最終話


閉じていた瞳を開く。

数度瞬きをする。

両手を開いたり閉じたりし、自分の身体を見回す。

どこも、変じゃない。

乾いた風が吹く。首筋に触り心地の良いファーが当たる。

辺りを見渡すまでもなく、少女は住宅街にある自分の家の前にぼんやりと佇んでいることに気がついた。

灰色の空、黒い雲。

つるんと光沢のある、まあるくて白い少女の家。

向かいの家に飼われている大きな黒い犬が檻の中で吠えている。

疲れた顔の通行人たちには当然、動物の耳もしっぽも生えていない。

遠くの大通りでは、たくさんの車が宙を滑り目的地へと急いでいるのが見える。

いつもと変わらない日常だ。

ああ、ようやく帰ってきた。

やはりあの道は元の世界に繋がっていたのだ。

長い夢だった。本当に、長い長い夢を見ていたようにふわふわと現実味のない出来事が、シャボン玉のように次々に思い浮かんでは消えていく。

ようやくつまらない現実に戻って来れた。

ほっと胸をなでおろし、「漫画みたいな大冒険だったなぁ」と小さく呟いた。

やっぱり、この小さな家が一番落ち着く。


でも。


この数日間、ずっと誰かと一緒にいて騒がしくしていたものだから、ひとりぼっちなのが少しだけ寂しいかな。

そう思いながら、少女は玄関に慎ましく咲く花に挨拶をし、久しぶりの我が家へと帰っていった。


ぱたり、とドアが閉まる。揺れる表札には「星音」の文字が刻まれていた。








ありがと。ちゃんと伝えられなかったかもしれないけど、私、あんたが思ってる以上に感謝してるんだからね。

初対面の得体の知れない迷い人を、厄介な異世界人を、生意気な人間の小娘を、私のことを助けてくれて。文句ばかり言いながら、結局は私の願いを叶えてくれたね。

たくさんお世話になったのに、なんの恩返しもできないまま、戻ってきちゃった。あんたが探してるって言ってた賢者っていう人に、早く会えるように、せめて祈っておいてあげるね。

誰も知らない大冒険。あんたと私の、一瞬だけ交錯した道。いつかまた、会えると信じて。

優しくて、逞しくて、頼りになって、面倒見が良くて、格好良くて、愛おしい狼の獣人。

さよなら、ロベルナ。

となりの世界で、元気でね。


















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となりの世界で、元気でね。 ゆかり @yukari231086m

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