第124話 シャイニーハニー専属受付嬢カノン
リューカ視点
「申し遅れました。私は『シャイニーハニー』専属の受付嬢、カノンです」
『シャイニーハニー』。
うっすらと噂は聞いたことがある。
数年前に突如現れた三人組の少女パーティ。
たったの数週間でギルド最上位に君臨した伝説があるにも関わらず、その記録が一切残っていないことから架空の存在だと言われている。
他にも、迷い猫を探している最中に失われた秘宝を偶然見つけたとか、靴の中敷きでドラゴンを討伐したとか、とんでもな逸話で溢れている。
集団幻覚や作り話の類であったとしても、もっとマシな筋書きを整えて欲しいと思っていたんだけど、今目の前にいる彼女が『シャイニーハニー』の実在を裏付けてしまった。
「ってことは、『シャイニーハニー』は実在すると?」
「ええ、もちろん。
簡潔に説明するとしたら、エリゼさんが幼馴染のお二人と共に作られたパーティです」
「は……? エリゼが『シャイニーハニー』だったってこと?」
「はい、エリゼさんは『元シャイニーハニー』です」
多分、あたしの顔はぽかんという三文字の擬音を体現しているに違いない。
あの弱気か強気か分かんないエリゼ・グランデが、伝説とか幻と謳われるパーティの一員だったなんて信じられないな。
でも、納得はできる。
あたしの記憶の中にいるエリゼは、ギルドの頂点に君臨する程の強さを持っているから。
「納得はできるけど、理解が追いついてこないわ……。
つまり、あんたがエリゼに詳しいのは『シャイニーハニー』を最前席で見てたからってこと?」
「そういうことです。
エリゼさんに関しては、『シャイニーハニー』解散後も専属で付かせてもらっていましたから、余計に詳しくなっちゃいました。
言うなれば私はエリゼさんマニアです」
ああ、マジでいたんだ。エリゼマニア。
見るからに完璧超人のお姉さんだけど、もしかしてかなり危ない人なんじゃ……。
その可能性を頭の隅に置きながら、あたしは会話を進める。
「エリゼに閲覧制限掛けられてるって話だったけど、他の二人もそうなんでしょ」
「仰る通りです。
制限を掛けられているのは個人ではなく、『シャイニーハニー』そのものですから。
というのも、彼女達はある禁忌を犯してしまったことになってるんです」
カノンは意味ありげに重い話題を切り出した。
「禁忌?」
「この国、聖教国クオリアの最大の謎と言えば何を思い浮かべますか?」
パッと思いつくのは、ララにゃんのプライベートとか、ブティック店員の素性とか……。
いや、そんなはずないのは百も承知なんだけど。
「……教会領の最奥にある建物とか?」
魔術以外のことには微塵も興味が無かったあたしは、適当な答えを口にした。
教会領の奥。
結界が張ってあって入れないから、気になると言われれば気になる……かも。
「あれは祭場とかそんな感じの場所ですよ。
そうじゃなくて、ほら、あるじゃないですか。
いつからそこにあるのか、誰が何の目的で造ったのか、その全てが謎に包まれている場所が」
「深淵の遺跡……?」
「正解です、カノンポイント三那由多贈呈しちゃいます」
とんでもない量の意味不明ポイントを贈呈されてしまった。
「で、その遺跡の何が禁忌なのよ。
言っちゃ悪いけど、春先にその遺跡で依頼こなしてんのよね、あたし。
深淵の遺跡を守る暴走
そんな誰でも入れる場所に禁忌なんて作られてたらたまったもんじゃないわ」
あたしの饒舌を深く飲み込んだカノンは、真剣な面持ちを構える。
そして、訳の分からないポイントを押し付けてきた女とは思えない程声の抑揚を抑えて言う。
「『シャイニーハニー』は深淵の遺跡を踏破してしまったんです」
「……え? 深淵の遺跡……踏破……? どういう意味?」
深淵の遺跡。
あたしの記憶が正しいのなら、あの遺跡はまだ四階層で調査が止まっているはず。
階層を重ねるごとに強くなる守護者を、教会お抱えの騎士団が太刀打ちできなくなったとかで。
しかも、ミュエルが率いていた頃の騎士団が挑んでその結果だ。
そんな物騒な遺跡を、エリゼらがたったの三人で最奥へ辿り着いていたというのか。
「そのまんまです。
あの遺跡は『シャイニーハニー』が既に攻略済みということになります」
「でも、あの遺跡はまだ四階層までしか攻略されてないはずよ。
ギルドがそう発表してるじゃない」
「おかしいと思いませんか?
