第123話 名付けるなら、オペレーションエニグマ
リューカ視点
あのブティックから紆余曲折無く、ただただ一直線にギルドまでやって来た。
目の前に広がるは、税金で建てられた絢爛豪華な施設『ギルド』。
向かい側には我らが『テンペスト』ご愛用の宿屋『クレシェンド』が見える。
ここに来るのは、『テンペスト』を抜ける手続きをして以来かしら。
久しぶりに訪れた訳だけど、懐かしんでいる暇は無いしそもそもノスタルジーを感じる程この施設に思い入れはない。
物騒な輩が集う『ギルド』へと足を踏み入れる。
ロイヤルなインテリアで揃えられた屋内。
その無駄に豪華な絨毯の上を進む。
待合のカフェやパーティマッチング伝言板の前を素通りして、受付カウンター付近まで移動したところであたしは周囲を見渡した。
ブティックの店員はエリゼマニアだとか言っていたけど、流石にそんな輩は居そうにないわね。
なら、さっさと本命である個人記録の方を確かめに行こうかしら。
パーティの対応してくれる受付嬢が顔を合わせる度に記録を残してくれているはずだから、その媒体を確認させてもらえれば楽なんだけど……。
個人情報を見せてください、と頼んで見せてくれる馬鹿はどこにもいないだろうな。
金でも積むべきだったか。
でもあたし、無職だし貯金無駄遣いしたくないし。
……やるか、犯罪。
時間が無い以上、もうそれ以外の手が思い浮かばない。
『ギルド』のどこかに保管されているエリゼの細密記録を、力づくで見させてもらおう。
職員になりすまして堂々と施設内に侵入しちゃえばバレないでしょ。
そうね、作戦名を名付けるとするなら……。
『オペレーションエニグマ』ね。
受付エリアの隅に扉がある。
関係者以外立ち入り禁止と記された扉が。
あたしは何食わぬ顔でその扉を開けて中へ侵入した。
人の善性を信じてセキュリティを甘くするのは良くないわよ。
扉の先は受付カウンターの向こう側と繋がっていて、職員がしきりに行き交っていた。
多忙な彼女らは不審者なあたしを気にも留めずに施設内を駆け巡る。
危機管理大丈夫?
自分で罪を犯しておいて言うのもおかしいけど、杜撰すぎる。
とは言え、あたしにとっては絶好のチャンスなので、この激甘な波に乗らせて頂こう。
不親切にも職員エリアの内装図面はどこにも飾られておらず、散々建物の中を歩き回ることになった。
探し始めて十数分程度で、あたしは件の部屋を見つけた。
入り口に飾られた看板には淡々と部屋の名が記されている。
『アーカイブルーム』
あたし好みの部屋名ね。
扉には鍵穴が設けられていたけど肝心の鍵は掛かっていないらしく、簡単に開いてくれた。
アーカイブルームの中は結構な広さがあって、図書館のように本棚がたくさん並んでいる。
棚の中に陳列されているのは、ワインレッドのバインダー。
それらは見識高い受付嬢達にまとめられた記録で間違いないだろう。
そして、大量の機密情報が視界いっぱいに広がっている。
何百何千までありそうな膨大な量の資料数だった。
「この中から探せってこと……?」
終わりだ。
今日はもう帰って寝よう。
そう思いながらも、あたしは本棚の前へ進んでいた。
幸いなことに、パーティ名の頭文字を基準にして並べられているらしく、とりあえず背表紙に『テンペスト』と記されたものを手に取る。
中身を適当にめくってみると、討伐や救助といったクエスト受注の履歴と成果から、パーティメンバーの性格や日々の変化まで事細かにまとめられていた。
雑に読み進めていると、『テンペスト』の弓兵であるメイリーのページが出てきた。
『弓兵のメイリー・ティンクルダストは近所に住んでいた十歳下の少女と結婚の約束をしていたが、それを軽く捉えておりパーティリーダーのアランと交際を開始。
現在、少女がメイリーに向ける感情は愛と憎くしみの両方』
結構詳しく書かれてるわね……。
詳しいで済ませていいのか分かんないけど、そういうことにしておこう。
そこからページを数枚程めくると、あたしの名前が出てきた。
『魔術師のリューカ・ノインシェリアは。コミュニケーション能力が明らかに欠如していて会話に破綻が生じてしまう。
関わる際は要注意。
追記。
パーティリーダーのアランに猛アタックをしているが、相手にされていない様子。
利用されている可能性大いに有り』
「そういうのは、気付いたときに言いなさいよ!!」
ただ、あたし達のことは本人が知らないところまで詳細に記載されているのに、肝心のエリゼに関する欄が見当たらない。
まさか、引き継ぎもせずに以前属していたパーティのバインダーにそのまま記録され続けてたりしないわよね……。
最悪の想定をして、あたしは再び本棚を漁り始める。
「えっと『テンペスト』の前に入ってたのが確か『クラウン』ってパーティで。
その前は……え? その前はどこ?」
確か『クラウン』の前にもどこかに所属していたはずなんだけど。
バインダーにまとめられたこの資料の群れの中から、名前も知らないパーティを探さないといけないのか。
骨が粉砕的な折れ方するレベルなんだけど。
本棚にあるバインダーを次々と手に取り、メンバーの欄を見て元に戻す。
その作業を何度も何度も繰り返した。
それにしても数が多過ぎる。
「ほんとこのギルドには馬鹿しかいないのね。
ギルド活動で荒稼ぎなんて凡人には非効率すぎんのよ」
