第63話 泣きっ面を笑顔にさせるのが友達ってやつでしょ

 リューカ視点



 大聖堂前の庭の前まで歩くと、木陰の下に佇んでいたエリゼと目があった。

 向かってくるあたし達に向かって手を降っている。


 セレナは小声で「わっ本人でした!」とだけ呟やくと、鉢をしっかり抱えて早足で駆けていった。



「お久しぶりです! お二人共! 最後に会った日からもうすっかり季節が変わってしまいいましたね」


「セレナちゃん久しぶり、それとリューカちゃんも」



 そう言いながら、エリゼは聖女様の後方から歩くあたしを覗き込む。

 そのすぐ隣でメイドは軽く会釈をしていた。


 あたしは、彼女らの前に着くと用途の分からないララにゃん石膏をひとまず地面に置いた。

 そして、久しぶりに会えた喜びを表情に出さないようキメ顔で言葉にする。



「なんであんた達がここにいんのよ。

 まさか、また怪我したんじゃないでしょうね?」



 立ってるだけで汗が噴き出る夏の日に、女神の信徒でもないエリゼがこんな場所に来る意味が分からない。


 あるいは、聖騎士だったミュエルが礼拝に来ている線も考えられるけど、あたしがここで働き始めてから一度も彼女の姿を見たことは無い。

 つまり、ミュエルが信徒という可能性も低いわね。


 散歩や観光なんて言われればそれはそれで微笑ましいんだけど、もしまた大怪我を負ってしまったなんてことなら、……とても不安だわ


 ただ、あたしのこの心配も無駄に終わる。


 だって、エリゼは予想だにしていなかった回答を口にしたんだから。



「お鍋を返しに来たんだよ」


「な、鍋ぇ!?」


「そんなに驚くことかなぁ」


「いや、そんなに驚くことじゃ無かったわ。

  ……いやいやいや、驚くでしょ!」



 教会にお鍋を返しに来るって何。

 そんな因果関係の無い話聞いたこと無いわよ。



「一ヶ月前に騎士団の人にお鍋借りちゃってて、それを返しに来てたんだ。

 今はその帰りで、ちょっと木陰で休んでる途中。ね、ミュエルさん」



 エリゼの斜め後ろに立ち主人の袖を掴んでいるメイドはこくりと頷く。


 この二人、前より一層距離が縮まっているわね。ムカつくほどに。


 それにしては少し元気がないような気もするけど。

 特に、ミュエルの方はどこか俯き気味で未だに言葉を発していない。


 出会い頭に睨みの一発ぐらいはお見舞いされるんじゃないかって思ってたわ。


 何かあったのか、なんて無粋でエゴに塗れた言葉をかけてあげてもいいんだけど、今はやめておこうかしら。


 可哀想だって上から目線の判断をするにはまだ早すぎる。


 それにしても、騎士団は鍋の貸し出し業も行っていたのね。

 今度借りてみようかな。



「二人は生誕祭の準備?」



 エリゼはあたしとセレナが運んできた荷物を眺めると、軽い疑問を投げかけて来た。

 対して、嬉々として答えたのは銀髪麗しい聖女様だった。



「はい! 今はちょうど大聖堂の飾りつけを行っている最中なんです。

 仕上がればとっても綺麗な世界が大聖堂内に広がりそうですよ」


「そっか、それはちょっと気になるなぁ」


「あの、お二人は生誕祭へ来られますか?

 信徒であるかどうかは関係なく楽しめるお祭りだから、足を運ばれてみても良い様な……。

 そ、それに大聖堂以外にも、大通りに出店が並んだりするそうですよ!

