていた。

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