第107話 今度はあたしらが救ってやる番でしょ

 魔術師リューカ視点



 街中に響き渡る大音量の緊急避難警報によってあたしは叩き起こされた。


 どうやら『ドラゴン』が接近してきているらしい。


 あたしには関係の無いことだ。


 きっと誰かが討伐してくれるに違いない。


 そんなことよりも眠たい。


 窓から差し込む日差しは敵だ。


 毛布を頭まで引っ張り上げて二度寝を決め込む。



「起きてくださーい! 起床起床起床!!」



 あたしの引きこもり結界が勢いよく剥がされてしまった。

 これはもう暴力の類だ。


 睡眠を邪魔するのは殺害未遂の延長線上に存在していると言っても過言じゃない。


 寝所の前に立っている白い修道服が眩しい。



「ちょっとやめてよセレナ……あたしらは避難しなくてもいいんじゃないの……」



 なぜなら、修道女寮が建てられているこの教会領は避難場所に指定されているから。


 既に避難しているということだ。



「避難はしなくてもいいですけど、お手伝いはしないといけませんよ。

 さもなくばリューカさんを非難します。

 どうかまばたきで瞼が擦り切れますように」



 セレナはあたしになら暴言を吐いていいと思っているらしい

 とは言え、聖女ポイントは少し減るみたいだけど。



「ああもう、起きるから寝かしてよぉ」


「矛盾法違反ですよ」


「誰が定めた法律なのよ、それ」


「私です!!」



 そう言うと、セレナは手鏡を持って窓際に移動した。


 そして、部屋に入り始めていた日光を鏡面に反射させてあたしの顔面にぶち当てた。



「ぐええ」



 聖女ポイント全損案件でしょ。


 仕方がないのでガサついた目ん玉を擦りながら意識を覚醒してあげることにした。


 固まった体をほぐすために柔軟をしていると、ドアを叩く音が聞こえた。


 誰かが訪ねて来たみたいね。


 セレナがそっと扉を開けると、その先には寮長を務めているおっとりした修道女がいた。


 困り顔に見えるその表情からは、焦りと戸惑いが見られる。



「聖女様、リューカさん。その、ミュエル様がお呼びです」



 こんな非常時に誰かと思えば、どこからどう聞いても友達の名前じゃないか。


 一体どういった用件があるのかは全く予想できない。


 お風呂が壊れて朝風呂ができないから浴室を貸せとか、朝ごはんを余分に作りすぎたから譲りにきたとかかな。


 とりあえず、あたしの頭が回っていないことは分かった。


 まぁでも、そのぐずぐずの脳みそも一秒後にはフル回転することになるんだけど。


 修道女に手招きされやってきたのは血塗れのメイドだったのだから。


 頭が痛い。


 これは幻なのか。


 夢を見ている可能性もある。


 だとすると、これは悪夢だ。



「二人に、お願いがある」



 残念ながら紛れもない現実だった。


 ミュエル・ドットハグラは逃避を許さない悲しげな声色で求めてきた。



「ミュエルさんその服は……」



 セレナは血飛沫の跡が染みになっている服のことを尋ねる。


 朝一発目にその格好はショックが大き過ぎるわよ。


 せめて、鉄臭いそれを洗い流してからここまで来て欲しかった。

 そんなことも考えられないほどに切羽詰まっているんだろうな。



「これは……私の罪だ」



 ……。


 呆れそう。


 ミュエルが思い込んでいるのは理解できる。


 でも、この瞬間まで一旦無関係だったあたし達にその言葉を深く受け止めることは難しいわよ。


 過程をすっ飛ばして結果だけ伝えられても同情は湧いてこない。


 気取っている様にしか聞こえない。


 傷に浸っている様にしか聞こえない。


 まるで、自分がこの世で最も不幸であると俯瞰しているふりをしている様にしか聞こえない。


 今のあんたに必要なのは、視界を広げることね。

 エリゼに一点集中している割には、悲観的過ぎるから。



「何イタイこと言ってんのよ、エリゼ大好き女。

 セレナ、魔術で服を綺麗にしてあげて」



 寮長を帰してミュエルを部屋に招く。


 セレナが血の染みを除去している間に、諸々の事情を聞いた。


