第94話 王都、トビケンの街に到着しました。
えーっと、フィリベルトです。
馬車を連れた旅、暇な時間が続きます。
暇すぎて欠伸が出てしまいます。
しばらく行くと平原の向こうに大きな砂煙が上がっているのが見えました。
すると、カミロ・グリエゴ公爵の護衛部隊が、
「いかん! ラプティオンだ!
群れがデカいぞ!
百は越えている」
と声をあげ始めました。
ラプティオンとは身長が人間程度の肉食で二足歩行の爬虫類だ。
「カミロ・グリエゴ公爵を守れ!」
兵士が公爵の馬車の周りを固めます。
「ラプティオンって……。
ああ確か、尻尾が美味いらしい奴ね」
ケイン様はあまり警戒をしていません。
ちなみに俺も……全然気にはしていませんでした。
だって気配からして負ける気がしないからです。
うちの周りには、ミンク様を筆頭に、あからさまに触るな危険な人が闊歩しています。
「ラプティオンは群れで活動します。
一頭一頭ならば特には問題ないのですが、数で押されると怪我人だけでは済まなくなります。
ラプティオンの群れはその群れの大半がオスで、更に卵を産む雌が数頭居て、そのすべてを統べるクイーン。
そのクイーンを狩れば、何とかなるのですが、あの数では見つからないかもしれません」
エレンさんが俺たちに言いました。
濛々と上がる砂煙で見えないと言いたいらしいです。
「クイーンってあれだろ?」
砂煙の中の一点をケイン様は見ていました。
「あれですね」
俺も頷きます。
ケイン様も俺も群れの中で一番魔力が強いラプティオンを見つけていたのです。
「で、どうするんだ?」
ケイン様が聞くと、
「円陣を取り、ラプティオンの攻撃を耐えるしか……」
エレンさんは言うが、
「えっ? クイーンを潰せばいいんでしょ?」
とケイン様が軽く言うと、
「それが難しいのです!」
死を前にした状況にひょうひょうと話すケイン様に少し怒ったのかもしれない……。
エレンさんの声が大きくなった。
「フィリベルト、暇ならやって来いよ」
面倒くさいのか俺に振ってくるケイン様。
「えー、無茶振りですか?」
正直俺も面倒くさいと思いました。
(一応お客様だろうに……)
俺はケイン様を睨みますが、。
「石投げたら終わりだろ?」
の言葉。
「まあ、そうですけど……」
俺は頷きます。
「仕方ねぇなぁ……」
と呟くと、俺は馬から降りて石を掴み、そしてクイーンに向かって投げつける。
当たったという実感はありました。
すると、クイーンの気配が消えたせいで統率が取れなくなり、散り散りになるラプティオン。
この場に到着することもなく消えたのです。
「さすが、父さんの一番弟子」
ニッと笑うケイン様。
「おだててもダメですよ」
俺は馬に乗ると、ラプティオンのクイーンを回収して戻ってきました。
二メートルほどの体だが、頭が無いのでもう少し大きそうです。
馬は俺とラプティオンのクイーンを乗せても余裕で走ります。
ん……いい馬らしい。
あとで貰おっか。
そんな事を思いながらケイン様の元に戻ると、
「おお、美味そうだな。
あとで食うか……」
ケイン様がラプティオンの尻尾を掴むと一気に消える。
収納魔法……久々に見たが凄いな。
「もう、危機は去ったんでしょ?
先に進まないのですか?」
ケイン様が言う。
多分、俺が出なくても、本来ならばケイン様の魔法で、ラプティオンの群れは消し飛んでいるだろう。
この辺が、俺の壁になれってところらしい。
ケイン様を見ながら苦笑いしてしまった。
その後の俺とケイン様への対応は腫れ物に触るような感じに変わった。
まあ、俺とケイン様が居れば、この護衛全てを瞬殺できるからなぁ……。
「怖かったら、適当でいいからね。
まあ、私もケイン様もいつもは普通なんで、気にしないで。
要は怒らさなければいいだけ」
エレンへのフォローもしておく。
「フィリベルトさん?」
エレンが俺に声をかけてきました。
「フィリベルトでいいっスよ?
俺、従者なんで」
女性と話をしたことはあるのだが、それはほとんどケイン様関係だけで、こういう会話には慣れていない俺。
「あなたよりケイン様は強いんですね?」
という質問に、
「強いっス。
鬼神ベルトと魔女ミランダの息子ですからね。
天才肌? って訳じゃなくて、ちゃんと努力してるんですよねぇ。
基礎も応用もできる人って感じでしょうか?」
と答えました。
「では、あなたは強くないの?」
「強いんっすかね?
周りに俺より強い人が居すぎて……わからないッス。
あっ、一応、ミンク様のダンジョンの最下層までは言ったことがあるッス」
(俺こんな言葉遣いじゃないんだけどなぁ……。
今更変えられんか……)
苦笑いをしてしまう。
「凄い……。
バレンシア王国ではそんなフィリベルトが従者になるですか?」
エレンさんが聞く。
「んー、俺の場合はベルト様が拾ってくれた訳で、他の従者が俺みたいかどうかはわからないッス」
俺自身がわからないのでこう言うしかないのです。
「いつかは騎士になるのですか?」
エレンさんに聞かれ、
「どうなんっスかね。
獣人が騎士になるのは難しいと聞いてるっス。
でも、ケイン・ハイデマン伯爵の所はあまり獣人だから……という事はないっス。
だから、そのうち……って思っているッス」
と答えると、
「そうですか……」
エレンさんは何かを考え始めはじめました。
それからは何かの度にエレンさんが来るようになりました。
「エレン様に従者は?」
と聞くと、
「私は弱いですから、従者についてくれるものが居ないのです」
と苦笑い。
聞く内容としては、失敗したかな……と思います。
「そうなんですか……。
気が付いていい女性に見えますけどねぇ。
俺もケイン様も気楽に旅ができているっス」
というと、
「それは嬉しいですね」
エレンさんは頬を染めていました。
(ん?)
