第85話 影で企む黒き者達
大司祭補佐シルゼリア視点 (新しい登場人物)
聖教国クオリアの都心部、さらにその中心を占有する教会領。
大聖堂や病棟など誰でも利用できる公共施設の奥に、国を統治している機関が存在している。
幾重にも結界が張られた建物の群れに潜む理事棟。
そこは、教会関係者の中でも限られた者にしか知らされていない秘匿区画。
機密に塗れた重要施設の中枢に位置するとある会議室。
国の権力を分配された賢者が集うその部屋に私はいた。
窓の存在しない常闇の個室に円卓が一つ。
それを囲むように国を動かす教会上層部の方々が席に座っている。
粒揃いの彼女達は揃いも揃って若作りの猛者共。
ありとあらゆる魔術を使って体を改造し、各々が掲げる理想の容姿を保ち続けている。
ある者は、図書館司書を想起させるおっとり系のお姉様へ。
ある者は、教育過程真っ只中な生意気漂う幼い少女へ。
ある者は、海が似合う褐色で眩い活発娘へ。
そんな個性的過ぎる彼女達は、残念ながらその体にそぐわないご高齢精神を宿している。
噂によると、この円卓を囲む女の中には何百年も生き続けている者も存在しているとか。
国の頂点まで上り詰めた権力者の中の権力者というものは、欲に忠実で尊敬してしまうな。
室内は近未来的な魔導灯が壁や床に埋め込まれており、青白い光を灯すそれら照らされていた。
この息の詰まる部屋に来る都度思うことがある。
換気とかしなくていいんだろうか……。
「シルゼリア大司祭補佐、報告を」
幼女の体を持つ女性から発されたのは、お堅い言葉だった。
体と心が合っていない人間を見ると混乱してしまいそうになるな。
さて、始めましょうか……『エリゼ・グランデ』に関する報告を。
「では失礼して、私の方から報告を述べさせていただきます。
三ヶ月前、病棟で療養中だったエリゼ・グランデの内部に確認された願望器の力ですが……我々の求めていた『万能』ではないことが判明しました」
「そうか。我々の見解通りだった、ということだな」
幼女の言葉に、円卓を囲むジャンル違いの美少女達が頷いてる。
ここだけ写真で切り取れば、案外微笑ましい風景に見えるかもしれないですね。
実際のところは、民の命を何とも思っていないドス黒い女の集団ですが。
「それで、願望器はいかほどの性能なんだ?」
褐色活発娘の姿をした女性はそう質問してきた。
この人達、外の世界でもこの話し方なんだろうか。
せめて容姿に見合ったキャラ付けを徹底願いたい。
「設けられているであろう制限を並べます。
一定以上の間柄でないと願いは適用されない。
継続的な願いを叶えている場合は、距離によって減衰が生じる。
強大過ぎる願いは叶えられない。が、これは未検証。
以上が現在判明している願望器の程度です」
「一定の距離というのはどの程度を指すんだ?」
「一般的に言う友達の距離ですね」
「なるほど。では、継続的な願い云々の距離は?」
「具体的な距離は検証中ですが、この教会領から大通り辺りまで離れてしまうと減衰が生じ始めるようです」
「そうか。ところで、そのデータは誰から取ったものなんだ?」
次から次へと質問が飛んでくる。
もはや誰が私に声を掛けてきているのか分からなくなってきた。
「エリゼ・グランデの友人リューカ・ノインシェリアです。
他にも観察対象になり得た者はいました。
例えば、セレナ・アレイアユース。
しかし彼女は聖女という冠を背負う者。何かを願うという思考は持てません。
次に、ミュエル・ドットハグラ。
彼女は現在、エリゼ・グランデの使用人に就いています。
聖騎士まで上り詰めた人間です。視線や悪意に敏感ゆえに、観察することは不可能でした」
「ここに来て再びミュエル・ドットハグラの名前が出てくるとはね。
あれは不能に陥れたはずだが……どうして願望器に仕えているんだ。
まさか、我々の存在に気付いて反旗を翻そうとしているわけではないだろうな?」
「その線は無いと断言できます。
実際、彼女にはもう騎士としての意思は残っていません。
危機的状況に陥ったとしても、相手を引っ掻くことすらできない無能です。
彼女が願望器の関係者なのは偶然でしょう」
偶然にしては出来すぎている気もするけど、実際そうなんだから仕方がない。
いくら裏を洗っても聖騎士が我々に楯突くようなことは考えられなかった。
ここにいる権力者達が自己判断で下した偽装事故もバレてはいない様子でしたし。
報告を続けましょう。
質問攻めに合っていたせいで言い遅れたが、彼女達に知っておいて貰わなければいけない項目がある。
「実は、気になる点が一つ残っています。
縁あってエリゼ・グランデが教会祭事に助力を添えて頂いていた一週間前のことです。
近くに置いていた修道女の話によると、内包している魔力量が療養時と比較して大幅に増加しているとのこと」
「魔力量の増加? そんなことは稀でもないだろう?