 あ、でもでも、都合がよろしくなければ無理にとは言いませんので」



 ほんと人にものを頼めない縛りが課せられている聖女ってのはめんどくさいわね。

 回りくどい誘い方しかできないんだから。



「どうしようかな。ミュエルさん、一緒に行ってみる?」



 そして、服の袖を掴むどころかもはやエリゼに密着気味のメイドはそっと囁いた。



「ご主人様が行きたいのなら……私はどこへでも」


「分かった。じゃあ一緒に来ようか。

 セレナちゃん、大聖堂は人が空いていたら中に入ってみるよ。

 二人が彩った堂内は見てみたいし」



 ミュエル、今日初めてあたしの前で発した言葉がそれなんだ。


 どうしてこんなに分かりやすいのかな、このメイドは。


 たった一目で、たった一声で、察してしまう。


 テンペストを抜けてから今日まで、あたしはセレナの人助けに付き添って何人もの人を見てきた。


 病気を患った人を治療し、家族を失った人の吐露を受け止め、脱走した飼い猫を探し出す聖女様の後ろをあたしは追ってきた。


 だから分かってしまう。


 困っている人、悲しんでいる人、苦しんでいる人、そんな人々がどんな顔をしているのか、どんな声を出すのかを。


 エリゼは感情を偽って本音を隠している気がする。

 だから何を思っているのかが全く読めなくて、不気味さすら感じる。


 だけど、ミュエル・ドットハグラ。

 あんたはそうじゃない。


 何かを我慢しているってのが痛いほど伝わってくる。

 まるで大きな犬の様。


 感情が乏しそうに見えるのに、実際はその逆。

 表情の変化量は極僅かだけど、確実に表情と感情が連動している。


 木陰に佇むそのメイドは、とても怯えていた。


 あたしの隣にいる人助けが趣味な少女は、生憎自分から彼女達に手を貸そうとはしていないらしい。


 セレナは、エリゼがミュエルの元気を取り戻させることが正解だと考えているから。

 一番身近で、同棲までしている主人が従者を癒すべきだと信じているから。


 だからあたしが言葉にする。

 最も効率よく元気を取り戻させる方法を。


 あたしが信じる正解を。



「ねぇ、あんた達これから生誕祭まで暇?」


「え、何、リューカちゃん……ナンパ?」


「そうよ。

 あんた達が何もすることがなくて、毎日毎日平和で穏便な生活を送っているのなら、頼まれて欲しいことがあるの。

 あたしらを手伝いなさいよ、怠惰な女とそのメイド」


「え、それって生誕祭の準備を手伝えってこと?」


「ええ、そういうこと。

 あたしやセレナと一緒に祭典を整備して欲しいの。

 みんなで何かを作り上げるってのは案外良いものよ。

 楽しい思い出も作れると思うし。

 どう? 手を貸してくれるかしらエリゼにミュエル」



 女神ニーアの生誕祭を利用してやればいいのだと、神様も天罰も信じていないあたしだからこそそれが言える。


 二人に何があったのかなんて微塵も知らないけど、そんな悲しい顔をされれば笑顔にさせてやりたいと思ってしまう。


 それがダチ公……友達ってもんでしょ。



「でも、そんな勝手なこと、良くないような気するけど。

 わたしは部外者だし、ミュエルさんは騎士団を脱退してるわけだし」



 ま、当然あんたはそう言うわよね。何せ、働くのが嫌いなサボり魔なんだから。


 けどね、今大事なのはあんたの後ろで何かに怯えているメイドの方よ。


 あたしにあれだけ喧嘩売って来た女が、驚くほどに弱っているんだ。

 だから、まずは強制的にミュエルを楽しませる。


 エリゼがなんと言おうとあたしはそう決めた。



「教会の手伝いなんて、いくらいても良いのよ。

 それに、基本的にはあんた達二人とあたしとセレナで行動するつもりだから、人の目なんて気にしないでいいわよ。

 問題が起きれば聖女様の責任にすればいいだけだし」



 それに、エリゼが側に居てくれればあたしの魔力が増幅しするはずだから、魔術師としての活躍も見込める。


 ま、どっちにしろあたしが演奏を披露する際には呼ぼうと思ってたし、タイミングが少しズレただけだわ。


 そう、これはあたしがエリゼを利用するために提案した策略なのだ。

 つまり、元気付けようなんてのはやっぱりおまけね。


 そう言うことにしておこう。

 友達を元気づけるなんて、人生初でちょっとだけ恥ずかしいから。



「えぇ〜、どうしようかな。時間はあるけど……ミュエルさん、大丈夫そう?」


「……分からない。けど、ご主人様とは色んな思い出を作りたい」


「ふふっ、分かった。じゃあ決まりだね」



 おいおい、余命数週間の女とその彼女みたいな会話しないでよ。

 恐ろしく不安になるから。


 ……それにしても腹立つわね。


 こう、見せつけられるように薔薇色なコミュニケーションを取られると、腹の奥が暑くなってくる。


 この感情に名前が付く前にに二人から離れよう。

 地面に置いていた等身大ララにゃん石膏を持ち上げる。



「とりあえず、明日からでいいわ。

 明日の昼頃、大通りに並ぶ各店舗の参加具合を調べるから……そうね、集合場所はあんた達の屋敷から近い場所が良いかしら。

 えっと、住宅街と大通りの境目辺りにしましょう。

 そこに昼前に集合で。

 それでいいわね。さ、今日は帰って良いわよ」



 捲し立てる様にして何もかもを決定してやった。


 目をパチクリさせている二人を置いて、あたしは歩き出す。



「あ、え? あ、じゃあ私も失礼しますね! また明日会いましょう!」



 ワンテンポ遅れてセレナが動き出した。

 二人に手を振りながらあたしに追いつく様に小走りで移動する。


 木陰の少女達もそれに応じる様に、小さく手を振っていた。


 隣に並んできた聖女様は鉢を抱えたまま、肘であたしの脇腹を優しく突く。



「ふふっ、リューカさん、なんだか私に似てきましたね。

 人にお節介を焼こうとするところとか」


「っるさいわね。あたしはあいつらに悲しい顔をされるのが嫌なだけよ」



 あたしが言えた義理では無いけど、あたしはエリゼに暗い顔をして欲しく無い。

 ミュエルも、隣を歩くこの銀髪ちびっ子にも。


 楽しい日々だけが続いて欲しい。

 笑い合える日常が紡がれれば良い。


 なんて、らしく無いことを考えてしまうのもセレナの影響かしら。


 そんなことを考えて歩いていると、大聖堂に入る直前で聖女様は何かに気づいた様子で「あっ!」と声にした。



「エリゼさんもミュエルさんも、問題が起きれば聖女の責任にすればいいって言葉にツッコんでくれませんでしたね……」



 ……確かに。



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