第25話



少女は真っ暗な闇に包まれた。まるで水の中にいるかのように動きづらい。身体中に見えない重しでも付けられているようだ。これが、世界と世界の境界を通るということなのだろうか。目を凝らして前を見ても、一筋の光すら見えない。音もない。つい一瞬前までつながれていた固くてふわふわな手は、もうない。ひとりきり。たったひとりきりだ。急に不安な気持ちが膨らむ。自分がいかに弱々しくちっぽけな存在なのかを思い知る。そして孤独さという得体のしれない恐怖が暗闇にまぎれて少女に忍び寄る。早く、この空間から解放されたい。私は私の世界に帰るのだ。その一心で駆けだした。長老の話では、参道から洞穴の内部に至るまでは一本道だそうだ。なにかにぶつかることもないから、渾身の力で走っても大丈夫。少女は息が切れても、転びそうになっても、ひたすら前だけを見つめて、足を動かし続けた。それでも、闇はいつまでも続く。目を開けていてもどうせ何も見えないのなら、いっそのことつぶってしまえ。瞼を閉じても、見える景色は変わらない。いつまでも闇が続いているだけだ。それでも、そうすることで不安も恐怖も吹っ切れて、走ることに集中できた。ふいに、まぶたの裏に、最後に見た男の顔が鮮やかに浮かぶ。

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