チラリとケイン様を見ると、俺とエレンを見てニヤニヤとしています。
それを見て、
「何ですか?」
と聞くと、
「いいや?」
ケイン様は口笛を吹く。
後の道のりで、エレンが躓いたところを助けたり、配膳の際に落としそうになった皿をこぼさず拾ったりやっているうちになんだか気になるようになってきました。
そしてケイン様が、
「フィリベルトも、俺と同じかもな」
と言います。
「失礼な!
そんなに増えたりしません!」
俺が反論すると、
「俺もそう言っていたんだが……」
遠い目をするケイン様でした。
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再びフィリベルトです。
カミロ・グリエゴ公爵の馬車はトビケンの王宮の中に入り、馬車を降りるとすぐに王宮の中に入っていきました。
そして、俺とケイン様は兵士に周りを囲まれています。
「お前がケイン・ハイデマンだな。
私はアルベルティ・アルバネーゼ伯爵。
戦場で負けたことが無い。
王への謁見の前に、私と戦ってもらおう」
ハゲでぶよぶよの体の男が現れました。
「ハート様?」
ケイン様が呟く。
(何だそりゃ?
それにしても、耐えられる馬は居るのか?)
デブを見て思います。
「んー、一つ聞きたいんだけど、模擬戦だよね」
ケイン様が聞くと、
「若造が……。
しかし、模擬戦でも人は死ぬことが有るが、それでもいいか?」
と、伯爵が聞いてきました。
すると、
「死ぬのは嫌なので、代理を立てます。
俺の従者のフィリベルト。
こいつに勝ったら戦いますよ。
こいつに勝てなければ、戦う気にもなりません」
俺を山車にするケイン様。
しかしデブが怒り、
「言ったな!
瞬殺してくれるわ!」
顏を赤くしてアルバネーゼ伯爵が言いました。
「梅干し。
ブッチャー?」
ケイン様がまた訳の分からない事を呟きます。。
俺たちは馬を降りると、訓練場のようなところに通されました。
高貴そうな者たちが観客席に立っています。
見せ物にされるみたいです。
ニヤニヤしているのは、アルバネーゼ伯爵っていうのが勝つと確信しているかららしいですね。
(でも、正直なぁ……)
俺はデブを見てやる気が出ません。
まともな戦いになるとは考えられませんでした。
「ケイン様、どの程度にすれば?」
俺はケイン様に聞きました。
実力差がありすぎるため、あまりやりすぎるのも良くはないと考えたからです。
すると、
「お前、エアスラッシュ使えるか?」
と聞くケイン様。
エアスラッシュとは、剣の先に真空波を作り、遠くの者を斬る技術。
ある程度の技量があれば、魔力を使わなくても使える技です。
「まあ、それぐらい使えないと、あのダンジョンじゃ勝てませんから」
俺はケイン様に答えました。
「それであのデブの両足を斬れ。
切断してもいい。
俺が戻す」
ケイン様の指令。
(ただ、ちょっとやりすぎじゃない?
まあ、一応上司の言うことは絶対。
ケイン様は治療魔法が使える。
だから問題ないのかね?)
そう考え、
「はいはい……。
このままじゃ、俺が恐れられますが……」
とケイン様に聞くと、
「従者が強くても、俺は恐れられるだろ?」
とのこと。
仕方なく槍を持って訓練場に行くときに、
「頑張って!」
とエレンさんが声をかけてきました。
(んー、女性に応援されるのもいいな。
はっ……これがケイン様が頑張る原因?)
ケインさんの心が何となくわかる俺です。
そして槍を持つデブの前に立ちました。
体の大きさから、リーチが長いらしいですが、
「始め!」
の声で、俺はいきなりエアスラッシュを使います。
デブの脛の部分で両断され、デブはそのまま前のめりに倒れました。
「足が! 足がぁ!」
騒ぐデブの足元には、大量の出血で血だまりができ始めていました。
唖然とする兵士たち。
こんなに一瞬で終わるとは思っていなかったのでしょう。
「お前ら何してるんだ!
助ける気は無いのか!」
ケイン様は飛び出すと、重そうにデブの足を持ち治療魔法でつなぎます。
今度はデブが唖然としていました。
「大丈夫ですか?
私の従者が手加減を誤り、怪我をさせてしまってすみません」
あたかも事故だったようにケイン様がデブに言います。
三文芝居です。
「いや……」
と何も言えないデブ。
「模擬戦でも人が死ぬなどと言われ、少し緊張したのかもしれませんね。
フィリベルト。
謝りなさい」
ケイン様の口角が上がっています。
これは、嫌でもやれという事なのでしょう。
「すみませんでした。
本来ならば、骨折程度で済ますところを、切断などと……」
俺が謝ると、
「えっ……ああ。
君は私に負けるとは?」
と聞いてきました。
「思っていませんよ?
私が負けるのは、ケイン様の周りに居る者たちだけです。
そのために鍛えていますし、ベルト師匠にも鍛えられていますから」
ニコリと俺が笑うと、何も言わずデブは脂汗を流していたのでした。
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