いつまで経ってもそこから下の階層へ進む気配が無いんですよ。
誰も遺跡に興味がないのを知っているから、教会は
「なんで教会がそんなことするのよ」
「遺跡の調査を『シャイニーハニー』に依頼していたのも教会です。
三人の少女は、遺跡の攻略と引き換えに生涯背負い続けることになる傷を受けてしまいました。
教会が直々に調査を依頼した案件で、少女三人が重い傷を負ってしまった。
それが広まれば、女神の信仰に悪影響を及してしまうでしょうね。
だから、情報封鎖を行ったのだと私は考えています」
些か急展開過ぎるが、彼女の話に筋は通っていると思う。
「重い傷っていうのは?」
「呪いと呼ばれる不治の傷です。
聖女様ですら治せないものらしいですよ」
重体に陥っても疫病が蔓延したとしても、セレナは聖なる治癒術で人々を救うことができる。
あのセレナですら手が付けられないなんて、それはもう詰みだ。
……でも、だとすると。
「それって……エリゼも……?」
あたしの問いに対して、カノンは頷いた。
あたしは何も見えていなかったんだ。
エリゼとあんなに一緒に居たのに、背負わされている何かに気付いてあげられなかった。
「『シャイニーハニー』のお三方は例外なく背負われています。
エリゼさんも同様に」
「その呪いってどういうものなの?」
「残念ながら、詳細は私にも分からないんです。
ただ、普通と呼ばれる幸福の形を辿ることはもうできないみたいです……。
それ程までに理不尽なものだと認識して頂ければ結構です」
無意識に奥歯を噛み締めていた。
あたしだけじゃなくて、きっとエリゼの周りにいた人間は誰も気付けていなかった。
そんな状態のエリゼに追い討ちをかけていたんだ、あたしは。
「シャイニーハニーのお三方は、深淵の遺跡最深部で死闘の末に呪いを負ったという話です。
その後、教会から口止め料や治療費、それに報酬として多額のお金を頂いたみたいですね。
エリゼさんが裕福なのはそういうことです。
……呪いの代償としては安過ぎますけどね。
エリゼさんの資料が存在しない理由は以上になります」
「ねぇ、それってなんかおかしくない?
攻略してから遺跡が想像以上にヤバかったって分かったのよね?
禁忌っていうより口封じな気がするんだけど」
「そういうことになりますね。
教会は、真実を都合よく捻じ曲げて少女達が禁忌を犯したことにしたんです」
「後付けの禁忌とかあっていいんだ……」
自らの責任を放棄した上に、まるでエリゼらが自ら進んで業を負ったように仕向けたのか。
少しだけ、教会の闇を垣間見た気がする。
あたしはその教会の元でお世話になってる訳だけど、常識に疑いの目を向ける時が来たのかもしれない。
「さて、私がまとめたこのファイル。目を通してみますか?