 エリゼが今どういう状況なのか。


 犯罪組織『スルト』の存在。


 アヤイロ、メートゥナ、ネイハの三人について。


 聞いているだけなのに、あたしは血管がはち切れそうだった。


 あんな健気で人を責めない人間を、どうしてそこまで追い詰めることができるのか。

 ……なんて、かつてのあたしも同じことをしてきたんだけどね。


 あたしは、慕うべきだったエリゼに傷を負わせ続けた。


 だから、こんなことを言う資格は無いのかもしれない。



「……ご主人様を取り戻してくれないか」



 それでもあたしは言葉にする。


 罪を贖い続ける。


 そして、想いを抱き続ける。



「救ってもらってきた分、しっかり救ってやるわよ」



 今度はあたしがエリゼを救う番だ。


 あたしを魔術師にしてくれたあいつに恩を返す。

 それで帰し切れる程微量なものじゃないけど、


 別に感謝されることをするわけじゃない。


 これは当たり前を実行するだけだ。



「無理矢理投薬されているとなれば、速やかにエリゼさんを見つけ出さないといけません」



 セレナは深刻な顔で焦燥を語る。

 不安と困惑、それと少しの怒りを抱えているようだった。


 本人はその怒気を体の奥底に押さえつけているみたいだけど、それでも体の至る所から漏れている。


 話には聞いたことがあるけど、違法薬物ってのはやっぱり厄介なものらしい。



「そうね、さっさとエリゼが何処にいるか探るわよ」


「そんなことできるのか?」



 不思議そうな顔でミュエルはこちらを見つめている。


 ふふん、あたしはそういう疑念の眼差しが大好物なのよ。


 疑いを称賛に変えるのが大好き。



「秘密の術式があるのよ。

 悪用されないようにって、この国では資料すら残されていない探知魔術がね」



 任意に人物の居場所を探知する術式。

 どう聞いても悪用以外の使い道がほとんどないその魔術は、大抵の国で秘匿術式に指定されている。



「リューカさんはどうしてそれを知っているんですか?」


「え? えっと、それはあれよ、色々あるのよ」



 幼い頃、どこの国の者かも分からない放浪魔術師に教わったとは言えないわね。

 あの人普通に密入国者だったし。


 セレナが疑いの眼差しを向けてくる。


 ミュエルのと違ってこの疑念は苦痛だ。

 潔癖の聖女様に出せる回答が思い浮かばない



「と、とにかくエリゼに関する何かが必要ね。

 本人の髪の毛や爪、瘡蓋、肉片辺りを使えると助かるんだけど、流石にそれはないか。

 そうね……あたしの杖は使えそう、後はミュエル自身をエリゼの物として仮定すれば使えるかも」



 エリゼがプレゼントしてくれた漆黒の杖。


 そして、エリゼの従者であるミュエル。


 たったこれだけじゃ術式を構築できないな。

 より効率を追求したアレンジしてみるか。


 脳内で術式の要素を最適化させる。



「昔エリゼさんから貰った服があるので、それも使いましょう」


「助かるわ。とりあえず、今用意できる物はそれぐらいみたいね。

 ミュエル、この街とその周辺が記載されている地図を五枚程用意してきて」


「分かった」



 主人を想うメイドは駆け出していった。


 さて、あたしも始めましょうか。


 ローテーブルの上にあるものを無造作にどかして、綺麗になった天板へ白紙の紙複数枚載せる。


 それらを繋ぎ合わせ一つの大きな用紙にし、魔法陣を描く。


 それからテーブルの周囲に用意したエリゼ関係の物を並べていると、ちょうどミュエルが帰ってきた。


 ドンピシャなタイミングだわ。

 どれだけの速度で領地を走ったのかは聞かないでやろう。


 もしかすると、そこら中の歩道が彼女の踏み込みによって凸凹になっているかもね。


 ミュエルが入手してきた地図を魔法陣の上に設置する。


 これで準備は完了だ。



「本来は軍隊が司令室やら参謀本部やらで使う魔術なのよ。

 何かに固定された地図を使うやつね。

 それをあたし流にアレンジした術式がこれ。

 携帯用の地図に対応させて、持ち運べるようにしたってことよ!

