第61話 運命が傾き始めたらしい


 どこかの誰か視点



 心地の良い風はとうに凪いでいる。


 絶望に満ちたあの子は人知れず自分の行いを責めていた。

 不能に落ちたあの子は理不尽と恋を知る。


 たった一日で大きく進展したものだ。


 鴉から聞いたお話。

 どうやら街外れの屋敷に賊が押し入ったとか。


 どうやら、この国の物語を動かす歯車が本腰を入れてきたらしい。


 悪魔を崇拝する機関は本格的に願望器を狙い始めている。


 私も物理的に重い腰というか下半身を上げて、未来予想図を辿り始めないといけないな。


 この国を覆す準備は着々と進んでいる。

 もはや教会の弱体化は免れないだろう。


 ただ、問題はあのアイドル大司祭様だ。


 生まれ持ったあの可愛さを余す余地なく利用して信者を募るのはやめて欲しい。

 その上、ライブパフォーマンスも歌唱力も楽曲も信者へのサービスも完璧ときた。


 あの布教ライブを見て信者にならない人間なんて、きっと計り知れないほど絶望を抱えている人間か、ララフィーエを純粋にアイドルとして見ている狂人しかいないだろうな。


 外界の光を遮ったこの真っ暗な部屋の中で、私は小さな机の上にある水晶玉に手を翳す。



「根源の海、大銀河の隙間、境界線の彼方。紺碧照らすその向こう側へ蝶を誘わん。

 真理しんりちゃん今日のお天気おーしえてっ!」



 最低で気持ちの悪い詠唱文を口にすると、水晶に内包された黒いモヤが不規則に形を変え始めた。


 数秒も経たないうちに、私の脳内に直接占い結果が情報としてぶち込まれる。

 と言っても、人間が読み解けるものではなく、とても曖昧で抽象的な何かが降ってくるだけだ。


 それを解読できるのがこの私、永遠の占い師……超絶銀河天上占術美少女……運命配達人……。


 ……。


 とにかくこの私だ。


 ちなみに今日は呆れる程穏やかな晴れらしい。


 少しばかりの惨劇に遭遇してしまった少女と女の二人を癒すには細やか過ぎるけど、それでも彼女らの心を揉んでくれると良いな。


 私は幸せを願う者。

 だから、縁を繋がれてしまった彼女らもどうか幸せが訪れますようにと願う。


 暗い部屋の奥に佇む装飾だらけの扉を開けて居住スペースへと入る。


 寝室も台所も一緒くたになっているワンルーム。


 その角には、存在感が強めなベッドがあって同居人が寝転んでいる。


 中央に置かれているテーブルの上に雑に置かれていたパンを齧りながら、同居人の方へと歩く。


 可愛い寝顔でも拝んでおこうと思っていたんだけど、ダブルベッドを存分に堪能している半人半魔の眠気まなこと視線が交わってしまった。


 どうやら起きているっぽいな。

 寝顔チャンスはまた今度。



「おはようデュース。よく眠れたかな」


「……今、夜?」


「ううん、朝」


「……寝る」


「ええー!?ちょっとはおしゃべりしようよー。

 私暇持て余し女なんだけど!」


「いいよ、おしゃべり始め、あ。

 はいお終い……おやすみ」


「えええええ!?冗談だよね!?