エリゼさん自身が知らないであろう情報も載せている訳ですが。
あなたは今日、これを探しに来たんですよね」
カノンは天体レベルに分厚いファイル差し出した。
でも、あたしはそれを受け取ることに躊躇してしまった。
一ヶ月前、あの裏通りでの記憶が蘇る。
エリゼの記憶を辿った女店員から、エリゼの過去を教えてあげると唆された。
知りたくて仕方がないはずなのに、あたしはそれを断った。
そういうズルはしたくなかったから。
できることなら、エリゼに自分のことを話して聞かせて欲しかったから。
だけど、今は状況が違う。
寝ぼけたことを言ってはいられない。
なのに、あたしは嬉々としてそれを受け取ることができなかった。
「……今、あたしに必要な情報だけ聞きたい。
あいつが落ち込んだ時に行きそうな場所。
自殺を起こす可能性はあるのか。
誰かに狙われていたのか。
それを聞かせて」
エリゼをずっと見てきた受付嬢は、あたしの回答を聞いて嬉しそうに「いひひっ」と笑う。
容姿にそぐわない酷く癖のある笑い方だけど、そのギャップが魅力なのかもしれない。
「聡明な判断です。
ではご要望にお応えさせて頂きますね。
自分でどうにもできなくなった時、エリゼさんは仲の良い友人に縋り付きに行くはずです」
……友達に縋り付く、か。
そっか、あいつは誰かを頼れるんだ。
いや、依存って言う方が正しいのかも。
昨日セレナの部屋に来たのも、そういうことだったのね。
「自殺は無理でしょうね。彼女にはセーフティがあるので。
それで、私が知っているエリゼさん、つまり『テンペスト』を抜ける以前の情報で言うなら。
エリゼさんを狙う人物は、アヤイロ・エレジーショートとアラン、このお二人でしょうか」
「その二人だけ?」
「私が知っている情報で言えばこのお二人です」
アヤイロって女は牢屋だし、アランとのいざこざも多分解決してる。
誰かに狙われたっていう線は薄いか。
あるいは、彼女すら知らない人物に攫われたとも考えられる。
それだとまだ手詰まりだ。
また、何も進展しなかったわね。
「ありがとう。エリゼが死を選ばないならそれで十分だわ」
世界から居なくならないのなら、まだ光は掴める。
「どういたしまして。どうか、エリゼさんをお願いしますね」
その一言で、あたしの中で育っていた疑いが確信に変わった。
ずっと気になっていたことを金髪の受付嬢に聞く。
顔を合わせた瞬間から感じていた違和感の正体を問う、
「聞いていいかしら、その魔眼のこと」
受付嬢ということも相まって、顔採用されているのかって程綺麗な顔立ちをしているカノン。
そんな彼女の瞳からは、あたしでなきゃ気付けない程の何かを放っていた。
術式の余波と表せられる何か。
幼い頃、魔女の家を片っぱしから巡っていた時に何度か目にしたことがあるその何かは、魔眼と呼ばれる特殊な瞳から発される魔力のようなものだった。
「あれ、バレてましたか」
「あんたはあたしがそれを認知したことすら知ってたでしょ。
その眼は見たモノの情報を知ることができる『解の眼』ってとこかしら?」
「ご名答。流石銀河一の魔術師は聡いですね」
「銀河一? 馬鹿言わないで、良くて塾で一番レベルよ」
「え〜あなたもしかして謙遜女子?