療養時との比較なら、その感想は尚更普遍だと思うが?」
「そう思うのが健全だと思います。ただ、増加の幅が大き過ぎるんです」
「……シルゼリア大司祭補佐、君は何が言いたいんだ?」
「不確定要素が多いため、根拠無しの妄言と思って聞いていただきたい。
エリゼ・グランデのその情報と同質の魔道具が存在する。
膨大な魔力を溜め込み、ありとあらゆる術式の発動を可能とする魔道具。
その性質から世界を救える程の力があるそれは、こう呼ばれている。
────『奇跡』と」
かつて、ナルルカ・シュプレヒコールという名の『聖人』が所有していた魔道具と同等の存在へとエリゼ・グランデは変化しつつある。
「……なるほど、消失した『奇跡』は少女の体に宿っていたのか。
となれば、エリゼ・グランデを使う線は潰えていないことになるな。
あるいは『奇跡』に『願望器』としての力を掛け合わせるのも有効かもしれない」
幼女の姿をした女性は嬉々として答えた。
だけど、そう上手くは行かないでしょうね。
この不条理な現実は簡単に願いを叶えさせてくれる訳がないのだから。
「いえ、これは希望的観測に過ぎません。
そうあって欲しいという私共の甘さが入った情報です」
「む、そうだな。確証が取れるまでは頭の隅に入れておく程度にしておこう」
「はい、その上で彼女を取り入れたプランを設けるのも良いかと。
彼女に希望を絞ってしまっては本末転倒ですが、利用できる波が来ればそれに乗るのが吉です」
「そうだな。ところで……現在並行して進められているプランの数は?」
「51通りです。その内、現実に落とし込めるのはおよそ10の案のみです」
「意外と多いな。それで、その中に新たな道を開拓する訳だが。
『願望器』はどのように手に入れるつもりだ? かなりの手練だと聞いているが」
「その通りです。エリゼ・グランデは人を外れている。
以前のような強引な手は避けた方がいいですね。
やはり、そこが難所ですね。どのようにエリゼ・グランデを引き込むかは思案しておきます」
一ヶ月ほど前に決行した、賊を利用するような真似はもうするべきではないだろう。
彼女自身が怪物な上、膨大な魔力も溜め込んでいる。
誤って殺害してしまえば体内の魔力が爆発し災害を起こすだろう。
「然り。我々も間抜けではない。同じ轍は踏まないよう気を付けなければな。
……やはり、我々の悲願である『女神降誕』の儀へはそう安易と届かないか。
これも女神様が与えた試練だろう」
……。
どうでもいい。
そんなことはどうでもいい。
女神も、この国の未来も、権力者達の思惑も全部全部どうでもいい。
私はララにゃんがアイドルとして舞うこと以外に興味は無い。
こんな老ぼれ共の対応をしているのも、ララにゃんがアイドル業に専念できるようにするためだ。
彼女が悪事に手を染めなくても良いように、私が代行者として業務をこなす。
そしていよいよ明日、これまでで最も可愛いララにゃんを目にすることができる。
彼女はきっと今も可愛さを更新し続けているはず。
ララにゃん……ララにゃん……!
「時にシルゼリア大司祭補佐。明日の女神生誕祭は上手く運べそうか?
二週間前に準備を終えたと聞いたが、手抜き工事ではなかろうな?」
……思考に浸っていたせいで誰が私に質問をしてきたのか分からなくなってしまった。
この暗い部屋の中では、一度円卓から目を離してしまうと誰が話しているか判断できない。
それに、全員が全員同じような口調なのが最悪だ。
が、恐らく私の真正面に座っている褐色活発娘だろうな。
「修道女達が正確に取り掛かった準備ゆえに、抜かりありませんよ。
信徒と観客の皆様には存分に楽しんで頂けるかと。
弦楽器が達者な奏者も布教ライブに関わってくれることになりましたので、期待を超えるものになるはずです」
「そ、そうか、君はララフィーエのことになると熱心に語ってくれるな。
とにかく、信仰をより一層高める機会なんだ。失望させるなよ」
「ララフィーエ様は誰も失望させません」
しょうもないことを聞くなよ、老人。
体を若作りするのでしたら、是非とも内面的な部分もアップデートしてアイドル文化に追いついて来て頂きたいですね、全く。
「……あ、あの……どこ見てんの?
今喋ってんのあたし……なんだけど……こっち見てよ……シルゼリア……」
私の右手に座っている幼女が静かに立ち上がりそう言った。
お前かよ。
どうして今更生意気少女のデレみたいな口調になってるんですか、この外見幼女内面老女。
最初からその喋り方でいてくれれば助かったんだけど。
「すみませんでした。あの、飴とか食べます?」
「……うん」
大丈夫なんでしょうか……?
国を管理する者の一人がこんな変態で。
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