 居候の分際で会話を一文字で終わらせようなんてしてないよね!?ね!?」



 返事は返ってこない。


 うがあああ。

 私のこの溜まりに溜まったお喋り欲はどこで発散すれば良いんだ。


 一人で喋り倒してみせようか。

 この眠り姫の前でべちゃくちゃと漫談でも披露してやろうか。


 なんて意地悪も考えてみたけど、やっぱりドキドキする悪戯の方が燃えるよなぁ。


 ベッドで就寝を強行している色素の薄い顔に口を近づける。

 耳元へそっと、息を吹きかけるように囁く。



「君の呪いを解いてくれる人、見つけたよ」


「……ほんと?」



 同居人は閉じていた瞼を開けて、大きな瞳をギョロっと私に向けた。

 吸い込まれそうな目は舐めたくなるほどに美しい。

 額の辺りから生えているその立派な角(ツノ)も凛々しく、だけどその少女には少し不釣り合いで、でもそれが愛おしくて。



「起きてるじゃーん!ほらほら、聞きたいでしょ?私の話」


「聞きたいのは解呪について。シトラスの喋りはどうでもいい」


「ねぇ!!なんで!?」


「うるさっ……叫ぶなら静かにしてよ」


「無理!矛盾してるから!起きろ!」


「頭が、割れる……もう分かったから、いくらでも喋って良いから早く聞かせて」



 史上最高に気怠さと嫌悪と敵意を含んだ睨みを浴びせられた。

 堪んないな、ほんと。


 母性的な何かと虐めたくなる何かが刺激される。

 けど、この子には嫌われたくないからほどほどにしないとな。



「ふふん、素直になったね子猫ちゃん。

 実は呪いを解ける人が街外れの屋敷に住んでるんだよね〜。

 だからその人に頼もうかなって」


「……やっと、復讐を始められるんだ」



 喜びを帯びた声で物騒なことを語る。

 念願を叶える機会を明確に受け取ったんだ、とても嬉しいんだろうな。


 でも、復讐だけが生きがいだなんて、寂しいよ。

 

 だから私が道を敷いてあげる。

 私好みのハッピーエンドに続くエゴに塗れた最高の運命をプレゼントしてあげる。



「そうだね……けど呪いを解くのはもっと先かな」


「どうして?」


「今はそのタイミングじゃないからね。

 それに、呪いを解いてくれる人と私はまだ知り合い程度の仲だから、もう少しだけ仲良くなっておきたいし」



 そう、まだ機は熟していない。


 申し訳ないけど、彼女の復讐は当分先だ。

 それまでに積み上げておかないといけないタスクが山程溜まっている。


 だけど安心して、愛しの龍人デュース。

 夢を叶えた時、君は反逆者では無く英雄と称えられているだろうから。

 

 ま、君はそんなことを望んではいないだろうけどね。

 だからこれは私のエゴ。

 どうにかして君に幸せを感じて欲しいという私の気色悪いエゴ。



「……そう。ならその時が来たら起こして。

 で、お話は?喋りたいなら早く終わらせてくれない?眠いから」


「いや、やっぱお喋りはいいや。今のですっきりしちゃったし」


「は?なにそれ」


「あれ、もしかして期待しちゃってたのかなぁ、きゃわいい子猫ちゃん」


「もう、知らない」



 不貞腐れるようにそう言うと、同居人は布団を覆い被さってしまった。



「あー!ごめんごめん!今のは冗談だから!

 ほら時計見て、今からお仕事だから喋る時間がないだけだから!」


「……仕事……終わったらお話して。おやすみ」



 ……。


 ……危ない、昇天するところだった。



「了解、じゃあおやすみ。良い夢を……。

 具体的には私とラブラブする夢を見てね」


「……うるさい」



 小さな口から吐かれた悪態を栄養にして私は部屋を出た。


 そして、店舗入り口の施錠を解いて扉を開ける。


 その先は都心部の大通り。

 こんな朝早くなのに、既に人がちらほら行き交っている。


 我ながら良い立地の物件を手に入れたもんだな。

 自画自賛をしておこう。


 おかげさまでこの店も予約で一杯だ。


 最近は『未来占い期待大』なんて殴り書きしたお手製の看板を担いで呼び込みをする必要も無くなった。


 昇り始めた太陽が街並みを朱に照らしている。


 明くる月には女神ニーアの生誕祭が待ち構えているためか、大通りは祭典を祝うような装飾が施され始めていた。


 おっと、素敵な御令嬢発見。


 さて、予約の入っていないこの時間帯。

 暇を持て余している私がすべきことと言えばあれだよね。



「ちょっとそこのお嬢様!今暇だったりするのかなぁ。

 良ければあなたの運命、占わせてもらえるかな?」



 ようこそ、占い屋さん『ぱにがーれ』へ。




 『第二章 照らされ出す暗闇、絶望に満ちたその片割れ』 終わり


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