私、評価力と観察眼には自信あるんですけど。
とは言え、私の眼はそこまで万能じゃないんですよ。
力を行使したい対象を視界に入れておかなきゃいけない制限があるので。
……だから、今エリゼさんがどこにいるのかも分からないんです」
自分の力の無さを悔やむようにそう言った。
カノンとのやりとりから察するに、彼女はあたしが口にしていない重要な事情を念頭に置いて話を進めていてくれているみたいだ。
エリゼが失踪したという事情を。
「エリゼが消えたこと、あんたはあたしを一目見た時に理解しちゃってたのね。
だったらちゃんと口で伝えるべきだったわ」
「いえいえ、初対面の女に大切な人のことをいきなり伝えるのは難易度高いでしょう。
けど、エリゼさんを一生懸命探してくれる人がいてくれるのを知れたので、そこはちょっと嬉しいですね」
「あんたの力を借してくれれば、すぐにでも見つけ出せるんだけど」
あたしが応援を促すと、カノンは分かりやすく落ち込んでしまった。
完璧に仕事をこなす受付嬢は、肩を落として悲しげに笑う。
その自虐を込めた笑顔の意味を理解したあたしは、軽率に口にしたその言葉を後悔した。
「私、外に出られないんですよ。
魔眼の力が抑えられなくて、いらない情報が嵐のように舞い込んできちゃうんです。
それで脳みそがへばっちゃって、気絶しちゃうから……。
すみません……肝心な時に使えなくて……」
魔眼に選ばれた者は普通の生活を遅れない。
あたしはそれを失念していた。
視界に入った者へ影響を与えてしまう、あるいは与えられてしまう。
そんな瞳を持った人間がまともに生きられるはずがないのだから。
「ごめん、今のはあたしが悪いわ。
お詫びに愚痴ぐらいなら聞いてあげるけど」
後頭部の髪を弄りながらそう言った直後、カノンは躊躇うことなくあたしを抱きしめた。
背中を覆うように組まれた両腕があたしを圧迫する。
「ちょ、だ、だだだ、抱きしめて良いとは言ってないわよ!?」
戸惑うあたしを無視して、完璧に見えたカノンは耳元で叫ぶように囁く。
「私、結局エリゼさんに何もしてあげれらませんでした。
忠告しかできなくて、でも、それは意味を成さなくて。
彼女に何も影響を与えられなかった。
今もそうです。
魔眼のせいで探しに行くこともできない。
……だから……すっごく悔しい。
まだ……エリゼさんに何もしてあげれてない……約束も……果たせていない……。
だから今は……あなたに任せますね。リューカ・ノインシェリア」
最後にギュッと抱きしめる腕に力を入れると、カノンはあたしを離れた。
余裕の無かった顔も受付嬢カノンの顔に戻っていた。
強い人ね、あんたは。
エリゼの周りにいる人間は、みんな強い人だ。
「……別に、泣きじゃくったって良かったのよ」
「泣き顔を所望ですか?
残念ながら、今年分の涙は春の内に枯れちゃいました」
「そう、残念ね」
これでギルドでの目的も果たされた。
今日は一旦帰って情報を整理しようかな。
とりあえず明日の予定は『深淵の遺跡突撃訪問』で決まりね。
このエリゼマニアも知らない呪いのこと、探ってみないと。
「一応言っておきますけどあの遺跡、今でも普通に危険なので中に入ろうなんて思わないでくださいよ?」
「分かってるわよ。今更行ったところでエリゼの手がかりなんて一つも残ってないでしょうし」
「私はギルド職員として忠告しましたからね。
……それはそうと、ギルドの機密情報を無断で閲覧した不届き者には何か罰を与えないといけませんね。
「え、あたし許されない感じ?」
「そりゃそうですよ。顧客情報を片っぱしから目に通したわけですから」
「……で、何をすればいいのよ」
「私の魔眼は映像を映してくれないんですよね。
なので……エリゼさんと寝た時の話を詳しく!!」
「言い方!!」
カノンが言っているのは、多分セレナの部屋でお泊まり会をしたあの夏の日を指しているんだろうけど、表現の仕方が最悪だ。
「そう、その日のことを詳しく聞かせてください」
「あたしの心に返事するのやめて」
そこからあたしはエリゼの知っている限りを話すことになった。
カノンは、あたしが話した文字を一言一句逃さず紙に写していた。
満面を通り越した狂気の笑みで。
ちょっと怖い。
その後、カノンの計らいでギルドを難無く抜けて寮へ帰り、今日の出来事をセレナに伝えて眠りについた。
明日の朝、もう一度メイドに会いに行こう。
だって、今動かなきゃいけないのはあいつなんだから。
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