多すぎる資料に対して不満をぶちまける。
上澄みだけ見て夢抱いた可哀想な奴には悪いけど、上位に位置するパーティの怪物供は、一攫千金を求めるお前らよりもっと単純な思考に染まっている愚か者しかいない。
強力な魔獣の討伐案件をこなすのも、危険な地域に赴くのも、強さを求める行為の一種でしかないんだ。
そういう夢中が無い連中は、即刻ギルドを立ち去ってこの無意味な資料を片っぱしから削減して欲しい。
主に、不法侵入して機密文書を漁り
それから数十分。
あたしが得られた成果と言えば、どこの誰かも知らない興味のない者共の案件受注記録のみ。
「やってられるかーっ!」
小さく叫んで、手に持っていた数百冊目の資料を丁寧に棚へ戻した。
休憩のために用意されたであろう椅子に座る。
すると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
この部屋の周りには物置やらお手洗いがあったはず。
そっちに用があるといいんだけど……。
隠れるところ、探しといた方がいいかも。
いやいや、堂々としてればバレない戦術の真っ只中でしょ。
何百人もいる職員の顔を全員分覚えている真面目ちゃんなんてこの世に存在しないから大丈夫よ。
そう、大丈夫。
だから鎮まれあたしの汗腺と鼓動と眼球。
足音は無慈悲にもこの部屋の前で止まった。
資料を確認している素振りをしてみるか、いっそのこと怠慢上等の駄目職員を装うか。
焦りが脳に回って思考回路がおかしくなったところで、部屋の扉が開かれた。
現れたのは、天体レベルに分厚いファイルを片脇に抱えた女性職員。
金色の髪を持つその女性は、初対面のあたしから見ても完全無欠のスーパウルトラハイバーミラクルエリートだと感じ取れる。
職員はあたしに言葉をかける。
「探し物はここにはありませんよ」
「……いや、これは不法侵入とかではなくて、あたしもギルドの関係者で」
焦りのあまり、彼女が発した言葉に違和感を持てず弁解を始めたのが失敗だった。
「そう、見ない顔ですね。ギルドネームは?」
「ギルドネーム?」
思考力を限界まで引き上げてもその意味に対する解を導けない。
ギルドネームなんて単語、初耳中の初耳。
「ほら、入社した時に決めたあだ名ですよ。
自分の好きなモノからもじったりして決めるアレです」
こいつら、そんなお遊び感覚で重要な職務に勤しんでいるのか。
ギルド職員にコードネームなんて必要ないでしょ。
……もしかして、関係者以外を炙り出すためのものなのかもしれない。
や、やばいわね。とにかく考えないと。
怪しまれたら即アウト。
エリゼを探すどころか、あたしの明日を探す羽目になっちゃうわ。
「え、えっと、大天使アイドルララにゃん愛超絶乃巫女……だけど……」
それから数秒、沈黙が世界を支配した。
肌寒い季節にも関わらず、あたしの体からは汗が噴き出ている。
そして、金髪職員はお腹を抱えて笑い始めた。
「ぶふっくっくくくく! 何ですかそれっ! あはははは! いひひっ」
「な、なんなのよ」
「はぁはぁ、ん……失礼。
ギルドネームなんて存在しませんよ、リューカ・ノインシェリア。
それに、あなたが探している資料もここには存在しません」
今、この女職員は何事も無かったかのようにさらっと口にしたが、あたしにとっては衝撃的過ぎた。
あたしの素性も犯行理由もバレている。
……詰んだ。
「大丈夫ですよ。エリゼさんのお友達は騎士団に突き出せませんから」
「あ、あぁ、そうなんだ。よく分かんないけど助かるわ。
……なら、あんたの話詳しく聞かせてよ」
どうやら、エリゼのおかげで助かったらしいあたしは、目の前に立っている女に説明を求める。
エリゼの資料が無いことについて。
「エリゼさんの情報には閲覧制限が掛かっていて、限られた者のみが見れるアレなんですよ。
その上、君が探しているであろう資料はここに無いの。
教会が直々に持ち去って行ってしまいましたから」
「そんな……じゃああたしはまた無駄足を踏んだっての……?」
教会が何のためにエリゼの資料を持ち去ったのか。
どうして閲覧制限が掛けられているのか。
謎は深まるばかりで結局何の手掛かりも掴めなかった。
手詰まりね。
一旦寮に戻って考えを練り直さないと。
……いや、そんな時間も無駄になってしまう可能性がある。
だって、明日にでもエリゼはひょっこり帰ってくるかもしれないから。
失踪してからまだ一日しか経っていないんだ。
心配し過ぎなのなのよ……あたしは……。
でも、もしかしたら何かトラブルに巻き込まれてるかもしれない。
だから、止まっていられない。
「オリジナルはね」
そう言うと、彼女は天体レベルに分厚いファイルを自身の胸の前へ持って来る。
「無断で書き記した紛い物がこちらに」
札束を数えるようにファイルをめくって見せる。
素早く流れる資料の中身の内に、エリゼに関する事柄が何枚も何枚も出てきた。
そのほとんどが、あたしの知らないエリゼの情報。
身長体重に趣味趣向。
ありとあらゆる個人情報が記されていた。
「あんた、何者なの」
職員は金色の髪束を揺らしながら、永遠に残り続ける至宝の愛想で笑う。
「申し遅れました。
私は『シャイニーハニー』専属の受付嬢、カノンです」
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