 あ! 誰でも思い浮かぶことじゃんって思ったでしょ。

 ちっちっち、想像できたとしてもそれを現実にできるのはこのあたしだけ。

 つまり、あたしはすごい」


「あーあー、分かりました分かりました、すごいすごーい。

 それで、エリゼさんはどこにいるんですか」


「えっと……誰か地図に魔力流してくれない?」



 ジト目聖女様の視線が辛い。


 仕方ないでしょ、あたしの魔力は常にすっからかんなんだから。



「それじゃ、流しますよ」



 ていっ、という謎の掛け声と共に聖なる魔力が魔法陣に流された。


 そこからは特に目立った演出があるわけでもなく、あたしが組み上げた工程が淡々と進行していくだけ。


 そして、魔法陣を組み込んだ図面に光が発生した。


 その位置こそが対象者の居場所。


 エリゼ・グランデの現在地。


 だけど、あたしはその光景に目を疑っていた。



「おかしい……なんで……」



 ありえない。


 術式は完璧だったはず。


 失敗は過去に置いてきたんだ。


 だから、魔術は成功している。


 自信を持て。


 あたしはかなり凄腕の魔術師なんだから。



「リューカさん、これって……」



 セレナは地図上に現れた紅の光を目にして、この結果が何を表しているのかを察しているようだった。


 おそらく、ミュエルもそうだ。

 彼女も聖騎士時代に魔術を学んでいるはずだから、この異常に気付いていると想う。



「エリゼが……三人存在していることになってる」



 地図上には、紅の光が三つ存在していた。


 光の位置は血の通った肉体に反応している訳で、通常は一つしか表れない。

 当たり前だけど、同一人物が三人いるなんて矛盾はありえないから。


 でも、それじゃあこの結果はなんだ。


 ……今は深く考えるのはやめよう。


 辿り着きそうだった答えには、蓋をしておく。



「何者かに術式が阻まれている可能性はないんですか?」


「それはないわね。あたしの術式は妨害が不可能だから」


「どういうことですか?」


「あたし以上の魔術師がこの世に存在しないってことよ」


「へー……で、どうします?」


「三箇所とも抑えるしかないでしょ。

 ねぇミュエル、騎士団が動いてくれてるのよね。

 彼女らはどこを目指して動いてるの?」


「騎士団はこの方面に動いてくれている」



 ミュエルは地図上に大きく描かれた空白の土地を指してそう言った。

 何やら大きな倉庫がある場所。


 そして、その近くには光が一つ。

 その光は少しづつ倉庫に向かって進んでいた。



「それで、この光の位置は『スルト』の所有するクラブハウスで間違いない」



 次に彼女が指したのは繁華街に位置する光。


 ミュエルの話が正しいなら、この場所が組織の新しい拠点だろう。



「なら、あたしらが追うべきなのはこの光ね」



 ミュエルが説明した二つとは異なる最後の一つ。



「クラブの方でも空き地の方でもない場所に向かっていますね。この光」


「だからこそ余計に怪しい。

 本命の可能性もあるし、あからさまな罠の可能性もある。

 覚悟して向かわないといけないわね」



 口を動かしならが、あたしはピアスやカフス、指輪や腕輪を次々と身に付けていく。


 そのどれもが魔道具の一種で、術式や魔力を混ぜ込んでいる。


 その魔力は仲良くなった修道女やセレナから貰ったもの。

 一人じゃこんな方法思いつかなかったな。


 エリゼがいないと能無しのあたしでも、入念に準備をすることで一時的に魔術師になれるようになった。



「二人とも……依頼をしておいて言える立場じゃないが、危険だと思ったらすぐに逃げてくれ」


「無理ね。

 悪いけど、あんたがあたしらに頼んだ時点でもう逃げ道は無くなってんのよ。

 あたしもセレナも諦めることを知らない。

 だからまぁ、あたしらが死んだら全部ミュエルのせいだからな」


「今のツンデレ語を翻訳すると……エリゼは絶対助けるし、あたしらは死なない。

 となりますね。つまりミュエルさん、私達の心配はご無用です」



 うっ否定できない。

 この聖女、リューカ学でも専攻していたのかと疑いたくなるほどあたしに詳しい。



「さ、さぁ! さっさと出るわよ!

 こっから先は最短距離でぶっ進むんだから!」



 ローブを羽織って術式に組み込んでいた漆黒の杖を抱える。


 背中まで掛かっている長い髪の毛を二つに結び、気合を入れた。


 多分、戦闘は免れない。


 気を引き締めないと。



「私は、どうすればいい」



 ずっと気分が悪そうな顔をしているミュエルは弱々しく言う。


 戦う脳しか無かったこのメイドは、戦えないことを無能であると潜在的に思っている。


 だから、それ以外の道を与えてやらないといけないな。


 少し前のあたしがそれを手にした様に。



「あんた戦えないんでしょ。

 だったら無理して戦いに行く必要無いわよ」


「でも、何もせずに待ちぼうけるのは嫌だから」


「分かってるわよそんなこと。

 だからさ、あんたは頼れる誰かを探しに行きなさい。

 騎士団が倉庫に向かって、あたしらがあの光を追う。

 最後の一つ、繁華街の光を目指してくれる誰かを探しに行きなさいよ」



 鼓舞と役割を贈って、パパッと複製したエリゼ探知地図の束を渡す。



「ああ、分かった」



 そして、メイドは部屋を出て再び救いを求めに街を駆ける。


 そう、今のあんたは戦わなくても十分役に立てるんだ。

 だからそう悲観するなよな。


 頑張れよ、メイド。



「あたしらも行くわよ」


「はい。絶対エリゼさんを助けましょう」


「そうね……必ず救ってやる……」



 救い逃げは許さない。


 修道女寮を出たあたしとセレナは、地図を片手に走り始めた。


 ……。


 ただ、残酷な事態が待っている気がする。


 リューカ・ノインシェリアが魔術を失敗しないことは、あたし自信が一番理解している。


 術式は成功していたんだ。


 ……ああ、さっきからずっと最悪な想像が脳内を支配している。


 嫌だ。


 もしも、エリゼの体が三つに切り離されているとすれば。


 そんな仮定をあたしは考えたくない。


 大丈夫、生きているのは確実だ。

 エリゼを攫った連中の目的は殺害じゃないんだから。


 ……。


 絶対救ってやる。

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